第25話 6月9日 体育祭(2)

 午後の部が幕を開ける。

 体育の時間に練習したダンスを各学年全員が踊る。授業で必須項目になっているだけあり、半端な動きではない。ラジオ体操より機敏で動きも大きい。

 だいたい2年生はぐだぐだと揃わないままダンスは終わる。1年生はまだ小学校からの運動会がしみついているのか、揃う揃わないはさて置きまじめに動く。3年生は上級学年だし、最後だからと気合いが入り一律に揃って綺麗に決まる。

 この後の「むかで競争」の後、誰もが注目する100メートル決勝が始まる。




 100メートル決勝の裏で、3年生を始め不良グループが話しこんでいた。彼らはだいたい騎馬戦だけ出る。めちゃくちゃに暴れておしまい。それだけだ。とにかく気に入らない奴に騎馬戦と言う「大義名分」で襲いかかるだけ。


 決勝の勝敗が決まったようだ。一際大きい声援と歓声は多分あいつだろう。見なくたってどうせ速いから分かる。あいつの走りなんか正直どうでもいい。むしろ頭に来る。いかにして潰すか。それだけが彼らの目的だ。


 女子の棒取りと同じく学年無関係のクラス対抗戦だ。初戦はA対B、次にC対D。

 C組にいる大野、浜口、高畑、早野がチームを組む。D組は恐らく原田、田中、木村、藤沢で組むはずだ。そうなると一番軽い木村か力重視で原田を上にする。藤沢はまだ勝手がわからないだろうから、右か左の下の役目をする。そうなれば周りの騎馬にまぎれて蹴りを入れようが踏みつけようが問題ない。

 そしてその後どちらが勝っても、D組はA対Bのどちらかに当たる。Aだと桑原がいて、何かあったらしゃしゃり出てきそうでやりづらいが、Bなら安西をはじめその周辺が揃っている。



 そういう打ち合わせだけは入念に行う。なんせ目障りな奴を堂々と消せるチャンスなのだから……

 

「ああ、なんか嫌な予感がするわー」

 美穂がぽつりとつぶやく。友達の渡辺カスミがどうしたと肩を叩く。

「直哉だよ。Cのやつ、絶対変なこと考えてるんじゃないかな」

「あー、そうね……3年生も厄介なのいるしね。午前は居なかったのに、午後はちゃっかり来てるし。なんかあっても私らがちゃんと見てて通報しちゃえばいいじゃん」

「うんまあそうなんだけどさ……」

 美穂は心配で仕方がなかった。目の前で早々に優二の騎馬が脱落しても、隣でカスミが大声でチームを応援しても、何とも思わない程心配が募っていた。


 一方直哉も真一も、騎馬なんて体育の授業で一度だけ組んでトコトコ歩いただけで、実際何をすればいいのかよく理解していない。直哉は左、木村は右、田中が前、原田が上の配置でいくことになった。

「帽子を取られたり、崩されたらお終い。とにかく逃げるが勝ち。相手が相手だしろくなことないわ」

 原田がもうやる気満々でガン飛ばししているCの連中を見てそんな作戦を立てた。

「いざとなったら先生たちの前に行こう」

 教員たちも警戒しているのはなんとなく感じられた。本当なら直哉を出さない方がいいのではという意見も、裏では出ていたのだ。だが特別扱いをするわけにいかない。それに幸か不幸か、直哉に対する暴行が収まってきている時期でもあった。そのため参加しても問題はないと判断されたのだ。

 



 パン!というスターターの音が響く。一斉に掛け声をあげて両陣から騎馬が飛び出す。

「いいから走りまくれ、こっちきてるぞ!」

 簡単に倒せそうな1年生など目もくれず走ってくる一騎。明らかにこちら狙いだ。3人は組んだまま必死で走る。遊んでる訳でない。戦う意思がない訳でない。

 後ろから追ってきたと思ったら前から3年生の騎馬がやってきた。狙いも明らか。


 横へ逃げる。しかし犇めく生徒で身動きが遅くなり遂に捕まった。団子になっている騎馬たちの影へ引きずり込まれた。まずい!

「ぐぇっ!」

 前に居た田中が変な声を出した。そして前かがみになり騎馬が崩れた。腹をやられたのか……?

 続いて原田が引きずり降ろさた。直哉の左肩へめがけ足が踏み下ろされた。すぐ手を出すことができずその攻撃をまともに受けた。

 そしてまたそれを隠すように回り込む不良グループ。集中的に直哉が蹴られ、踏まれる。何とかこいつらを逃がさないと! 立ちあがった瞬間、今度は側頭部に蹴りが入り、そのまま倒れた。




 パンパン!とピストルが鳴り、30秒ほどで試合が終了した。周囲はざわついた。

「せんぱああああい!」

 高野がなぜか枠外から走ってきた。それに気付き、真一もちょっとごめんと騎馬を崩して直哉の元へ駆け寄る。本郷も慌ててかけてきた。

「先輩! 先輩! ちょっと誰かぁ!」

 うずくまり転がる4人に声をかける。田中は腹を押さえて汗をかき、木村は目の脇を少し切っていた。原田は落下した際に手首を捻ったか押さえて痛がっている。直哉は目を開けない。

 真一は直哉の側頭部についた足の指の跡を見た。蹴られたんだ。その衝撃か、倒れた際に頭を打って脳震盪のうしんとうを起こしたのだろう。

 無理に揺すらないよう高野を制止し、彼は教員に任せて他の3人を外へ出すのに手を貸した。




 試合は勝敗がついたのではなく一時中断。実は安西から守るよう、桑原が高野に見張りを頼んでいたのだ。高野は1年生だから中心から逃げていてもおかしくないし、上級生に向かっていくのも難しいだろうから、との考えだ。彼の友人たちも理解してくれて見張りを引きうけ、すでに田中が蹴られた際に真っ先に審判席へ向かって走っていたのだ。

 もちろんその後の彼らは出場停止。続きの時間いっぱいの勝負の結果は、数の優位でD組が勝利した。次にDと当たる可能性のあるクラスにいた者は残念がったが、彼が倒れたことにざまあみろそのまま死ねと手を叩いて野次を飛ばす。先生たちにつままれて、校舎の方へ無理やり引き下がることとなった。


 美穂やみどりが心配して救護室へ向かう。真一はまだ競技が続いているので一度戻ったが、ずっとテントの方を気にしていた。保護者もどよめいていた。

 



 テントの下で直哉は目を覚ました。

「あれ、俺何してんの?」

「よかった! 大丈夫? 頭痛くない??」

 原田や木村や田中まで、一緒に居るのを見て不思議がる。

「……なんでみんなここにいるの? 怪我してるし……」

「え、覚えてないの?」

 美穂もみどりも怪訝な顔をした。

「何を?」

 心配する2人に向かい救護の教員が言った。

「頭打って一時的に記憶がなくなってるんだと思うよ」

 そして直哉には

「絶対に動かずにここでじっとしてなさい。すぐ病院に行くからね」

と言い聞かせた。

 ただならぬ事態だと美穂とみどりは顔を見合わせ、おろおろするしかなかった。

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