第30話 6月15日 ニガテ科目

  ついにプールの授業が始まった。案の定、直哉の体を見て周囲が騒ぎだした。


「何その体! すっげえ! どうやったらそうなるの? ライ●ップ?」

「傷すげえな、お前傭兵だったんじゃねーの?!」

 触ってくる生徒も多数。その度、くすぐったいよと身をよじる。あまり気味悪がられずに済んでよかった、と内心ほっとした。


 一方真一のほうは、なんとなく触れてはいけない雰囲気があったのか、みんな傷すごいね、というだけで遠目から見て口にしないようにしていた。気遣っているのが手に取るように分かった。

 目線は腰の変色した皮膚が縮れたようになった跡や、足首のつれた皮膚、肩の番号に向けられている。

 この話はすぐ広まって勝手な憶測も飛び始めた。奴隷だったんじゃないか、工作員だったんじゃないか、悪の組織に誘拐されていたとか酷い虐待をうけていたとか、言いたい放題だ。

 

 気味悪がられているのは2人とも感じた。でも気にしなかった。2人からすればどれもあっているから。



 泳ぎ方については、2人とも初めて教わった。最初は手足を伸ばし壁を蹴るだけ。次にバタ足しながらビート板を使い、息継ぎをする。

 少しだけ自己流で泳いだ経験がある直哉。やや「カナヅチ」で放っておくと沈む。ビート板が危なくて外せない。

 一方、端から見ると溺れているように見える真一。教師も生徒も危なっかしくて目が離せない。

 クラスの子が大丈夫? と水から上がった真一に声をかける。苦しくて返事するのもやっとだ。プールサイドにへたり込みはぁはぁと肩で息をする。これには教員の嶋田も大丈夫か無理するなよと声をかけてくれた。



 さすがに疲れ、その後の授業でも必死で眠気と闘う。しかし意に反して目がとろんとしてきて、菊本に「これっ」と額をつつかれた。

「あと20分。ほら我慢我慢」

 そういいながらも菊本は、睡魔にとりつかれカクッと舟をこぐ姿や、文字ではない何かを描き出した2人を少々ほほえましく思ってしまった。




「ああ~、僕プール苦手だ……」

 風の子園でまとまって帰宅する道中、皆に真一が心の内を漏らす。

「誰でも最初から無理だよ。今まで泳いだことないんでしょ」

 美穂が慰める。

「大丈夫だって、ちょっとずつ練習すれば」

 優二も慰めてくれる。真一は浮かない顔でうーんと唸るだけだ。

 




 通り道の途中。以前直哉たちが捕まった公園から荒っぽい人の声がする。何事かとそちらに目をやると、真一と同じC組の小島永輝こじまえいきが、同C組の大野と浜口、石田に囲まれて何やら言われている。小島はバッグを抱えて小さくなっていた。気になって真一が小島を呼んだ。


 相手がパッとこちらを見たが、今回は難癖つけて来ることもなく、小島の胸のあたりをトンと突いて何か言うと去っていった。

 優二も美穂も内心ほっとした。また絡まれてケガしたのでは面倒見切れない。

 真一が近づき尋ねた。

「小島君、あいつらに何されてたの?」

「いや、別に、何も、話してただけだけど……」

「ただ話してたふうに見えないけどな」

 優二も気にして聞いた。

「ほんと、ただ話してただけ。大丈夫だよ、何でもないから。じゃあね」

 小島は自分から話を打ち切ると、こそこそと足早に去っていった。

「絶対なんか言われてるよねー」

 美穂の言葉に皆頷いた。

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