第99話 互いの真意

 小さな志保は何度も繰り返し、なぜ自分を嫌ってるのか、何がいけなかったのかと必死で聞いた。とうとう飯田は叫んだ。

「お願いもうやめて! 言うからやめて!」

 小さな志保は黙った。相手の言葉を待っていた。



 飯田は壁に張り付き、泣き顔で半ば絶叫しながら問いを返した。

「何しても言い返さないし、すぐ泣くし、汚かったし、勉強もできなくて、バカにしてたの! だからみんな自分よりダメな奴がいるって安心して、面白がっていじめたの! ごめんなさい! 許して!」

 自分の口から正直に吐き出した。もう自分がどんな人間かバレてもいい。そうでないとここから逃れられない志保の問い詰めだった。



「そう……だったんだ…………ごめんね」

 思いがけない小さな志保の言葉。彼女もまた目に一杯涙をためていた。言われたって治せるようなものではない。でも謝ることでその場を潜り抜けることしか、恐らく彼女は生きている間もなす術がなかったのだろう。

「謝らないで!」

 飯田が絶叫にも似た声を出した。

「でも……」

「ごめんなさい! もうしないから……! 嫌なことしないから!」

 ほとんど悲鳴だ。頭を抱えて、壁際で縮こまり、咳込みながら許しを請う。

「じゃあ、仲良くしてくれる? 前みたいに」

 きっと出会った頃は仲良くしていたのだろう。先ほども一緒に帰ったという言葉があったが、初対面でこんなひどい扱いをするには至らないはずだ。


 必死で何か言いながら頷く飯田。何を言っているのか聞き取れない。腕で顔を覆うようにしてしゃがみ込む。そんななかでも首を縦に振っているのなら同意しているのだろう。

「私は嫌な子だったけど、こっちのお姉さんはきっと恵夢ちゃんが好きな子だよ。だから、私の代わりに仲良くして。約束ね」

「ぇ……?」

 過呼吸になるのではないかというような状態の飯田が、腕の間から小さな志保の目をやっと見ることができた。

「ね、約束ね。仲良くして」

 予想外だったのは直哉も真一も同じだ。この霊が現れたことで、足元に倒れる悪魔の少女が、自身の中に吉田志保の魂を宿しながら今まで暮らしていたことを悟った。だから過去の記憶を持っていたり、飯田のことを必要以上に気にしていたのか。



 飯田がむせびながら頷くのを見ると、小さな志保はよかった、と笑うと「バイバイ」と言いながら手をひらひら振った。そして横たわる志保の体に溶け込むように姿が消えた。




 3人とも言葉が出なかった。一体どうなっているんだ? 飯田は気が抜けたのか大泣きし出した。

「あ……大丈夫?」

 生身の人間の飯田のほうが心配で、直哉が飯田に恐る恐る近づいたものの何と声をかけていいのかわからない。

「ごめん、俺、何もできなかった」

 首を横に振る飯田。

「立てる?」

 しゃくり泣きしながらも首を縦に2回振る。そして壁に手をつきながら時間をかけ立ち上がった。

「1人で……うっ……帰る……」

 そう言って、鞄を手に取るとふらふらとした足取りで教室を出て行った。

「大丈夫かなぁ……」

 真一が心配そうに眼で追った。

「なあ、お前後ろからついてってやってくれない? 怪我でもしたら大変だから、一緒に帰らないでいいから」

「うん。後つけてみる」

 真一は鞄を手に出て行き、一旦クラスの屋台仲間に一言断って帰っていった。


 一方、志保のほうは起き上がる気配も、目が覚める気配すらない。また背負うのは勘弁だ。

「お前ホント、なんなんだよ……」

 まるで眠っているような顔に向かって問いかけた。




 いったいどのくらい時間がたったのだろう。

 時計は3時少し前。倒れっぱなしの志保が起きるのを待つのにそろそろ30分近く経とうとしている。さすがに飽きて疲れてきて椅子に座った。

 もう背負って帰るか。椅子から立ち上がって志保を引っ張り起そうと腕を取ったとき

「う……あ……」

 小さなうめき声をあげて志保の顔がゆがんだ。

「あ、起きた」

「イッ、いった……」

 右手で側頭部を抑えている。

「こぶできてる……あたし倒れたの?」

 直哉は驚いた。覚えていないのか、と問う。

「あの子がしゃべってるのは聞こえた。だけど……そういえばその間あたし何してた? あの女の声も聞こえたのに見てない……」

 しばらく座り込んだまま、ぼーっとしている。直哉は簡単に倒れた後のことを話した。お前の体から小さな女の子が出てきて飯田と話をした。彼女が最後に、お前と仲良くしろと飯田に告げると、その体の中に溶け込むように消えた。

「そう……」

 志保はうーっとうめき声を出しながら机を頼りに立ち上がる。

「右肩も痛いや」

 左手で鞄を持つ。直哉は何も言わずそれに続いて教室を出た。外ではほかのクラスがワイワイと楽しそうに文化祭の準備を進めていて、活気がある。


 ゆっくり歩く志保の後ろを、直哉がそろそろとついていく。

「何がどうなってんだ」

 いつものような責めるような強い声ではない。

「見ての通りだよ」

「わかんねぇよ」

 志保はゆっくり振り返り訪ねた。

「ちょっと話さない?」

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