第127話 11月2日 事件後
学校は一時閉鎖となった。警察の現場検証が入るとともに、失踪した吉田志保の捜索も並行して行われる。
あんな時でも志保の豹変した姿をきっちり写真に収めている者が何人かいたおかげで、皆が彼女によって心身共に傷つけられたという十分な証拠になった。
警察から証言を取られるのも心的外傷後ストレス障害―PTSD―を発症している者もおり、語ることが難しい生徒もいる。
学校再開後は養護教諭だけでなく心のケアをするスタッフの派遣が決まった。
しかし、問題はこれだけではなかった。
この日を境に風の子園に抗議の電話がかかってくるようになってしまった。
保育園を転園したいから費用を払えという保育園の保護者。
得体のしれない生徒を学校によこすな、という同学年の親。
受験が失敗したらどう責任を取ってくれるのだ、という3年生保護者の苦情。
風の子園自体に問題があるから出ていけという近隣からの過激なクレーム。
子供に危害を加えるといった悪質な嫌がらせ電話。
ポストに投げ込まれる差出人も切手も無い、心無い言葉が連なる手紙。
電話に対応するだけでもスタッフの心身は疲弊していった。教育委員会から派遣されているスタッフもいるにはいるが、それだけでは手が足りない。子供たちも外を歩く人影にすっかり怯えてしまい、小学校へは必ず福島が車で送り迎えし付き添っている。警察に頼んで巡回を強化してもらってもいる。
千帆をはじめ、一部の子供は電話の音が鳴るだけで怯え、泣き出してしまうようになった。本当にこのままだと子供たちの精神環境に良くない。園長は他の園や施設に一時期避難させることも考えた。だが突然知らない子供たちの中に入るのも、彼らには負担が大きすぎる。
園長は覚悟した。もし親元に戻ることができる子供がいるなら戻す。だめならほかの施設に応援を頼む。それか……
園長は地元の「祥願寺」の住職の母親と古くからの付き合いがある。もう80近い高齢だがシャキシャキと元気な女性だ。
数日だけでいいから寺に泊めさせてもらえないか。電話も鳴らず、誰も来ない環境で、たとえ夜だけでもぐっすりと安心して寝られる環境をつくってあげたい。そんな想いがあった。
電話で相手の都合を確認すると、日中寺へ赴いた。住職も一緒に話を聞いてくれ、もし万が一の場合は昼でも来ていてもらって構わない、子供たちに被害が出てからでは遅いから、と快く受け入れ態勢を取ってくれた。
その心に何度も頭を下げお礼を言う。どんな感謝の言葉もたりない。ここ数日辛らつな言葉を投げつけられ続けた園長に、その救いの言葉が痛いくらいに沁みた。自分でも驚くくらい、涙があふれた。
優二は美穂と孝太郎に、自分の部屋で直哉と真一の本当の姿の話をした。自分で覚えている限りの素性をできるだけ伝えた。2人とも黙ったままだった。
「俺は、あいつらのこと好きだよ。その辺の人間よりもいい奴だ」
「うん。私もそう思う」
孝太郎は何も言わなかった。内心は迷惑していた。高校受験目前だ。傷害事件はもう免れなくても殺人事件などに発展したら、学校の評判や高校の受験に響く。ただでさえ自分がいける高校が限られているのに。今まで頑張って成績上位になるようにテストもしっかりやってきたつもりだ。受験勉強だってそれなりにしてきたつもりだ。
なのに、人生のこの先が決まる高校進学に水を差されるような大事件を、あいつらは起こしてくれた。先生に相談したいことがあったって、先生が生徒の相手どころではなくなってしまっている。
自分だけじゃない。電話を入れてきた3年生の親の気持ちはわかる。
邪魔するな。
俺たちのこの努力を台無しにするな。
お前らのせいで道が閉ざされたらどうしてくれるんだ。
「孝ちゃんだって、あいつらのこと心配だろ? いきなりあの女に襲われたんだよ。あいつのほうが悪い奴なんだよ、2人は悪くない、被害者だ」
