第125話 11月1日(3) 戦闘

―――目の前の敵を倒すことだけに集中しろ。自分の身を守りたければ相手の痛みを想像するな。同情したら自分の命はないと思え―――


 戦いに際してさんざん言われてきたこと。あの世界から逃げても体の奥底まで染みついている。

 一瞬にして、真一が重傷だという事も、ここが学校だという事も、人間が……「友達」が見ていることも全て吹っ飛んだ。

 もうどうなってもいい。悪魔だと言われてもいい。志保を、真一を、クラスの皆を、自分のせいで苦しめてしまった。もう終わりにしなければ。こいつと杉元を何としても倒して……



 それからの教室の中はまるで闘技場と化した。刃先がぶつかるたび、金属音と火花が散る。力は互角。まるで殺陣のようだった。離れては攻撃し、はじかれてはまた互いに切りかかる。

 偽志保の片刃が直哉の体めがけて水平に切り込むと、身をかがめてかわす。

 刃先が空を切るヒュンという音が頭上から去るやいなや、直哉も机や椅子の上に飛びあがる。高い位置から相手の首めがけて大鎌を振り下ろすも、猫のようなしなやかさでそれを交わされる。

 まるで磁石の同極を近づけ合っているように、ギリギリの距離を保ちながら戦う。


 何とか数度の攻撃の中、鎌の刃先が彼女の髪をかすめ、ふわりと少量の髪が舞った。彼女は舌打ちし、間髪入れず水平に切り込まれる鎌を飛んで避ける。中空で前方一回転し、直哉の背後に回ると片刃を背中目掛け真っすぐに突く。しかし直哉は鎌と逆端の3又の槍でそれをいなし机から飛び降り、柄をくるりと反転させ大鎌を相手に向ける。

 


 木村と美術部に一緒に向かうところだった奥本が、必死で真一を教室の外へ引っ張り出そうとしていた。

 偽志保が直哉から目を離せない局面になった隙に中に入り、腕をつかみ引きずりだした。血が川のように筋になる。

「おい、おいしっかりしろ! 早く誰か先生呼んで来いよ! 何やってんだよ死んじゃうよ!」

 田中は腰を抜かしていて全く使えない。真一の顔は真っ白になっている。唇が青い。木村も耳元で叫んだ。

「杉村、杉村! ……おい原田なに突っ立ってんだよ! 早く先生呼んで来いよ!」

 教室の後ろのドアの付近で突っ立っている原田に声を荒げる。はっと我に返った原田は、あ、あ、と言葉にならない声を上げて、職員室へ走って行った。

 周りは必死で真一に声をかけ続ける。何をどうしていいのかわからない。なんで彼らがこんなことになっているのか。理解が追い付かない。

 A、Bのクラスからも何事かと野次馬が集まる。その中には優二や美穂もいた。



 次第に疲れが出てきたのか武器が振り回されるたび肩で息をし、お互いの体にわずかな傷がつくようになった。制服も切れ、あちこちから血が出ている。机や椅子をなぎ倒し、机の天板を割り、ロッカーから荷物が飛び散る。そのたびに教室の外で悲鳴が上がる。

「やめて! お願い止めてよ! 死んじゃうよ!」

 安藤がドアにしがみついて中に向かって叫んだ。吉岡がいくら「ここにいたら危険だ離れて」と彼女を引きはがそうとしたが、ドアの縁を掴んでで動こうとしない。何故そんなに関わろうとするのか不思議だった。すると安藤は思いがけない言葉を叫んだ。

「私こんなこと願ってない! 契約なんかやめる!」


 吉岡も直哉もえっ、と一瞬気を取られた。偽志保がまた甲高く笑った。

「どういうことだ、安藤さんに何した!」

 直哉が一時手を止め問いただす。偽志保は安藤の方をちらりと見てバカにしたように答えた。

「あんたとの契約ならとっくに切れてるよ! あんたの願いは、あの女が消えることだったじゃない。ちゃーんと叶えてあげたでしょ? それとも何、あたしがこの男を、あんただけのモノにでもしてくれるとでも思ってたの? 悪いけどそこまでの契約はしてないんだけどぉ」

 安藤は今にも泣きそうな顔で首をわずかに横に振っているだけだ。

「あっははっ……本心はそうだったんだー。こいつを自分のもんにしたかったんだねぇ。どこまで図々しい女なのかなー」

 直哉を刃先で指しながら、安藤を馬鹿にしたように言い放つ。

「違う! 違う! そんなんじゃない! もう嫌ァァァァ!!」

 普段の彼女から想像できない絶叫と共に、ひざから崩れて頭を抱えて泣き叫んだ。


 全員の前で自分の卑屈さ、汚い本心をさらされて、みじめな姿を見られている。消えてなくなりたいくらい苦しかった。

 吉岡がようやっと彼女を教室のそばから離すことができた。これ以上首を突っ込んだらこちらにまで被害が及びかねない。

 直哉には少し経緯が見えてきた。


―――この悪魔、安藤さんに取り付いて人間界に出入りする「門」に仕立て上げたんだ。それでこちらへまんまと入り込めたのか。彼女の願いを叶えてやったというのも何か誘導に引っ掛けて契約させたに違いない―――



「てめぇ何で彼女に取り憑いた!」

「何でって……今聞いたでしょ。あの子嫉妬心凄かったからさ、門になってもらったの。簡単に契約できて楽だったよ」

 隠す様子もなく嬉しそうに話す。直哉は自分を責めた。

 今になって原田に「もっと安藤さんの気持ち考えろ」と指摘されたのが悔やまれた。こんなことになるなら彼女と仲良くしておけばよかったのではないか。

 正直そういったことは全く分からない。一体何をすれば正しかったのか。もっとちゃんと聞いておけばよかったんだ。……自分で自分が許せない


 直哉はぐっと柄を握りなおした。何としても一発で仕留めてやる……。いくら不死身だろうと、再起に時間のかかる「致命傷」を負わせれば動きは止められるのだ。

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