第118話 10月29日(3) 別離

 途中原田がとっくに3分の経過を伝えていた。そろそろリミットだ。


 大きな映像が消えあたりが薄暗くなったた。志保が話し出す。

「あたしは利用されていたんだ。最初からこっちの願いなんかどうでもよかったんだ。あそこからあたしを出すことで、ほかの悪魔の寿命を延ばすことができなくなれば杉元の理想通り。直哉の力を使わせることも最初から期待されてなかったみたい」

 涙をこらえているのか少し震える声になった。

「こんな回りくどいやり方で、恩を売りつけるようなことまでして、それでいてもう使えないから「死ね」だなんて……完全にあたしたちに対する恨みだよね」

 自分の願いに付け込まれた情けなさと後悔でぎゅっと唇をかむ。

「本当に今すぐ自分を燃やしたいとすら思ったよ。あんなに直哉にこだわって、体を入れ替えてもらおうとしていたのがバカみたい」

「……」

 直哉には言葉が見つからなかった。彼女の力……いや、彼女らの力が杉元にとって邪魔なのであれば、もう1人の姉も同様にあそこから連れ出すはずだ。そして今の志保を処分し、気づかぬうちに入れ替えることだってやりかねない。真一が危惧して合言葉まで決めていたのは大げさではなく、ますます現実味を帯びてきた。


「もう沢山生きたから、死ぬなら死ぬでいいよ。最後に楽しい思いもできたし。だけど学校のみんなは違う。絶対に怖い目に合わないように、直哉と真一でなんとか守って。これができるのはあなたたちしかいないんだ」

 直哉はゆっくり立ち上がった。

「やられるなら俺だけでいい。死神になんか俺はならない。皆もお前も絶対守るから」

 志保は目を細めて笑顔を浮かべた。どこか悲しそうだった。


「5分!」

 もう限界だ。ここからでなければ。振り向いて元来た道を戻ろうとした。しかし一瞬立ち止まり、またくるっと志保の方を向き直ると走り寄り、勢いよく志保を抱きしめた。ほんの数秒だけ。

 ぱっと離れると、今度は振り向かずに走って出ていった―――――――



 ゆっくり目を開け、額を離す。原田と真一は大きく安堵の息を吐いた。

「ん……」

 志保も眠りから覚めたように目を開ける。

「大丈夫?」

 真一が後ろから声をかける。志保は首を小さく縦に振った。

「おい、何がどうなってんの?」

 原田は3人をかわるがわる見ながら怪訝な表情を浮かべる。妙なことをしているようにしか見えない。全員黙ったままで何も言わない。

「お前ら、なんかおかしいよ、何なの……」

 原田が後ずさるようにして離れる。直哉が

「ごめん!」

と叫んだ。

「騙そうとか怖がらせようとしたんじゃないんだ!」

「……」

 あの時と一緒だ。公園で襲われた後、何があったのか聞くと涙目で「何も言わないで」と言われた時。やっぱりこいつら何か秘密があるんだ……しかも彼だけじゃなくて他の2人も。


「俺は……俺らは……普通の人間と同じようにここで生きたかっただけなんだよ……」

 原田は動揺した。えっ、じゃあ、人間じゃない? なら何……?

 直哉が泣いている。普段強くて頼りがいがあって、何に対しても取り乱さず冷静な彼が……。

「何なのかちゃんと教えてくれよ、得体のしれない奴らと一緒にいるなんて気味が悪いだろ」

 責めるつもりもないが、きつい言葉をつい投げてしまう。直哉はもうこれでせっかくできた友達を失ってしまう悔しさと悲しさで、ただ唇をぎゅっと噛み締めている。


 見かねて真一が言葉を拾うようにしながら代わりに話す。

「もしこれを聞いて、原田君が僕らのことを避けるなら、それはそれで正解だし、仕方のないことだと思う。だけどこれだけは信じて。みんなを苦しめようとか、怖い目に合わせようとか、そういう目的じゃないんだ。ここにいる3人とも、元の世界にいられなくなってここに逃げてきたの」

「元の世界って……それって漫画とかラノベの世界じゃん、そんなの信じられるかよ」

 相手は信用していないがそれでもいい。真一は続けた。


「原田君は、天使とか悪魔とかいると思ってる?」

「そんなもんいるわけない」

 否定的な意見も予測はしていた。構わず続ける。

「僕は元は悪魔の世界から来た奴隷の子。肩の番号は管理番号だったの。志保ちゃんも僕と同じ世界から来てて、不老不死で150年この姿で虐待を受けてた子。直哉は天使なのに死神の力を受け継いじゃって、その力を悪魔から狙われてる」

 聞いている傍から理解できず、右から左だった。

「僕ら文字も書けない、世の中を知らない、不思議だったでしょ?」

 それには素直にうなずいた。

「突然こっちに来たから何もわからなかったんだ。何とかここに馴染めて、このまま生きていけるかなって思ったけど、もうダメみたい。直哉も志保ちゃんも悪魔に狙われてる。僕も仲間だから狙われているかもしれない。その時に僕らだけが痛い目や怖い目に逢うならいくらでも受けるけど、関係ないみんなが辛い目に合うのは絶対避けたいんだ。この前志保ちゃんのとこに来たストーカーだって、僕らを狙ってる悪魔だったんだよ」

 原田はつい先日直哉とした安藤の会話を思い出した。だからこいつ吉田さんばっかりにくっついてたのか、人間じゃない者同士……。



 それに悪魔が本当にいるとしたら、ほいほいと簡単に学校の中に入り込んでいるってことじゃないか! このままじゃ俺らの生活、引っ掻き回されるんじゃないか。



―――― その通りだからだよ。疫病神か ―――

直哉が自分で口にした言葉が何度も原田の脳内で再生される。



―――― ほんと、疫病神だ ――――



 原田は3人をそう捉えた。俺らの生活をぶち壊しに来た疫病神。なら近寄るのは危険だ。

 ただでさえ天使だの悪魔だの変なこと言って……出会った当初に目にした真っ赤な大鎌が思い出される。

「俺らと居ると、お前らが苦しむことになるんじゃないかってすごい怖い。だから……」

 一番言いたくない言葉。本心とは裏腹の言葉。

「一緒にいない方がいい」

 直哉が絞り出すようについに声に出した。つづいて志保も、

「お願いだから誰にも言わないで」

とやっと声にした。

「言わないよ、言えるかよ……」

 全く意味の解らない話をされ、混乱した原田は目も合わせず無言のままその場を去ってしまった。3人はその背中を追うだけだった。



「嫌われたかな」

「その方がいい。俺らから離れてくれた方が安全だ」

 口ではそう言う直哉だが、その表情は悲しさと寂しさが滲んで、覚悟を決めた顔ではなかった。


 志保を送っていく。終始無言だった。志保は、自分は吉岡に励まされたのに、彼らは友達を失ってしまった。内心自分を責めていた。なんと詫びようとも、原田との関係は修復できないかもしれない。


「気にしてる?」

 察したのか、家の前の別れ際でそんなことを聞かれた。

「俺から一緒にいない方がいいって言ったんだ。そうするのもしないのもあいつの判断だ。お前はお前の体だけ気にしてろ。何かあったらすぐ呼べよ」

 じわっと涙が押し出された。慌てて頷いて振り向き、アパートの階段を上っていく。ドアの中に姿が消えたのを確認し、2人は帰って行った。

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