第134話 11月10日(2) 帰りを待つ人
「真一の所にもちょっと顔出していこう」
優二がそう言うと、真一のいる431号室へ向かった。先日移動して大部屋になってからは初めてだ。右側の手前に居ることを名札で確認し入っていく。
「よう、顔だけ見に来た」
優二がカーテンから姿を現してちょっと手を上げた。
「あ、みんな」
直哉を見ている分、真一のほうが元気そうなので自然と表情が緩む。ベッドに上体を起こし座っていた。
「直哉のとこ行ってきたの?」
頷く3人。
「元気だった?」
「ああ、うん」
しかし明るい顔ではない。何か深刻な話をしたのだろう。時間も遅くなるしそれ以上聞かなかった。
「また今度来るからな。ごめん今日は遅くなっちゃったから帰るわ」
「気を付けてね」
軽く手を振って別れた。その後、気になって直哉の元へ向かった。
直哉の病室のドアを開けると、1人なのだから当然だがしんと静まり返っていた。
「起きてる?」
「うん」
布団から顔をのぞかせる。
「何を話してったの?」
直哉は、真一に今風の子園や学校が中傷を受けている現実と、孝太郎の正直な気持ちを伝えた。真一もまさか風の子園がそんな騒ぎになっているとは思っておらず、泊や石田が相当気を使ってくれていたことに今更気が付いた。
「俺は、どこに帰ったらいいんだろ……」
真一は表情を曇らせて直哉の顔を覗く。
「このままで、いいのかな……。いつまでもここで甘えているより、もういっそ、あいつらの仲間になった方が、治まるんじゃ……」
「駄目だよ!」
真一が大声を出して遮る。
「何馬鹿なこと言ってんの! 志保ちゃんがしてくれたこと全部無駄にする気? そんなつもりであの子が直哉を助けたんじゃないよ! 帰るところなんて風の子園に決まってるでしょ!」
直哉もどうしたらいいのか悩んでいるのだろう。
「もう、無理だよ……人間のふりして生きるなんて、俺には出来なかったんだ……」
ああ、また悪い癖が出ているな、と真一は悲しくなった。全ての人間が彼を憎んでいるわけではないのに。
ただ残念ながら、今は実際寄り添ってくれる人間たちよりも、攻撃する人の数が多いのは事実だ。大部屋に来て初めてテレビを見てショックを受けた。何も知らないくせに言いたいことだけ言う人間たち。確かにこちらの都合で巻き込んでしまったのはある。だが彼の人となりまで全否定するような報道に、真一は悔しさを覚えていた。それに何の関わりもない者たちが「自分たちは正義だ」と言わんばかりに糾弾している。その力が圧倒的なのだ。
「直哉、もし今度、死神の仲間になるなんて言ったら、本気で僕直哉の事殺しにかかるよ。二度と言わないって約束して。あんな奴らに取られるくらいなら、僕がこの場で殺してあげる」
低い声で抑揚のない口調と自分を狙い定めているかのような表情に、一瞬ひやりとした。彼が悪魔としての本性を出した際に、蛇のような目をする。じっと獲物を見据え、感づかれないように射程距離に近づき、あっと思った時はもうその毒牙にかかり動けなくなるのだ。
それだけ言うと、ゆっくりと立ち上がり出て行った。松葉杖の音がゆっくりだが遠ざかる。それが聞こえなくなると、電灯がわざとらしく部屋を照らすだけの無機質な室内に戻ってしまった。
こんなことなら何も知らない方が幸せだった。
友達なんか作らなければ、離れる辛さに苦しむこともなかったのに。
優しさなんか知らなければ、何も返せない自分をふがいなく思うこともなかったのに。
家族なんかできたから自分に罰が当たったのだ。大事なものが失い壊れていく恐怖を、身をもって味わうように。
やっぱり自分は誰も幸せにできない。恐怖を与える悪魔、死神でしかない。
こんなに自分は弱かったなんて。いくら武器をうまく扱っても、戦いが強くても、結果周囲を苦しめているなら全く意味のないことだ。
以前に拓に言った言葉が自分の中で蘇る。弱いものは周りを怖がらせて突っぱねて自分が強いと思い込む。
今の自分もまったくこれじゃないか。意図せずとも怯えさせ、優しさを素直に受け入れられず突っぱねて、1人だっていいんだと強がっている。やっていることは変わらないや……と皮肉にも感じた。
