第96話 10月11日(2) イジメられるってこういう事

「あは……アハハ……ハハハ……その程度でいじめられたとか……何言ってんのあんた……アハハ……」


 慰めの言葉もなく、笑いものにするその反応に驚いた。そんな言い方ってある? ものすごく不快な気分になった。しかし涙目で睨み返すことしかできない。泣くものか。

「あんたがさんざんあたし……吉田志保にしてきたことに比べたら、何でもないじゃない」

 笑い顔が突然真顔になり、立ち上がり一歩近づいて言葉強めに言い放つ。

「よかったねぇ、これで相手の気持ちが少しわかる『お勉強』できたんじゃないのぉ? こんなときどうすればいいかなんて、あんた自分でさんざん他人に仕掛けてきたことなんだから、解決方法くらい当然知ってんでしょ?」

 嫌味たっぷりに言ってくる志保。やっぱりこいつ悪魔だ! そのまま何も言わずに涙をついにぽろっとこぼした。それを見て志保はさらに言葉を重ねる。

「自分が可哀そうとか思ってるんならとんだ勘違いだよ、カルマだね。自分の行いがそのまんま返ってきてんだ」

「じゃあどうすればいいの!」

「あたしが知るわけないじゃん! あんた昔やってた側なんだからわかんだろ! どう思われてるかくらい!」


 飯田は志保から視線を外した。かすかに手を震わせていた。幼い時、吉田志保に抱いていた、根拠のない憎しみ、一方的に敵視して毛嫌いしていた感情が蘇ってくる。さすがに心の中だけにとどめていたが……


「シネ」


 この2文字だ。いつコイツが学校に来なくなるかと、まるでゲームのように毎日彼女を痛めつける「遊び」と化してしまっていたのだ。

 なぜ、そんなことを思ったのだろう。

 なぜ、嫌いだったんだろう。

 なぜ、いじめていたんだろう。



 当時の吉田志保がうじうじとはっきりしない性格で、身なりも汚くて、可愛げもなくて、勉強もできなくて、バカにするのに格好の相手だったからだ。

 自分が優位に立つことを気持ちよく感じるのに好都合の相手。何を言ってもすぐに泣くのが自分を苛つかせる。だからそれをぶつけてさらに責め立てる。

 吉岡のように困っていたら助けるなんて考えは自分にはなかった。ただただ、自分よりも下の格の者がいることが嬉しくてたまらない。この相手が誰よりも劣っていると周りが周知すれば、自分がバカにされなくて済むからだ。

 他の子供にもそれは伝染していき、いつしか吉田志保は全員からゴミを投げ入れられるかのように、日常的に人格を否定されるような言葉を投げつけられる扱いしかされなくなった。




 呆然としている飯田を見て、

「答えが出たみたいだねぇ」

とニヤリと口元をゆがめる志保。目は鋭く見据えている。

「や……やだ……やだぁ!! なんで!」

 悲鳴にも似た声で首を振り叫んだ。

「もうあんたさあ、死ぬしかないんだよ。死ぬんだったらあたしと入れ替わらない? あたしはあんたになって、あの女たちからいじめられるの引き受けてあげるから、この体あげるよ。人間だったら欲しいんでしょ? ずっと若くいられて年を取らない、死なない、永遠の命ってやつ……」

「いらない! そんなのいらない!」

 近づいてくる志保から逃げるように後ずさりする。

「どうしてよ、悪い話じゃないじゃない。友達関係は変わっちゃうけどきっと楽しいよ。こんなチャンスないよ?」

 飯田は泣きながら公園の出口へ向かって走り出す。

「待ちな!」

 鋏の片刃を投げつけた。飯田の足元でアスファルトにぶつかり、激しい音を立てて跳ねた。

「キャアッ!」

 思わず避ける。志保に追いつかれ肩をぐっとつかまれた。そして気味の悪い猫なで声で諭した。

「いいの? このままで。クラスの人間にみじめな姿さらして恥ずかしくないの? 悔しくないの? このまま無視され続けていていいって言うならいいけどさぁ、そんなの辛いじゃん。あたしはそれよーーーくわかるよ。ね。だからさ、あんたから直哉に頼んでみてよ。体を入れ替えてって。あたしの話はあいつ聞いてくれないから……」

 泣きじゃくって言葉が出せない飯田をどんどんフェンスに追い詰め、耳元で囁いた。

「あたしになれば……どんな男もあんたの好きにできるのに」

 そういうと手を離し、考えといてねと言い残して去って行った。その場にへたり込む飯田。しばらく立てなかった。



 ようやく立ち上がった時には陽がだいぶ落ちて暗くなりかけていた。寒い。ふらふらと歩く。部活帰りの学生たちの楽しそうな声がし、あわてて隠れる。なぜ隠れる必要があるのか自分でも分からない。ただ今の自分の姿を、みじめな自分を見られたくないだけだ。

 世の中の全ての人間から、しっぺ返しを食らった自業自得な人間だと見下げられているような、そんな気分になった。


 これがいじめられるってこと。自分があの女にした事。

 認めたくない。今の自分は彼女より劣ってるなんて……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る