第29話 6月11日 戻った日常

 直哉を狙う彼らは学校にいなかった。また「停学」という学校に来てはいけない処分を食らったらしい。他の生徒はまた、ざまあみろ一生来るなと言いながら襲撃された4人を心配してくれた。

 担任の黒崎も心配して直哉に声をかけてきてくれたが、また彼のせいではないのに謝ってきた。

「先生が俺に何かしたんじゃないんだから、謝らなくても……」

「あ……いや、でも学校としてその……予想がついていたのに対応が遅れて、お前が怪我することになったんだし……」

 直哉は優しく笑った。

「俺のことは、気にしないでください。先生は偉い人なんだから、そんなに謝っちゃだめです」

「偉い? 俺なんか、全然偉くないよ……」

「でも大人じゃないですか」

 黒崎は首を振りながら答えた。

「お前のほうがよっぽどしっかりしてるよ。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね」

「はい、ありがとうございます」

 軽くお辞儀をして去っていく姿を見て、少し嬉しくなった。他の元気のいい生徒のように慣れ慣れしく接してくることもなければ、嫌われているのでもなく落ち着いて接してくれる。

 悲しいかな、自分を目上の大人と見てくれる生徒が少ない中、彼のような存在は珍しかった。



 クラスに居ると安藤やその周りの女子が、頭痛く無い、大丈夫? と声をかけてくれた。原田も心配した。走って平気なのかと聞いた。

「うーん、ちょっと走ると頭に響くかな。まだ少し膨れてる気がする」

 陸上部員はそれを聞き肩を落とした。もうすぐ小さいながらも行われる大会のエントリーは絶望的だ。せっかくの俊足を他校に見せびらかせたかったのに。


「あ、俺先生に言われてたんだ」

 木村が突然思い出して直哉に伝えた。

「お前と杉村、水泳の授業の一式持ってないだろ、体育教師室にとりに来なさいって」

「何それ?」

「海パンとキャップだよ、もう体育祭終わったらすぐプール始まるからな。一緒に行ってやるから昼休み行こう」

 原田が気をきかせて提案してくれた。海パンて何? と聞くと水泳用のパンツのことだと教えてくれた。てことは上半身が見られてしまう。直哉は気が重くなった。傷だらけなだけの自分はまだいいが、真一は……


 特別クラスで授業が始まる前、真一にその事を告げると案の定しぶい顔をした。しかし授業なのだからしょうがない。学校にも園長が事前に話してくれていることだ。

 



 昼休み。原田に連れられ体育教師室に行く。

「失礼します、嶋田先生いますか?」

 開けたドアの向こうはジャージ姿の先生が数人、弁当を食べていた。その中で立ち上がったのが、2年生男子の体育を受け持つ嶋田だ。

「すみませんこいつらの水着を受け取りに来ました」

「おうひょっとまへな」

 食べ物で頬を膨らませたまま嶋田は立ち上がり、部屋の奥にあった棚からビニールの小さな袋を出してきた。


「はいこれ、二人の分」

「ありがとうございます。じゃあ失礼します」

「あ、あの……」

 出ていこうとした原田を遮るように真一が嶋田に声をかけた。

「あの、先生」

「ん、なんだ」

 気まずそうに小声になる。

「あ、あの……僕たち体に傷がいっぱいあるんです。全部治ってます、うつったりはしません。だけどみんなに見られて気味悪がられないか不安です」

 周りの教師もパッとこちらを見るのがわかった。

「それと……」

 真一が左腕の半そでをめくる。

「これは、僕だけですけど……消えないんです。生まれてすぐつけられて」

 肩の数字だ。原田もこれを見たのは初めてだ。嶋田は話には聞いていたが、正直ここまでとは思っていなかった。半袖を着ている以上傷は目にはしていたが、その隠れた部分にどれだけの跡が隠れているのか、やや気が重くなった。

 生徒たちが見て黙っているだろうか。しかし教師としてここで不安を与えてはいけない。

「もう治ってるんだったら、何も問題ないよ。しみたりしないで普通に動かせるなら、水泳の授業は受けて構わない。俺も話は聞いてるから、もしそれで何か……『あの生徒たち』が何か言ってくるようならすぐ言いなさい。俺がいなかったら先生たちなら誰でもいいから。みんな事情知ってるから」

 真一はほっとした顔で、ありがとうございますと礼を言った。直哉も頭を下げた。

「余計なこと聞いてくるようなら、はっきり言いたくないからって断っていいんだからな。それで困ることがあっても相談しなさい」


 原田は気にしないふりをしていたが、内心ものすごく事情を聴きたいと思った。だがあの時、直哉に言われた誰にも言わないでという言葉と顔が頭をよぎる。そんなときは「知られたくないことは誰にもある、自分だって根掘り葉掘り聞かれたら嫌だ、だから聞かない、興味はない」と暗示をかけていた。

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