心の穴を埋めるもの

第141話 11月19日 受けられない謝罪

 石田の両親が病院にいる時間に、彼に暴行を加えた者の親たちが数名やってきた。一様に泣き腫らした目をして、暗い表情をし、蒼い顔だ。

「本当に、申し訳ありません……」

 集中治療室前の廊下で深々と頭を下げる。

「……見えます? うちの息子。こんな姿にさせられて……さぞお子さんたち、楽しかったんでしょうね……」

 淡々と答える母親。

「申し訳ありません!」

 誰かの父親が土下座した。それにつられ、その場に居た誰もが同じようにして土下座を始めた。看護師たちも足を止めるほど異様な光景だ。


「帰っていただけますか?」

 母親の後ろで父親も拳を握り締めたまま、フルフルと震えている。

「本当に、本当に、私たちの責任です! 申し訳ありません! できる限りの償いはさせて……」

 言葉を遮るように父親が声を張る。

「いくら謝られたところで、うちの子が元に戻ることはないんですよ……今すぐ皆さんの子供も、同じ目に遭わせてやりたいです。それができないならあなた達を同じ目に遭わせたいです」

 母親は涙をこぼしながら、彼らに恨みの言葉を発し続ける。

「他人の子供の痛みなんて、想像もできないんでしょうね。うちの子じゃなくてよかった、あんたらそう思ってるでしょ!」

 首を横に振りながら否定する親たち。しかし石田の母親は彼らの謝罪など受ける気は甚だない。

「何でうちの子だったんです? なんで、他の友達と仲良くなっただけで、こんな目に合わないといけないんですか?!」

 次第に泣き叫ぶ声に変わり、前列にいた親の背中や頭を構わずはたき始めた。

 父親が慌てて止めに入った。振り回す腕を抑えつけられて後ろに引きずられていくまで、相手の親は抵抗することもなくされるがままになっていた。


 石田の母親が大声で泣き叫び始めた。廊下で反響し、階段越しに下の階まで聞こえた。

 父親が落ち着かせてソファに座らせると、そのまま横たわり泣きわめき続けた。

「本当に、今は皆さんの言葉を聞く私たちの心の用意がありません。警察からちゃんと連絡があるまで、申し訳ないんですが控えて頂けますか。ここに来ることも、家に来ることも。今後は弁護士を通じてやり取りさせて欲しいと思います。ですので、もう今日はお引き取りください」

 父親が全員を見下ろしながら、悔しさをこらえて落ち着いて言葉を発した。本当なら、母親と同じで今目の前にいる全員殴ってやりたい。だがそれをしたら、子供たちと同じレベルだ。今は耐えなければならない。それにまだ息子は生きているのだ。生きようとしているのだ。親までそんな真似をしたら彼に申し訳ない。必死で自制した。


 親たちは石田の両親の背に向け、もう一度土下座したまま謝罪の言葉を口にし、よろよろと立ち上がって帰ると行った。途中ふらつきながら歩く女性を支える者もいた。親たちもまた、精神的に参っていたのだ。




 石田の母は家に帰っても何もする気が起きず、ずっと座っていた。兄が気を使い、食べられるものを用意してくれたが、ほとんど手を付けない。心配を通り越して不安になるやつれ様だった。

「なあ、ホントしっかりしてくれよ、もしあいつが目を覚ましたら、母さんそんなじゃ不安がるよ、世話できなくなるよ」

「……もうあの子……目覚まさないかもって……」

「そんなのわかんないよ、そうなる可能性があるかもってだけだろ、なら助かる可能性もあるかもしれないじゃないか」

 気休めなのは分かっている。しかしそうでも言うしか他なかった。

「いい加減なこと言わないでよ! 先生がそう言ったんだよ! もう一生、このままかもしれない!!」

 また発作のように泣きわめき始めた。そうなるともう手が付けられない。親に心配をかける弟ではあったが、親は大事に思っている。ずっと手を握って落ち着くまで一緒にいた。

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