第97話 10月12日 飯田のSOS

 文化祭目前なのに、なぜかやることがない。

「おい結局どうなるんだよウチの企画」

「もういいんじゃね? 手伝わなくても。やる気ある奴いねーじゃん」

 それぞれ自分の委員会や部活の企画、各教科の展示の係などに回ってしまった。

 大治や吉永が嬉々として浅野や近しいタイプのグループの女子達とはしゃぎながら何か企画して勝手にやっている。



「うちのクラスどうなるんだ? ほんと始めないともう時間ないよ」

 吉岡が臨時の家庭科部の時間、文化祭に出すためのカップケーキの試作を作りながらマスクの下でもごもごとしゃべる。

「安藤さんもやる気なくなっちゃったのかな、それとも、飯田さんがハブにされて委員が分裂してるとか?」

 話はもう他のクラスまで広がっており、B組の女子が推測を返す。

 志保は原因が分かっていたので黙っていた。飯田から直哉に行動を起こしてくれれば! それだけを願っていた。

「あーあ、志保ちゃんのメイド姿みたかったのにな」

「えっ、ちょっとやめてよ」

 突然名前が出てきて驚いてしまった。以前スマートフォンの画面で見せられた、フリフリのそそられるような衣装を着るのは正直気が乗らない。

「あー私も見たかった」

 他のクラスの子まで言い出すので恥ずかしくなってきた。



 

 今日は陸上部も休部で、原田も田中も「かえろーぜ」と本来の実行委員が進める企画の手伝いなどするそぶりはなかった。何か知らないが勝手にやってるし、俺達の出るところはない、そう判断したようだ。

 C組の真一は屋台「わなげや」の準備、優二は吹奏楽部のため、これから本番当日までみっちり練習だ。帰りも遅くなるだろう。

 直哉も原田たちについて玄関へさしかかった時。突然飯田が直哉に声をかけてきた。びっくりしたのは原田たちだ。小声でひそひそと話す2人。その挙句「ごめん先に帰って」と直哉が言うなんて!

「うっそまじで!? 」

 お邪魔してはいけない、とそそくさとその場を去る2人。だが覗き見願望は押さえられない。帰ったふりをして後をつけた。



 2人はほとんど人の通らない細い一本道を、寄りそうでもなく離れるでもない微妙な距離で歩く。

 大分離れたところから後をつけて行くので全く何を言ってるのかわからないが、あまり楽しそうな雰囲気はない。目も合わせない。

「おい、ホントに喋ってんのかこれ。告白タイムじゃないの?」

「緊張しているのかもしれんな」


 盛り上がらない2人にこちらの2人も飽きてきた頃。

「だめだ! 何言ってんだよ!」

 直哉が突然大声を上げ彼女の方を向いた。ばれてはいけないと原田達はあわてて曲がり角へ転がり込んだ。

「あいつに何言われた! 何て脅された!」

「ちがう! 違うよ! 本当に私がそう思ってるの!」

 なんだ、何だ、と塀の脇から顔を出す。直哉が肩を掴んで飯田に叫んでいる。

「そう言えって言われたんだろ、もしかして大治さん達と喋らないのも、あいつがなんか余計な事したからなんじゃないの?」

 首を何度も横に振る。

「それに何で飯田さんがあいつの体のこと知ってんだよ、変な入れ知恵したに決まってる。あいつの言うことなんか聞いちゃだめだって前に言っただろ! もし次何かあっても、俺飯田さんの事守れないかもしれないよ! あんな悪魔の言うことなんか聞いたらだめだ!」


 物陰からのぞきながら原田はドキリとした。まずい、これはあいつの正体にかかわる話かもしれない。田中は変な顔をしているし、どうしようここから逃げた方がいい……田中が知ったら大変だ……どうしよう……

「お、あう」

 原田が引っ込んだ。

「どうしたの」

「どうしよう腹痛い……ウンコしたい」

「はぁー?? 何言ってんだよお前この面白い時に」

「駄目だ漏れる、コンビニのトイレ借りよう……これ持ってくれ」

 原田はわざと腹を抱え、くの字に体をまげ、おかしな早足でよれよれとわき道を進む。田中は名残惜しそうに2つの鞄を抱えついていくしかなかった。

 



「いくら飯田さんの言うことでも俺は聞けない。これは俺の為でもあるんだよ。この力は絶対に封じておくように言われてる。使ったら俺もどうなるかわからない。殺されるだけじゃすまないんだ……」

 しかし飯田は直哉の服をつかみ泣きながらすがりつく。もうこんな生活嫌だと。自分がされて初めて苦しさが分かった。逃げるには体を入れ替えてもらうしかない、と。

「飯田さん」

 力を込めて直哉の腕まで掴んでいたのに気づき、手を緩める。

「その逃げ方は間違ってるよ。自分の人生を他人に預けるなんてできないし、自分の魂は自分で守るもんだ。あいつの目的は、ただ単に体が目当てで、飯田さんの事を心配して言ってるんじゃない。口先だけで騙されてるんだよ」

「わかってる、それでもいい、もういやだ、助けてよ……」

 直哉は困ってしまった。こんなとき真一がいたら、何かうまいこと優しくいってやれるんだろう。信頼していた人――彼女の場合は友達――から裏切られることは、自分だって身にしみて辛さはわかるつもりだ。だけど耐えるしかない。

 自分はそれまで傍で面倒を見てくれた存在が突然変わったことで、世界も考えも変わった。なら……

「大治さん達にこだわらなくても……」

「そんな簡単に言わないでよ!」

「簡単に言ってるわけじゃないよ。関わる人で世界が変わる。俺なんかそれの繰り返しだもの。昨日までいいってことが今日から罪になって罰うけたり、自分は死んだ方がいいって思ってたのがここに来たら生きてるの楽しいって思ったり……」

 飯田は泣きながらただ聞くだけだった。内心はそうは言ったってどうしていいかわからない、無責任なことを言わないでと返してやりたかった。



 直哉は飯田の肩に手をおいたまま一歩近づいた。飯田はドキリとした。

「率直に聞くけど……ずっと前は志保の事、飯田さんが中心でいじめてたんだろ?」

 耳元で小さな声で聴く。恥ずかしい過去だが認めざるを得ない。

「悪魔が吉田志保になったのか、その逆なのか解らないけど、飯田さんの体を欲しがるってことは復讐のつもりかもしれない」

 飯田の体がこわばる。

「だから特に飯田さんにこだわって、もう人生嫌だ終わらせたいって思うように仕向けてるんだよ。そうに違いない。それにまんまと嵌められてるだけだ。そんなのに引っかかっちゃだめだよ。俺があいつとケリつけるから」

 飯田の脳裏に、腕を切り落とされた志保の映像が蘇って震えが来た。まさか本当に、殺すつもりで戦う気なのでは……

 今更ながら、改めて自分がしてきた彼女への仕打ちがこんな形で返ってくると思わず、恐怖と後悔が襲う。いくら後悔しても、いくら謝ってももう許してはもらえないだろう。だけど直哉が終わらせると言ってくれただけで、根拠はないが本当に大丈夫なのではないかと思えた。彼に頼ろう、そう思った。

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