第135話 11月11日 傷害事件
日付が変わる少し前、小島の母親が彼のスマートフォンに送られた写真を発見し、父親とすぐに警察へ向かった。
警察に着くなり、受付で「助けて! はやくたすけてぇ!」と泣きわめき、出てきた警官に縋り付いた。
母親が取り乱す小島の代わりに写真を見せると、警察も一瞬考えたのち「うわっ」と声を上げてしまった。
この写真がいつどこで撮られたものなのか。写真に写真の情報が埋め込まれているかもしれないというので、詳しい警官が内容をいじる。撮影日時が11月10日午後10時43分。メールを受信する数分前だ。位置情報は未設定にされておりわからなかったが、これは事件になっている可能性がある、とすぐに動き出した。
最初この写真が送られてきたとき、小島には何が映っているのか判別することができなかった。濡れているのか赤と黒のぐしゃぐしゃしたものが写っており、果物を割ったところか、何か植物でも撮ったのだろうかと思った。
背景に小石が見える……見ているとだんだん耳のようなものと、洋服の襟のようなものも見えてきた。歯のようなもの、鼻のようなもの、黒くわさわさしていたのは髪……そこでようやくヒトの頭部だというのが理解できた。紫のゴムボールのように大きく腫れた瞼で両目はふさがり、耳や鼻から血を出し、口からは赤黒いものが幾筋も垂れている。額は割れ、額の肉が表に出て薄ら骨のような部分も覗いていた。
この姿を、撮影者は体の右側に立ち、見下ろすようにして写していた。顔が若干左に傾いていたため、右の頬のやや耳よりの位置に大小の黒子が2つあるのがみえた。
誰かがわかった瞬間、正視できるものではなくなった。ただでさえ理解できると多大な衝撃を受ける内容だというのに、それが友達だなんて! スマートフォンを放り投げ、パニックになり泊に電話を入れたという経緯だった。
石の地面は「河原の石の上」だと判断して警察が捜索へ向かった。しかし人気もなければ真っ暗、もし声を上げていたとしても川の流れる音でかき消され、捜索は難しかった。それに何処かへ運び出されてしまっている可能性だってある。
見つかったのは、時刻は1時になろうとしていた頃。水際に半身つかるようにして倒れていたところを発見された。
至急直哉と真一と同じ病院へ運び込まれた。にわかに慌ただしくなる救命室。もしここで手に負えなけば数字キロ離れた隣町の大きい病院へ行かなければならない。だが今そんな時間はない。医師たちは必死で、蘇生を施す。
泊は昨晩ほとんど寝ることができなかった。深夜から続々情報が入る。同じクラスの男子から、浜口の弟が「兄がいなくなった」といって電話をかけてきたという情報や、うちの近くパトカー凄い、といった不安の声、塾の帰りにあの不良集団をみたとか、小さな情報が集まってきた。
だが何が起きているのかは誰も知らない。やっと聞き取れた小島の「石田が殺された」という言葉と、取り乱した様子に、何か恐ろしいことが起きているのは察するに余りある。
寝るのが遅かったのに朝7時前に目が覚めてしまい、朝食もそこそこに家を飛び出した。緊張と少し冷やりとする空気もあいまって、登校するときよりも頭も目もさえている。
生憎今日は日曜日。学校という、人間同士直で交わせる情報網が機能していない。
まず向かったのは小島の家だ。近づいて様子を見る雨戸は締まりっぱなしだし、日曜朝7時半じゃ時間もまだ早いだろうと一旦控えた。
続いて向かったのは石田の家だ。2度ほど遊びに行った。うろ覚えでなんとかたどり着いた。この家も雨戸が閉まったまま、車もない。こんなに明るいのに玄関の電気はついたまま。人の気配がないのだ。空気のせいもあるだろうが、少し寒気を覚えその場を離れた。
学校に向かってみる。なんだかやけにパトカーに会う。何も後ろめたいことをしていないのに、心臓がどきどきと速くリズムを刻む。日差しも出ていて気温のせいではないのに、やたら手足が冷たい。
学校の前につくとしっかり門は閉められている。当たり前だよな、日曜なんだもの。なのになんでだろう。またここに来られなくなるような気がしている。日常がまた壊れた……そんな予感を察した。
ポケットの中で着信音が鳴った。いつも以上に驚かされる。慌てて手に取る。
「すぐかえって」
母親からのひらがなだけのメッセージだった。いまだにスマートフォンに慣れず、文字を打つのがやっと。非常に短いあっさりしたものだ。
なんだよ脅かすなよ、と思いながらも、こうして当てもなく歩いていても仕方ない。帰るか……とため息をく。
しかし家に帰るなり、母親がうろたえていた。
「ちょっと、あんた石田翔君てお友達じゃなかった?」
「そうだけど?」
体が硬直した。
「テレビ、テレビ、ニュース見て、すぐ」
母親が見ていた番組は終わってしまっていたので、どこか他でやっていないかとチャンネルを変える。そして見つけた。小島があんなに取り乱しているわけがわかった。でもテレビの画面を通すと、何だか対岸の火事に感じた。本物の石田はこんなことになってるわけがない。嘘だ。こんなの嘘だ。よくあるテレビの作りごと……なあそうだろ!? そうであってくれよ!
弟に心配されていた浜口は、日付の変わる頃に無事家に帰ったのだが、ずっと何かぶつぶつ独り言を言い続け、部屋にこもってしまった。朝になってもやはりぶつぶつとつぶやいて、朝6時頃弟が気づいて声をかけたが、帰ってきた時の服装のまま行き先も告げずに1人外へ出ていってしまった。
そして警察署に姿を現し、自分を含めて石田を襲った者の名前を順にあげていった。
警察は彼を保護するとともに、残りの少年たちの行方を追った。ネットやテレビで報道されたのはその直後。世に出たことを知って素直に警察に出向くものがいる一方、逃げ続ける者もいた。
真一も病室でこの事実を知った。ニュースでは重体と言っている。死んではいない! それがわかっただけでも一筋の光だ。この病院のどこかにいるのだろうか。
今井に尋ねた。
「あの子、僕らの友達なんです。もしかしてここに来てませんか!?」
「えっ? 友達なの? 深夜に運ばれてきたって、今朝聞いたよ私も」
今井も驚いた。この学校本当に大丈夫なのだろうか。こう続々と怪我人ばかり運ばれてくるなんて、不良のたまり場なのだろうか……
「お願いです教えてください! 大丈夫なの?」
今井は正直、詳しい話は分からなかった。ただかなり危ないという事だけ耳にしていた。もし何か話を聞いたらまた伝えるね、とだけ言ったが、守秘義務もあるので筒抜けにするわけにもいかない。
直哉にもすぐに真一から伝えた。彼もひどく驚いていた。何が原因だったのか、無事回復できるのか。自分の身以上に気にしていた。彼がこんな目に遭ったのも、自分がらみの事ではないだろうか……。もしそうだったら、彼にどう償ったって償いきれない。
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