優二があまりに2人の肩を持つのでとうとう声を荒げた。
「俺だって被害者だ。どうしてくれるんだよ、こんなんで学校も行けない勉強もできない、おちおちこの家にいることだってできなくしてくれてんじゃねえか……はっきりいって超迷惑!」
美穂と優二が驚いた。予想もしていない言葉が出てきたからだ。てっきり怪我の具合を心配していると思ったのに……。
「何てこと言うんだよ、孝ちゃんがそんなこと言うなんて思ってなかったよ!」
「お前らだって3年になればわかるよ! 俺ら受験生なんだぞ! もしこれで失敗したら、もう終わりなんだぞ!? そんな大事な時期に学校でこんな問題起こされたら『ここの生徒だから素行が悪い』なんて変なレッテル貼られてお終いだよ! 先生に相談する時間もとれない、学校にも居られない、図書室に居ても帰される! もうあいつが死ねばいいのに!」
「はぁ!? 何それ酷い! なんて言い方するのぉ!」
これには美穂も立ち上がった。
「だってそうだろうが! 他の奴らだってあの変な女と直哉のせいで入院したりしてんだぞ! 警察に話聞かれて苦しんでんのはこっちだよ! 推薦取り消しにでもなったらどうしてくれんだ!」
「あぁそう、じゃあもういいや。私たちは直哉の味方でいるわ。孝ちゃんは好きにしてよ」
美穂は部屋を出ていった。優二も無言で後に続いた。
孝太郎は1人になった優二のスペースでしばらく座り込んでいたが「ああああああ!」と突然大声を上げて頭を掻きむしった。
そして大きく息をついて、自分の場所に戻りベッドに突っ伏した。自分で言った言葉に驚く半面、自分の言葉でさらに怒りが増した。
グループトーク上で、泊、小島、石田、小原、川口、渡辺が会話をしていた。
「あいつ大丈夫かなぁ」
「心配だけどお見舞いに行っていいのかどうかわからない。誰か聞いてよ」
「僕が電話して聞いてみようか」
「まじで、頼むわ」
「面会時間と病室も忘れずに」
小島はいったん会話を抜け、電話をかけた。
「はい、もしもし……風の子園です」
スタッフの大人なのだろうが、随分元気のない声だな、と思った。対応が恐る恐るという感じだ。
「あ、あの、2年C組の小島と申します。杉村君の事で伺いたくて……」
電話の向こうであぁ……という安堵のような声が聞こえた。
「わかりました。いいですよ」
声色が変わった。優しい声に小島も少し安心する。
「杉村君のお見舞いには行ける状態ですか?」
「ええ、彼は意識があるから寝てるけど顔を見るだけなら大丈夫です。あまり長い時間は難しいかもしれませんよ」
「少しでも構いません。もし行っていいなら、病室とか時間を教えてもらえませんか」
スタッフの少しお待ちくださいの後、保留のメロディが流れる。再び通話が始まると、小島はメモを取りながら復唱した。
「面会時間が2時から6時ですね。はい、4階の……411……ありがとうございます。あ、あの……」
小島はもう一つ聞きたいことがあった。
「藤沢君は……」
スタッフは一瞬黙ってしまった。
「ダメ……ですよね」
「まだ、彼は無理です」
そうだよな、あの傷で。小島はお礼を言うと電話を切った。すぐにメッセージを流す。
「早速行こうよ」
「大勢で行ったら迷惑じゃないかな」
「なら日を変えて2人3人交代で行けば? 同じ顔が何日も行くより飽きないし」
「その方がうるさくなくていいかも」
ぽんぽんと流れる会話に、石田が「藤沢はどうとか聞いてる?」と流した。小島は今は面会無理だって、と返した。その後の返答はなかった。
正直、みんなどこかで気にはしていても結果を知るのが怖かったのかもしれない。あんなケガじゃ、元の体に戻れないんじゃないかとか、もう意識が戻らないんじゃないかなど、万が一を想像すると直哉の姿を見るのが怖かったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます