第139話 11月16日 帰れる者 帰れない者

「おい、新聞見た? あれ吉田んちだろ」

「怖いよね~、ホントに裏社会ってあるんだね~」

「絶対人身売買だよなありゃ」

 翌日の朝のニュースで、この衝撃的なニュースが全国放送で流れていた。

 吉田「容疑者」となってしまった志保の両親。おそらく杉元の仕業だ。


 まんまと不老不死の双子を始末できたため、人間の方も始末してしまうつもりだったのかもしれない。騒ぎが大きくなればなるほど、直哉の事件も風化されないと考えたのだろう。

 自分の子供をクーラーボックスに入れて殺しておきながら、隠蔽工作するために他人の子供を買い取って平然と暮らしていた鬼畜親と報道された。

 娘に成りすました少女は、なんと事件になったばかりのあの中学校。生徒同士で殺し合いを繰り広げたうえ、逃げて行方が分からなくなっている。こんな負の方向にセンセーショナルな事件を世間が放っておくはずがない。


 育った環境に問題がありすぎる、こんな商売が成立しているなんて云々と専門家は口にしていたが、実情を知っている者は誰も黙ったままだった。否定したほうが絶対に信じてもらえない話だからだ。あの夫婦も悪魔に騙されカモにされていただけだ。

 歪曲され誇張された報道が見ていて辛かった。直哉も施設にいる子供だからと偏見を持たれ「ちゃんと良いことと悪いことを教えてこなかった監督側が悪い」と言うものだから、吉岡は1人テレビの前でじたばたと悔しがっていた。


「お前らよりよっーーーぽど良いことと悪いことがわかってらぁ! 知ったようなコメント吐きやがってこンのジジイ!」

「あんた最近変だよ、あの子たちの味方するなんておかしい」

 母が軽蔑するような目で見てくる。

「はん! 何とでも言いな!」

 あまりにももどかしく、どう説明したらいいのかもわからず、モノに当たるしかなく鞄を壁に打ち付けるだけだった。




 学校再開直後から部活が禁止になり、一斉下校になった。全学年が同じ時間に教員の見守りの中下校する。

 その帰り道の事。

「あのな……」

 泊が小声で、小原、渡辺、川口に言う。小島はあの日以来学校に来ていない。

「石田、体は治っても元通りにはならないかもって」

 だれもが口に手を当てて悲壮な表情をする。

「命は助かったって聞いたけど……治らないって意味なの?」

 渡辺がおそるおそる聞いた。

「俺、断られるの承知で、昨日こっそり家行ったんだ。そしたら、泊のお兄さんがすっごい疲れた表情して家にいた。思い切って聞いたんだ。お兄さんとも顔見知りだったし、俺があいつの友達だって知ってたから教えてくれたけど、絶対にこのメンバー以外に言うなよ。後、小島にも言うなよ、今のあいつが知ったらショック大きすぎて死んじまう」


 右目の網膜剥離、脊髄損傷。下手をしたらもう歩くことができないかもしれない。内臓のダメージも酷く回復に時間がかかるうえに、脳の血管が破裂し、血が溜まっていたことで意識障害の可能性があるという。

「私たちの事、わからなくなっちゃうの?」

「そこまでわかんねぇ……」

 誰もが黙ってしまった。そしてこんな目に遭わせた人間を怨んだ。同じ目に遭わせてやりたい。どうせ、安西、小寺、塩野あたりの3年が画策して、大野ら2年生に命令してやらせたに決まっている。

「死ななかっただけ奇跡だって。でも死んだ方が楽だったんじゃないかって、泣きながら言ってたよ。あんな姿にさせられて、もしこのまま覚めなかったら……植物人間のまま生きるなんて可哀そうすぎるって」

 小原が泣き出した。

「それだけ。人に言うなよ」

 あまり話し込んでいると他の生徒が怪しんで寄ってくる。4人はさっと解散した。





 一方、病院では回復した真一の退院が決まった。まだ松葉杖は外せないが、普通に食事もとれるし、運動は禁止だがそれ以外は普通にしてよい、という事だった。土曜に帰ってくる。

「帰ってこない方が、いいんじゃないの?」

 美穂が直子に言いにくそうに話す。今だに嫌がらせは続いているし、外にも変な人間が昼夜問わずうろうろしている。園に居たら治るものも治らない。お寺だって日中は法事やら何やらで、夜しかお邪魔できないのだ。

「だからって病院は置いてくれないよ」

 それもそうだが……行く宛てのない彼は、ここに戻るしかないのだ。実は、この家を一旦出た子供が数人いる。翔馬は長野から遠い親戚が迎えに来て一時的に預かられることになった。

 空飛は母親が何とか一旦引き取ってくれることになった。事情を知った彼女の周りの人が助けてくれたらしい。

 拓も本来の家に帰宅する話が出たが、彼自身が風の子園にいる方を望んだ。真一が帰ってきたら、被害に遭った子供だとマスコミが寄ってたかってくるかもしれない。そうしたら守れるのは自分らしかいないんだ、と優二に話していたそうだ。こいつも変わったな、と口にはしなかったが見直した。

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