第136話 11月12日 教職者とは

 月曜日は殆どの授業が自習になってしまった。教員たちは対応に追われていた。

 まだ直哉と志保の一件すら収まっていないのに、もうこんな大事件が起きてしまい、心身ともに疲弊していた。

 周囲はお構いなく冷たい言葉を投げかけてくるし、内部だってそうだ。2学年は荒れている、指導方法が問題だったなど決めつけられた。

 親たちからは受験を控えクレームが入り、転校を考える下級生も出てきた。




 関わった生徒の中にD組の生徒もいたことで、今日も休んでいる黒崎の耳にも当然入ってきた。警察が話を聞きたいと言っているため、菊本が連絡を入れたのだ。

 話を聞くなり声を荒げた。

「これ以上、俺にどうしろっていうんだよ。俺にはもうどうにもできないよ。もう嫌だよ、なんでこんな問題起こすんだよあいつら……俺を殺したいのかよ!」

「そうじゃなくて、少し落ち着いてよ。黒崎先生をここで責めてるんじゃないの、どういう生徒だったかって警察がきき……」

 話を最後まで聞かず、自分のむしゃくしゃした思いを菊本にぶつける。

「お前はいいよな、担任もってねぇんだから、親や教育委員会から吊るし上げられることもなくてよ、ったく俺はあいつらのサンドバックじじゃねえんだよ!」

「子供を守りたいって親の気持ちはわかるでしょ! こんな危ないところに通わせられるかってそれを言ってきてるんだよ。だったら正直に、この生徒は日ごろからこういう生徒だったって話せばいいじゃない!」

「話したところでなんて言われると思う? 悪い所しか教師は見ないで長所伸ばさないから、うちの子が非行に走るんだって言われておしまいだよ! 本当にこれは教員とか学校とかこっち側の問題なの? 学校だって面倒みる限度ってもんがあんだろ! 何がいいことで何が悪いことかくらい、てめえの家で教えろっつうんだよ! そんなことまで俺が生徒に教えなきゃなんないの? 幼稚園のガキじゃねえんだよ! いつから学校って子供のしつけ教室になった訳? 謝罪しろ謝罪しろ言われたって、何をどう謝ればいいんだかわかんねえよ! お子様一番のモンペばっかり湧き出やがってほんっとクソ!! やってらんねぇんだよ!」


 ガチャドチャという激しい音がして、菊本は思わず首をすくめ耳から電話を離した。どこかに投げつけたか何かしたのだろう。何度呼び掛けても返ってこず、仕方なく切る。その後時間を空けてかけても、以降出ることはなかった。

 菊本だって、もうここから逃げ出したいと思うほど日々の痛烈な言葉に参っていた。黒崎の気持ちも痛いほど理解できる。こっちだってやりきれない思いでいっぱいだ。こちらの何が悪かったのか。苦情を入れてくる者は自分の意見さえ通ってこちらがあやまり、折れれば勝利と喜ぶ。


 いつからだろうか。こんなものに勝ち負けがつくようになってしまったのは。それが気に食わなかった。

 負けた方はよってたかって何を言われてもされても「罰を受けて当然」とみなされ、助けても貰えない。

 いざされる側になったらどういう心境かなんて、言いたいことを言ってくる側には想像などできないのだろう。関係ないところから首を突っ込む者は、自分は世のための正義の代弁者だと思っているのが大半なのだから。


 子供が安全に過せるようにするのは当然学校の務め、というのは否定しない。確かに素行の悪い生徒ではあったが、学校側が24時間彼らの私生活にまで踏み込んで指導することまではできない。

 もう少しだけ、保護者が学校と歩み寄って問題解決に取り組んでもらえないのだろうか。自分の子供なのに人任せにしすぎだ、と菊本は唇をかみしめた。

 しかしそんなことを教育者である自分が言ってはいけない。言える立場でもない、と抑え込んだ。

 それに……一番苦しい思いをしているのは石田なのだ。教師である側が「自分も被害者」ぶっていられない。こんなことで泣きごとを言っていたら、何のために今学校全体で対応しているのかわからなくなってしまう。


 菊本から警察には訳を話した。すると直接伺うので大丈夫ですと言われ、さらに黒崎が荒れないか心配になってしまった。




 

「小島大丈夫かなあ」

 泊が川口たちと話している。電話の向こうが酷い様子だったことを伝えた。

「あと『次俺だ』っていってたんだよ、どういう事なんだろう」

「石田となんかあったのかな、アイツらに恨まれるようなことさ」

 泊は首を振る。

「学校来ないかもしれないな」

 誰も不安で一杯だった。先生たちからも話はあったが、ニュースで流れていたことと同じことしか教えてくれない。またこの前と同じで、マスコミがいても相手にするな、いい加減なこと言うなというだけだった。

 犯人は誰で、捕まったのかどうか、石田は生きているのか、助かるのか。肝心なことはうやむやだった。

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