第126話 11月1日(4) 消失【R15】

 お互い向かい合いにらみ合いが続く最中。

「おいお前ら! 何やってる! やめろ!!」

 学年主任の川崎が教室後方の入口で怒鳴った。直哉もぱっと振り返った。その後ろには黒崎や、他の学年の先生もいる。

「うるさいなぁ……」

 志保が低い声で呟き、その刃を教師達へ投げつけようと構えた。

「先生逃げて!」

 一瞬の隙。教師に気を取られたその1秒。




 左わき腹に違和感が走る。時間が、音が止まる。

 何だと目をやると、鋏の片刃が深く自分の体に食い込んでいる。突然すぎて痛みに反応が追い付いていない。

 偽志保は刃を教師に投げるふりをしてフェイントをかけたのだ。

「あんな人間に気を取られるなんて、戦いの最中に馬鹿だねー」

 にやと笑うと刃が消された。息が止まる。滝のような血が溢れる。相手の手が伸びてくる。このままじゃ捕まる……!

 左手で誰かの机の天板に捕まり、なんとか右腕の力を呼び覚まし、一気に鎌を振り上げた。以前志保と闘った時のように……腕を切り落とす!

「!!」

 直哉を捕まえようと伸ばした彼女の左腕が、ぐにゃり、と曲がった。相手もまた、突然の痛みと出来事に反応が追い付いていない。肘から下が、ほとんど皮一枚でぶらりと垂れ下がっていた。力が入らず切断とまでいかなかった結果だ。慌てて腕を引く。

 溢れる血がその遠心力で直哉の正面に降りかかった。

「うわぁぁぁー!!」

 外からまた絶叫が上がり、失神する生徒が多数出た。担任黒崎をはじめ、応援でやってきた教師たちももう何もできずただ見ているだけだ。


 偽志保は腕を抑え、痛みに全身をこわばらせて耐える。

「あ……たし……を……傷つけ……なんてぇ……」

 彼女は痛みを受けることに慣れていないようだ。本物の志保と違い、どちらかと言えば彼女は他人に痛みを与える方が専門だった。それを狙って直哉は追い打ちをかけるように逆手で槍先を彼女の腹のあたり目掛けて、刺さればどこでもいい、と体重をかけ突き出した。


「んぎゃ!!」

 潰れるような声がして、偽志保が後ろにあった机に倒れ込んだ。直哉はさらに体重をかける。決してその武器を消し去ろうとしなかった。

「離れろ! ……この出来損ないがぁ!!」

 彼女の足が傷口を蹴った。苦しみにもだえながらも食らいつく直哉。だがもう限界だ……ずるずると伏せるとついに大鎌の姿が消える。今度は彼女の腹からどくどくと赤黒い液体が溢れる。それなのに立ち上がる彼女を見て、慄く声が上がる。

 偽志保は床にボタボタと重たい音を立てて血を滴りとしながらも大きく肩で息を、腕がとれないよう掴んで抑える。誰もが恐ろしくて近寄れない。

「あたしを……こんな目に……合わせて……すぐ応援がくるよ……」

 最後に直哉の腹を蹴ると、戦いの最中に割れてガラスがとれた窓へ向かう……まさか飛び降りる気か? ここは2階だぞ……


 川崎がはっと我に返り、中へ入ってきた。

「来るな! 汚い人間が……触ンな!」

 突然大声を上げると、その傷でどこにそんな余力があるのかと思うほど素早く、机を足場にして窓枠を飛び越えベランダへ出た。

「まっ、待て!」

 追いかけようとする教師。しかし彼女はベランダの柵から身を乗り出しそのまま……



 教師たちがどやどやと入ってくる。川崎がベランダに出る扉を開けようとしたが、手が震えてしまい手間取ってしまった。内側に勢いをつけてドアを引くと、脚の震えがひどくて反動で後ろに転んでしまった。その間に黒崎がやっと外に出て慌てて地面を覗く。

「……あれ、……え? ……え?」

 彼女が身を乗り出した同じ位置から、確かに何度も下を見た。手すりとサッシ、ベランダの床にはべったりと手の後や靴の跡が赤く残っているのに……下には何もない。

 1階の1年生のクラスも騒いでいる様子もなく、文字通り忽然と消えてしまっていた。


 呼吸が荒くなる。どうしたらいいのか自分でも判らない。教室の中では他の教師が直哉を、外では真一に救命措置をしている。

 まもなく救急車が2台やってきた。

 まず直哉、真一を搬送し、その他具合の悪くなった生徒は後から来た応援の救急車で収容された。





 惨状の爪痕を見に他のクラスの生徒の野次馬がどんどん集まった。写真を撮っている者までいた。

 優二は腹立たしかった。一体誰だカシャカシャと……畜生、大野と早野じゃないか! SNSにでも上げるつもりなのか? やっぱりこいつら学校に来る資格なんてない!

「おい何写真撮ってんだよ」

「え、だっておもしれぇじゃん」

「……何が……何が面白いんだよ!」

 優二がやめようとしない早野に殴りかかる。早野のスマートフォンが飛んだ。

「何すんだてめぇ」

 大野が反撃してきた。掴み合いになる。

「おい、やめないか!」

 近くに教師がすぐに引き離した。

 美穂が慌てて近寄ってきた。何やってるんだ、とたしなめると、

「くそ……何も知らんくせに……チキショー!」

と泣き出した。

 美穂は、普段自分から前に出ない優二がこれほどまで逆上するなど意外でしかなかった。直哉のことを何か知っているのか聞きたかったが、今は無理だ。

 2学年は大混乱になった。警察沙汰は免れない。それと、彼らの命も助かるかどうか……。



 他の学年にも一気に事件の様相が広がる。風の子園に帰ると、孝太郎もみどりも落ち着きがなかった。

 彼らだけではない。スタッフも、ちびっこも、みんな異常事態にピリピリしていた。

 真子もお腹がやや目立つようになっており、スタッフも病院へ向かっている今負担がかかってしまっている。

 美穂や優二も率先して普段やらない仕事の手伝いへ回る。その方が気がまぎれるのだ。ふとした瞬間にあの惨事と、2人の搬送される時の真っ青な顔が目に浮かんでしまい、じっとしてなどいられない。何かで気をそらしていないと彼らが死んでしまうんじゃないかと嫌な想像ばかりが浮かんでしまうのだ。


 搬送時に真一は意識はあったものの、一方の直哉は予断を許さなかった。今度こそ本当にダメか、と誰しもが半ばあきらめの気持ちも持っていた。

 事実搬送中、一時心肺停止になった。人工呼吸とAEDなどを使って何とか持ちこたえている状態だ。病院には緊急の輸血車もやってきてすぐに集中治療が施されていた。

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