真一と会ったばかりの頃に言われた言葉。天使の欠片が入っているのなら、誰かを守ることだってできるはず……。
志保にも言われた。少しでも誰かに守られた記憶があるなら守り方を知ってるはず……。
もうその言葉すら嘘に思える。自分で自分が信用できなくなっていた。
ただ普通に生きたかっただけなのに。生まれたことを怨んだ。ぎゅっと目をつぶると、眼尻から涙が伝って枕に吸い込まれた。
夜10時半過ぎ。小島のスマートフォンが鳴った。着信音からメールのようだ。また迷惑メールだろうかといい加減に画面を覗くと、石田からだった。
メール……前回の件もあり、ちょっとだけ嫌な予感がした。件名がない。開封する。本文もない。
「えぇ……? 何だろう」
ひとまず返信してみる。
「どうかしたの」
すると、しばらくして返信が来た。
「……え? あ……ああ?…………うわああああああ!!」
小島は悲鳴を上げてスマートフォンを投げた。あわあわと言いながら這いつくばってドアへ向かう。弟が「なんだようるせぇな」と聞いてきた。返事もせず部屋を飛び出し最初に母親に会ったが
「あうあああ、あああ」
と言葉にならない。
「何よ、何言ってんのかわかんない」
母親は怪訝な顔で聞いてきたが、それを避けるように廊下を進む。足は震え手は震え、正直漏らす寸前だった。電話のところにやっとたどりつき、電話帳を見ながらたどたどしく泊の家のボタンを押していく。
相手が出ると、何とか言葉を絞り出して本人に取り次いでもらう。しかし泊本人にかわり、言わなきゃ、言わなきゃとあの写真を思い出した瞬間再びパニックになった。
「い……だが……いし……ころ………え………うぐぇっ」
「おい落ち着けよ、何だよ、よく聞こえないよ」
「おぅえっ……しだが……殺され、てる……」
「はぁっ!? 何? もう一回! おい、おいって」
「……いしだが……ころされ……た……」
「何言ってんだ!? まじか? それマジか? なら俺じゃなくて警察いった方が……」
石田はその場にうずくまり、泣いているのかしゃべっているのかわからない口調で泊の困惑にかまわず続けた。
「メール……写真……きて……ばれたんだ……つぎ、おれだ……うぐ……うぅぅぅやだぁぁぁ怖いよぉ!! 助けてよぉぉ!!」
取り乱す彼を泊が何を言っても収まらなかった。母親が電話を替わり、ごめんなさいね、ちょっと不安定だから、と言って電話を切られた。
「おい、何があったんだよ……」
受話器を持ったまま思わず独り言をつぶやいた。そして走って自分のスマートフォンを取りに戻ると、知る限りの友達にラインやメールを送り、何か起きているんじゃないかと探った。
わざわざ家の固定電話にかけてくるなんて、自分のスマートフォンはどうしたんだろうか。あの調子じゃメッセージを送ったところで返って来そうにない。
この少し前。風の子園にも1本の電話がかかってきていた。こんな時間に? と福島が恐る恐る出ると、遅くに本当に申し訳ありませんという女性の声から、浜口の弟に拓あてに電話だった。兄のことで聞きたいことがある、という内容だった。
「ごめんね、実は今、子供たちだけお寺に泊まりに行っているんだ。だからここにいないんだよ」
そう告げると相手は「そうですか、なら大丈夫です」と言った。
拓ももうあのグループとは付き合っていないし、真一や直哉、優二、ましてや美穂とも接点はなさそうだし、心配になりどうしたのかと尋ねると、兄が夕方6時頃に家を出て未だに帰らず、電話にも出ないとの事。直前に誰かと電話をしていたようだが、相手が誰かわからない。親しげに話す様子はなく、どちらかというとはい、はいと言いなりになっているように聞こえたそうだ。それで中学2年に兄弟のいる家に片っ端から電話をしているという。
「何だろうね、心配だねぇ……」
福島が明日拓に聞いてみて、知っていたら連絡を返すね、と番号を控えた。
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