第140話 11月17日 浜口の自白【R15】

 集中治療室の前の廊下の椅子に、うなだれた人影が1つ。窓越しには様々な機器や管を付けられ、包帯で覆われた人間がいた。まるで機械の一部になってしまったかのように、人間らしさが無くなっている。


――あれが私の息子? こんな光景、信じられない。何かの悪い夢であってほしい。明日になったらあの包帯もとれて、普通の顔に戻って、私に話しかけてくれる――


 それだけをこの数日、毎日繰り返し祈っていた。

 医者が近づいてきた。立ち上がってお辞儀をする。何かを告げた。最初は小さく頷きながら聞いていたが、次第に顔を手に当てたままくの字に体を曲げ、起きなくなった。

 医師は一礼すると、中に入って行った。夜になり夫が迎えに来るまでそこに居続けた。




 浜口が警察に駆け込み、警察に洗いざらい白状したことで、石田の一件に関わった生徒たちは逃亡者も含め、本日までに全員警察に捕まった。

 後々捕まった仲間も、大筋浜口と同じ証言をしており信憑性はあった。



 ――11月10日の夕方のこと。

 浜口や石田の元にも安西からの最後通告が回ってきた。ライン上で返信のない奴にはその後もしつこくメールに切り替えて連絡したり、電話をかけたりしてきた。浜口も電話が来て仕方なくでてしまった。

 その中で石田だけはずっと無視を決めていたらしいが、ついに当人の家まで行って無理やり連れだしてきた。

 浜口も本当は行きたくなかったが、後の事を考えると恐ろしくて参加せざるを得なかった。


 連れていかれた先は河原の人気のない草深い場所。そこを掻き分けていくと石だらけの川岸だ。ここまでくるとどんなに声をあげても民家まで届かないし、街灯もないのでほぼ見えない。対岸を通る道路が一本。その距離もかなりある。


 石田だけが吊るし上げにあった。お前の態度が気に入らない、抜けられると思ったら間違いだ、先輩無視するなんてどう落とし前つけるつもりだ、あの日も藤沢らに何か裏でこそこそしてチクっただろう、そんな言葉で石田のしたことをあぶりだそうとした。

 そして大野が石田のスマートフォンを取り上げた。証拠が残っていないか探ったのだ。通話履歴、画像フォルダやラインで最近友達になった人間の履歴はすべて見た。


 しかし、あの後全てを消し去っていた石田のスマートフォンには、小島に送ったメールも写真も跡形もない。

「チッ、こいつ消しただろ!」

 暴行が激しくなる。とうとうその辺に落ちていた流木のような太い木の枝で殴りだした。額が割れ、血が噴き出る。

 何とかして暴いてやろうとメールの画面を開き「送信履歴」「受信履歴」を見始めた。


「……おい、小島にメールしてたんじゃねえのか? 最近送ったリスト一番上に出てくるけどメールがねぇ、お前証拠消したろ!」

「正直に言えよクソが!」

 石田がとうとう自白した。


「お前らと居るとロクなことにならないから、藤沢に伝えるようにってばらした」


 堂々と喋る石田に、浜口は背筋が凍った。黙ってればいいのに! 殺されるぞ……

 手足が痺れるような恐怖感、緊張感。口が渇き言葉も発せない。3年生の怒りに任せて殴る蹴るの暴行を目の前で見ながら、止めることすら、警察を呼ぶことすら忘れ、少しずれていたらあれは自分が受けていた仕打ちだったかもしれないという恐怖にただ突っ立っていた。


 地面に倒れ込むのを無理やり立たせ、体中を棒で叩いた。嘔吐してもやめない。血が垂れても歯が折れてももう構うことはなかった。人間だという事を忘れている。

 ゲームの中で敵を倒すように、映画の主人公がゾンビを倒すように、徹底的に、容赦なく、息の根を止めんとしている。小林が棒を振り回し、塩野、小寺が殴る、蹴る。石田の体が痙攣しているのをはっきり見た。

