第119話 10月29日(4) 親失格
「はあ!? 買ったもんなくしただぁ!? こんな時間までふらついて何考えてんだお前!」
家に帰った志保が買い物袋を持っていないことを尋ねられ、落としたことすら忘れていたために父親が怒鳴りつけていた。
「てめえの金で買い直して来いよ! すぐ行け! すぐ!」
母親はパートでいなかった。待ってという声も無視されドアの外へ無理やり押し出され鍵をかけられた。
「開けて! 開けてよ!」
ドアを叩くが「拾ってくるか買い直してくるまで戻って来んじゃねえ!」と怒鳴り返された。
志保はうなだれてドアの前で崩れた。仕方なくもう一度もと来た道を歩く。もう日は山の裏に入り、空は明るいが影は出ない宵の口だ。これから暗くなる一方なのに外に放り出され、不安しかなかった。
走ればまだあの2人がどこかにいるかもしれない。ただ、風の子園の門限もある。走って帰っている可能性だってある。ここは1人で行かなければ。これ以上彼らに迷惑はかけられない。
泣き顔で歩く少女を、通りすがる人は何事かと振り返りながら通り過ぎていく。
ようやっと見つけた高架下の階段にあった袋の中身は散乱しており、踏まれたか何かしたのか中身が出ている総菜パックもあった。無事なものを拾い上げて袋に詰めていく。ダメになってしまったものは買い直しだ。
でももうお金が少ない。預かった金額はほとんど買い物予算額ぎりぎりだ。帰ってもこれでは家に入れてくれないかもしれない。途方に暮れてしまった。
そうだ、スーパーにまだ母親がいるはずだ。そこで助けてもらおう。そう思いたち振り返った瞬間、突然目の前が真っ暗になった。
夜8時になっても志保が帰ってこないので、両親はやきもきしながら待っていた。
母親がパートに行っている間に何があったのかと父親に詰め寄る。事情を聴くと逆上した。何てことをするのか、今までの努力が全部台無しだ、と父親の体をバシバシと勢い良く叩いて責めた。
父親は無くしたんだから当たり前に拾いに行かせただけだと反論したが、母親は涙を流しながら、もしばれたらどうするんだとさらに激しくつかみかかる。
ふとチャイムの音がした。2人は取っ組み合うのをやめ、慌てて玄関に飛んでいく。
「志保!?」
ドアを開けた2人は硬直した。目の前にいたのはスーツの男。杉元だった。
「申し訳ありません夜分に。ちょっと御嬢さんの事で」
中に入り扉を閉め、杉元が鍵をかける。
「彼女から事情を伺いました」
母親が途端に父親に向かってぎゃあぎゃあと責め立てる。杉元は止めもしない。とうとう母親の感情が高まりきって泣き崩れ、すこし黙ったところに杉元が話を再開する。
「少々、行き過ぎたしつけをなさっているような部分が垣間見れますね。これでは安心してお預けすることができません。いったん私共がお預かり致します。しばらくはこちらのお家には寄りませんので、ご了承ください。では失礼します」
それだけ言うとまた自分で鍵を開け戸を開いた。
「待て! 待ってくれ! 悪かったよ、謝る、謝るから、だからあいつ返してくれ……」
スーツの上着をつかんで下から見上げて哀願する。必死な顔を見ても、杉元は表情ひとつ変えずに
「申し訳ありませんができません。それに私に謝られても困ります。弊社とのお約束を破ったのはそちらですよ。今頃ご自身のなされたことにお気づきという事は、あまり子育てに向いてらっしゃらないのではないでしょうか」
と父親を黙らせ、服をつかむ手を涼しい顔ではがすとさっさと階段を降りていってしまった。
父親は玄関の土間に手をつきうなだれた。どうしていいのかわからず混乱していると、母親が「早く追いかけてよ!」と尻を何度も叩きながら泣きわめく。はっと気づいて慌ててサンダルを履き転がるように外へ出ると、もう杉元の姿が見えなくなっている。
夜だし黒いスーツだから見えないんだろうと道路にまで出て探したのに。
父親は頭が真っ白になった。ばらされたら……仕事も家も……失う……
「うあああああ!」
父親も初めて事の重大さを身にしみて感じることになった。だがもう後の祭りだ。
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