第120話 10月30日(1) 欠席

 吉岡が迎えに行くも、志保は家から出てこなかった。何の返事もない。変だなぁと、すりガラスで中は見えないが脇の小窓を覗いてみる。

 もう3度ほど呼び鈴を押した。待てど暮らせど出てこない。このままでは自分が遅刻してしまうので仕方なく学校へ向かう。

 塚田と岡山もいつもの待ち合わせ場所におらず先に行ってしまったようだ。


 チャイムギリギリに吉岡が滑り込む。

「どうしたのー、休みかと思ったよ」

「ごめんごめん、志保ちゃんがでてこなくて」

 席に着くより前に直哉のもとへ行く。

「志保ちゃん、呼んでも出てこないんだ、遅刻しちゃうからきちゃったけど、家の人も出てこないんだよ」

「え……」

 直哉もそれは気になった。朝なるべく一緒の時間になるようにしていたのだが、歩いているのを見かけたのが塚田と岡山だけだったので、どうしたのかと心配していたのだ。ありがとうとお礼を言う。



 担任の黒崎からも「誰か吉田の休む理由聞いてないか」と朝のホームルームで問われた。学校にもどうやら連絡が入っていないようだ。

 授業の合間も、吉岡は志保の家に電話をかけてみた。しかし呼ぶだけで出ない。直哉も真一も気にしており、昼で教室に戻った時に彼女に尋ねる。

「どう、やっぱり出ない?」

「だめだねぇ……先生にも聞いたけどこの時間になっても連絡来てないって」

「なんだろう、怖いな」

「帰りに寄ってみようか」

 吉岡が言うので、それはやめた方がいい、自分が行くと直哉が申し出た。ああ、そうか、と吉岡も納得し、頼んだよとだけ言って別れた。

 その様子を原田は少し離れたところから見ていた。やたらと吉岡と喋ってるが……何か知ってるのか、あいつも。




「昼食おうぜーー」

 木村が机を寄せてきた。いつものように4人集まる。しかし原田は今日は様子が変だ。しぶしぶと言った感じ。

「なんだよお前暗いぞ」

 直哉と木村が配膳に並んでいる間に田中が聞いた。

「なんかあったの藤沢と、何も話さないじゃん、喧嘩?」

「そんなんじゃない……」

「ならなんで? 雰囲気悪いよ」

 田中が口をとがらせると

「ごめん今日俺一人で食うわ」

と原田は自分から机を離し、元の授業の席の配置に戻してしまった。


 木村と直哉が戻ってきた。

「何やってんのアイツ」

 田中に木村が聞く。

「さー知らね、なんか1人で食べるっていうから」

 直哉は申し訳なかった。木村や田中の仲までも悪くしてしまうことになるのでは。

「まあ気にしないで食べましょう。いっただきまーす」

 男子はさばさばしたものだ。田中も木村も一緒に食べてくれたが、彼らの冗談がいつものように笑えなかった。




 帰りのホームルーム後。また吉岡と話す直哉を見つけた。志保の事を話すのがとぎれとぎれの言葉で分かった。

 直哉と別れた後、原田は吉岡を捕まえた。

「お前がどこまで知ってるか知らないけど、あいつらと一緒にいたらお前のほうが危ないぞ」

 声を潜めて言う原田に、吉岡は彼も何かを聞いたのだとすぐ察した。同時に怒りが一気に頂点に達した。

「ぁあ!? あんたこそ何聞いたか知らないけど、それが友達のいう事ぉ? 今までさんざん藤沢藤沢って気にかけてたのはどこの誰よ、人助けしてる自分に酔ってただけ? 友達が本当にピンチの時にあんたは自分だけ逃げるってぇの!? はー! 自分勝手な奴!」

 いきなり声を張り上げ捲し立てる吉岡に周りがびっくりして注目した。


「んなこといったってどんな目に合うかわかんないのに一緒にいられるかよ、来年は受験生になるんだぞ、面倒なことに巻き込まれて内申書に響いたらどうすんだよ!」

「あーそーじゃあ勝手に逃げてれば? あんたも変わったね、最初は一緒に殴られても『俺は見捨てないぜぇー』みたいにカッコつけちゃって、いざとなったら逃げ隠れか」

 吉岡が茶化すように真似したので原田もイラっとして叫んだ。

「ふざけんじゃねえよ! お前は自分が痛い目みてもいいのか?」

「嫌だ」

「じゃあ俺の判断だって解るだろ!」

「ごめん全っ然理解できない! そのぎりぎりの線まで私いるつもりだよ。怪我しない範囲まで離れはするけど、絶対避けたり仲間外しはしないワ! お前卑怯だよ! 『こいつと居たら危ないから近寄らないようにしよう』って言ってんのとおーなーじー!」


