第95話 10月11日(1) 今度は逃がさない

 ようやく中間試験が終わると、待ってましたとばかりに授業そっちのけで準備が始まる。他のクラスもなんだかんだと準備を進める中、D組はいつぞやの活気はなく、あんなにまとまっていたのがウソのように静まり返った。


 なんだよ結局勢いだけかよ、と飽きる男子。やる気のある安藤らに引っ張られて乗り気になっていたのに、結局放置になったことにがっかりする女子。もうただ食べ物だけ出せばいいんじゃない、という投げやりな方向に傾きつつあった。



 担任の黒崎も悩んでいた。なぜこんな糸の切れた凧のように、試験前と後でみんなの気持ちがてんでんばらばらになってしまったのか。

 委員にまとめるように言っても、ホームルームで話す気もなければ何か進めようという雰囲気もない。それどころか委員だけで何か別のことを始めてしまったし、案を出した安藤も一転して大人しくなってしまった。


 原因はうすうす勘づいている。飯田が孤立していることだ。何がどうなったのか聞き出すことはできなかった。夏休み終わってからどうも彼女は変わった。何かあったのだろうか。面談したほうがいいのだろうか。

 いじめだったらどうしよう、何かあったら、見て見ぬふりしていたとか放置していたなどと自分の監督責任が問われるのでは……。


「飯田、ちょっといいか」

 試験後1人で帰ろうとする飯田を見かけ、黒崎から廊下で声をかけた。暗い表情で半分振り向く。明らかに嫌そうだ。思い切って声をかけたものの、その反応だけでまた気が重くなった。

「文化祭の件でちょっと話したいんだけど……」

 話しかけてくる黒崎の少し後ろに、志保がじっとこちらを見て立っているのが見えた。飯田は黒崎の言葉など耳に入らず、怯えたような表情になり、話の途中でぱっと向き直ると立ち去っていった。

「おい、ちょっと、待ちなさい、おい待てって」

 黒崎が追いかける。腕に触れた途端振り払われて走りだされた。

 ここまで拒否されたらもう無理だ。セクハラだなんて言われたらただで済まない。

 今はきっとそういう心境ではないのだろう。また日を改めて……それか大治や吉永に聞いてみよう。

 はぁとため息をつき職員室へ向かうしかなかった。



 志保はすかさずその後を追った。廊下を行き来する他の生徒の姿に紛れ、彼女を追う。

 校門を出て、何度も後ろを振り返りながら歩く飯田。人目のつかない細い道へ自然と足が向いてしまう。

 肩から掛けたスクールバッグの持ち手をぎゅっとつかむと、速足で車一台通れるだけの道を黙々と歩く。

 後ろからでは気づかれてしまうな、と志保は先回りすることにした。この道の出口はもう少し先に進んだ大通りに面している。一端いつもの道に出て走っていき、飯田の歩いている道の反対から歩いて行く。



 予測の通り、彼女は歩いてきた。うつむき加減で、目先はつま先の少し下。

「ねえちょっといい?」

 突然現れた志保に、体をびくっと硬直させ立ち止まる。顔をあげると志保が近づいてきた。足がすくんで動けない。

「採って食おうってんじゃないよ、そんなビビらないでいいじゃん……」

 優しい言い方だが、まるでナイフを突きつけられているような感覚だ。口をぎゅっと結ぶ飯田。足が自然に半歩後ろに下がった。

「ここじゃ人目につくから」

 つかつかと近寄られ、腕をつかまれ引っ張られる。最初抵抗していたが「早く」とせかされてぎこちなく歩き出す。

 



 連れていかれた先は小さな公園だった。公園と言ってもブランコが2台と、動物の顔をした椅子と小さい花壇が、緑色のフェンスに囲まれた狭いところだった。

 飯田は立ったままだったが、志保は椅子のほこりを手で払う。腰を落ち着けると単刀直入に聞いた。

「あんた、あたしのこと誰かに何か喋った?」

 必死で首を振る。

「じゃあなんで、あんなにくっついてたあの女たちと一緒に居ないの?」

「あんたには関係ない」

「ああそ。じゃあ安藤って女の子、あの子もいきなり皆によそよそしくなったよね。それにあんなに楽しそうに……文化祭ってやつ? 積極的にやってたのに突然黙り込んじゃってさ。何かあの子にしたでしょ」

 黙り込む飯田。

「言えないをことしたわけかー」

 察してため息をつく。

「ほんとあんた、最低の人間だねぇ。どうしてそう人が苦しむことが平気でできるの?」

「ちが……」

「えぇ? 何聞こえない」

 飯田は目に涙をため首を横に振った。

「じゃあなんで答えないの」

「私は、やめようって言ったんだ……」

 消えそうな声で言うので、聞き取るのに集中した。車の通りも人の通りもないおかげでなんとか聞き取ることはできた。

「悠と……紗耶香が……安藤のことムカつくからシめようって言ったんだけど、私はやだったからやめようって言った……」

「何よ偉いじゃん」

 拍子抜けして思わず志保が漏らす。

「だけど、私も安藤にムカついてたのに今頃裏切るのかって……」

 しばらく黙った。志保はせかすことなく言葉を待つ。

「マジで嫌いだったけど、手を出すのはさすがにまずいと思ったから止めたんだけど、それから紗耶香たち私のこと無視してきた……」

「無視?」

 頷く飯田。

「へぇー」

 ふっと鼻で笑う志保。

「簡単に言えば嫌がらせ、いじめられたってわけか」

 ますます俯く飯田。泣きだすか?

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