 それでも大野はスマートフォンを見ながらたまに足蹴りしている。


「おい! お前ら抑えてろ!」

 安西が強い口調で命令すると、井口も高畑も顔を見合わせたじろいだが「早くしろ!」と怒鳴られたため、一緒に石田を羽交い絞めにした。逆らえばどうなるかわからない。彼らも言う通りにするしかなかったのだろう。

 小林の振り回す棒が顔や腕に当たり支えの2人がダメージを受けると、今度は変われと命令された。しかし浅田は渋った。こんな事したら死んじゃうよ、ヤバいからやめた方がいいといったが、逆上した小寺が浅田の腹に一発蹴りを入れたためやむなく従った。


 石田の体の反対側を早野が支えた。彼らもまた巻き添えを食って腕や顔に怪我を負った。

 ふと、石田の体に力が全く入っていないことに気づき、浅田が手を離した。くたくたと河原の石の上に膝から崩れ落ち、白目を剥き血を吐いた。大野が足で仰向けにさせる。メールを送ろうとして石田の携帯で写真を撮った。

「こいつ小島に送ってみようぜ」

 にやにやとしながら操作するのを見て、浜口はこいつら完全におかしいと思った。目の前で、いや、目の前どころか自分たちの手で、人間1人半殺しにしているのだ。それでいてあんな笑ったり馬鹿にしたりできるものだろうか。自分のした事分かっているんだろうか。石田は人形じゃないんだ、自分らと同じ中学生……


「アッ間違えたクッソ、空で送っちゃった」

 間もなく返信が来たので大野が笑いながら再度操作する。

「うっそ、返信早いんだけど。こいつらできてんじゃね? アハハ!」

 よく、よく笑えるな……浜口は憎らしく思った。だが同時に、自分も傍観者だという事に気づく。でも何をしたらいい? 今自分が盾突いたところで同じ目に逢うのは避けられない。命を捨てるようなことは正直したくない。

「今度はちゃんと送れた」

「どんな反応すっかな」

 メールを送ると、暴行に飽きてきたのか足で小突き始める安西。


「ヤバいって、もう……さすがに……殺しちゃったんじゃない?」

 浅田が震える声で言った。

「これじゃ殺人だよ……」

 高畑もとばっちりをうけ棒で殴られ、血の出た頭を押さえながら訴えた。井口も服の上から殴られた左腕を抑えてひんひんと呻いている。ヒビでも入ったのか動かせないようだ。

「やめましょうよ……もう、やばいっすよ……」

「はぁ? 何言ってんだよ、生きてるよちゃんと! なあ!」

 無理やり腕を引っ張り上体を引きずり上げ怒鳴るが、当然無反応だ。腕を離すと、顔面から落ち、小石にうずまる「じゃらっ」という音がするだけだった。


 全員我に返ったのか、黙ってしまった。

「誰にも言うなよこのこと……」

 安西が足で転がし、川に入れようとした。流すつもりなのか?

「……」

 浅田が突然、おうえぇっという声を出して吐いた。そして泣き出した。今更……今更……浜口も泣いた。

「チクッた奴同じ目にあわすからな!」

 体が水につかるくらいまで転がすと、全員走って引き上げた。浜口は隙を見て集団から外れ、自分の家に逃げ帰った。どうやってたどり着いたのか覚えていないくらいのショックと恐怖と罪悪感で、眠ることもできなかった。




「もうホントに……目の前で起きたことが、ゲームみたいで……感覚がなくなって……ただ見ているだけ……何もできないし、体が動かなかった……逃げた後戻ろうとも思わなかった……俺らのやったことは……人殺しだ……俺も死ねばよかった……」

 うつむいて泣く浜口。取り調べた相手は、脅迫の電話が来た時に通報するなり何らかのやり方があったはずだと厳しい口調で言った。

「そんな程度で警察に駆け込んだって信用してくれないじゃんか! 子供の喧嘩で終わりだろ!」

 ならば実際の現場でなぜ断らなかったのか、止めなかったのかとさらに相手は責めた。自分がやられるのが嫌だから、見て見ぬふりをしたんだろう、と。

「……そう……そうだよ! その通りだよ! 俺だって死にたくなかったんだ! したくたって、何もできなかったんだよぉ!!」

 机に突っ伏して声をあげて泣いた。

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