 騒ぎを聞きつけ、C組にいた直哉が飛んで戻ってきた。

「おい、何言い争ってんだ……」

「こいつがあんまり卑怯だからちょっと言ってやってんの!」

「卑怯とか言うなよ、大体こうなってんのもお前のせいだろ」

 直哉を睨みつける。すると吉岡が我慢できず奇声を上げた。

「んがあああーー!! むっかつく! なにこいつ終いには人のせいにするの?」

 周りに人だかりができてしまった。これはまずい。

「もうやめなよ、こんなところで言い争う事じゃないだろ」

「藤沢君こいつと友達だなんてかわいそー」

 原田が言い返す前に、直哉が2人の間に体を割り込ませた。

「吉岡さんいいんだよ、これでいいんだ」

 吉岡ははぁ? と言いながら直哉を見た。

「原田の判断は間違ってない。だから何も言わないであげて。これ以上騒ぎを大きくしちゃだめなんだよ。吉岡さんの気持ちありがたいけど、俺らみんなに何かあったら本当に責任取れない」

 そういうと無理やり吉岡を引っ張って離れていってしまった。ちょっと離してよ、と抵抗したが無理だった。

 原田はそれをただ見ていた。


「おい何やってんだよ、吉岡さんと喧嘩なんて」

 田中がおろおろと寄ってきた。周囲も心配そうだ。

「藤沢と何かあったのかよ……」

 木村も寄ってきた。

「俺もうあいつと一切口きかないわ」

「は?」

 田中と木村は同時に声を上げた。

「何でまたいきなり……」

「お前らもあいつといるとロクな目に合わないぞ」

 それだけ言うと去っていく原田。田中も木村も、顔を見合わせるだけで何も言えなかった。




―――ああ、俺何言ってんだろう。

 あんなに藤沢や杉村の事気にかけて、自分なら何があってもあいつらと友達でいられるって思ってたのに……

 どうしていざとなったら素直に受け入れることができないんだろう……

 吉岡の言う通り理解力のあるいい奴のふりして、頼れる友達を演じてただけなんだろうか。

 これで愛想をつかすなんて、俺のこと見損なっただろうな。

 だけど俺だって危ない目に遭いたくない。受験に響くようなことには近寄りたくないんだ。そんなの誰だって同じだろ。

 俺が離れた訳だって田中や木村もそのうち思い知る。

 吉岡だってそうだ。今あんなこと言ってるけどいつか自分で痛い目見るぞ。その時後悔しても遅いんだよ。

 俺の判断は合ってる。絶対、合ってる―――




「吉岡さん、落ち着いてよ」

 直哉の手に負えず真一の元へ吉岡を引っ張り助けを求めた。

「だってっ、うぇっ、悔しいじゃん……」

 泣きながら真一に訴えた。

「あいづ、あんなに、藤沢ぐんの事……仲良いと思ってだのにぃ……」

 真一はどうにかしてなだめる。

「志保ちゃんも吉岡さんに全部話すって聞いたとき、正直今と同じように嫌われるって覚悟してたんだよ。本当に僕らと居たら吉岡さんが傷つくかもしれない。だったらもう関係を切って部外者になっちゃった方が、僕らも気が楽なんだ。僕らのこと嫌ってくれていたら別れも寂しくない」

「ぃやだあーー! なんでそんな事いうのぉ! そっちは原田と最近仲良くなったからそう言えるかもしれないけど、私ら小学校から一緒なんだよ! 簡単に切れない!」

 落ち込む吉岡に、今日彼女の家に立ち寄った感じを必ず教えるから、と言って別れた。



 部活を休ませてもらい、真一と直哉は志保の家に向かう。

 呼び鈴を押すが無反応。ドアを叩いて呼んでも無反応。

 道路側に回って洗濯物があるかとベランダを見たが何もなく、カーテンもきっちりと閉められている。

「出かけてるのかな」

「少し待ってみるか」

 アパートの傍でしばらく待つことにした。しかし夕方5時を回っても誰も来ないし電気ひとつつかない。風の子園の門限時間もあるのでここで打ち切り、吉岡に電話で報告した。

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