第24話 6月9日 体育祭(1)

 ついに体育祭本番の日を迎えた。体育の授業で踊りを練習したり、前日さらっとリハーサルを行っただけで、勝手が何も分からない。

 授業をせずに1日体育の日だと思えばいい、と優二が2人に言った。2人はとにかく走って一番になることを考えてればいいんだよ、と。


 風の子園の中学2年生は皆クラスがばらばらなので、縦割りクラス対抗だと全員敵になる。縦で見ると孝太郎がB組で美穂と同チーム、1年のみどりがA組なので優二とは同チームだ。

 午前は全員体操にエール交換、その後競技が始まる。障害物競争、男子800メートル走と女子400メートル走、女子棒取り、教員メインの借り物競走、100メートル走予選。男女混合の学年別対抗綱引き、昼休憩をはさみ、全員ダンス、むかで競争、100メートル走の決勝、男子騎馬戦とつづく。


 障害物競走には孝太郎とみどりがでる。平均台やハードル飛びはまだしも、袋をはいて飛ぶ、バットを額に付けて3回まわる(当然よろよろの姿に爆笑が起きる)、網をくぐる、粉の中から飴を探す、という見たことのない行動に、直哉も真一も驚いた。

 最後口も鼻もまっ白にしてゴールへ向かう姿にだれしも笑って応援した。真一は次の800メートル走にでるため、孝太郎の奮闘する姿が見られなかったのを残念がっていた。



「おい杉村が走るぞ」

 そう言われて直哉は身を乗り出した。1学年ごとに1クラスから4人が走る。一度のレースで16人が走るのだ。1年生の競技は陸上部の高野がいるCが1位を獲得した。

「Cの陸上は杉村か……。でもこっちは原田がいるからな。勝ちはDがいただくぜ」

 木村が直哉にガッツポーズをして見せた。しかしふたを開ければC組のサッカー部がなかなか強く、1位を取られてしまった。続いて原田が2位、3位はA組のソフト部の生徒、4位が野球部の生徒、5位に真一と続いた。

 木村は原田が戻るなり「陸上部のプライドはないのか」と偉そうに言った。

「ふざけんなよあいつ速ぇんだもん、お前走れよ」

「いや俺は運動が無理だから」

 仲良しだからこその掛け合いに直哉は羨ましく思い笑った。



 女子棒取りはその通り棒を取る。地面に並べられた13本の棒を、1本でも自分の陣地に多く引いた方が勝ち。これは縦割りクラス対抗で、A対Bの勝者、C対Dの勝者が決勝に進む。敗者も3位4位を決める為もう一戦する。女の戦いが見られるとか、ポロリがあるとか、思春期の男の子が違う意味で注目をする。

 これは女子全員参加なので、女の子が全員で気合いを入れる様を逞しいなと見ていた。思ったより激しく、怪我しないかとハラハラしてしまった。



 教員がメインの借り物競走は、普段スーツやらポロシャツ姿の先生たちが、Tシャツにジャージ姿でこれまた無茶を交えた借り物に右往左往する様がおかしく、気の毒だが生徒の笑いの種になる。

 直哉と真一には借りものが理解できないものもあったが、やっとこさ走る太った先生や、やたら保護者に人気で沢山の物を差し出されて迷う若い先生など、普段見せない姿を見て楽しんだ。



 そして一番の盛り上がりを見せるのが100メートル走。1クラス4名出場のため、やむなくじゃんけんで負けてこの競技に回された美穂はヤダヤダとずっと曇った顔をしていた。足が遅いから絶対ビリだと。

 速くて決勝に残れる子にとっては花形になれる競技。一方最下位だとチームの点数稼ぎにもならない。だから気が重いのだ。

 真一も直哉も、美穂が走る時は応援した。3レーンを走っていた女の子がスタート直後に転んでしまい、運よく美穂は下から2番目でゴールすることになった。転んでしまった子には申し訳ないが、走り終えて安堵の顔を浮かべる彼女にホッとした。美穂は自分の役目を終えたので晴れ晴れとして他のレースの応援に回っていた。

 伊藤や矢部も出た。さすが陸上部。かるがると決勝進出だ。

 

 そして男子。2年生の第1レースは一層どよめいた。ダークホースの直哉の登場だ。

 次のレースに出る木村は「まかせた」と肩をぽんと叩いて直哉の後ろに下がる。美術部に属す彼もまた、じゃんけんで負けての出走。美穂と同じくビリ確定で気が重い方なのだ。大丈夫、と直哉は笑顔で答える。


 スターターが合図をする。田中や原田に教わったおかげで、直哉も皆と同じように構える。

「よーい!」

 破裂音直後、直哉が少しだけ早く飛び出す。その直後からおおおっというどよめきが、生徒からも保護者からも上がった。直哉が群を抜いて早かったからだ。女子たちが沸き立ったのは言うまでもない。


 赤い地に白抜きで「1」と書かれた旗の下に、係の生徒に案内される。周囲がすごいすごいと直哉を取り囲んだ。慣れない直哉は困った顔でまたあーうーと言うしかなかった。

 



 午前最終種目の綱引きがおわると、昼休憩に教室に戻る。直哉が一歩室内に入ると、一斉にわーっと駆け寄られた。原田や田中がニコニコしながらお前はD組の星だと手を握る。凄いね速いね、かっこよかった、惚れた! と口々に話しかける生徒。

 みんなも原田に負けずニコニコしている。自分が走るだけでこんなに喜んでくれる人がいる。

 だが今までの経験から、自分の能力が実は誤ったことに向けられるのではないかという警戒心は根強く残っており、疑いなく心から笑うことができなかった。ここの生徒たちはそんな気持ちでないと分かっているのに。素直に答える事ができない自分に嫌気がさした。

 安藤という女子が「超かっこよかった」を繰り返す。ありがとうと素直に返す。彼女はその場を離れない。他の生徒に交じり話に入ってくる。ロングヘアでモデルのようにすらっとした笑顔のかわいい子だ。



 教室の隅で以前直哉に手を出したグループの一人、浅田が気怠そうに机の上の鞄を枕がわりにしてつっぷし、その様子を見ていた。

「あのやろーちょーしのりやがって……」

 棒読みで声に出す。彼の友達、小林は「だりぃ」という理由でまだ来ていない。小林は実は安藤が気になっている。結構活発な女の子でクラスの中心にいるし、彼らの基準で「イケてる子」だ。ファッション雑誌を読み、男性アイドルに興味を持ち、友達も多くフランクだ。男子とよく話もするので彼女を好きだという男子が多い。そんな憧れの子が、アイツに興味を持ってる……。自分はどうでもいいが小林が知ったらどうするだろうな。

 浅田はカバンからスマホを取りだし直哉の周辺にいる生徒の写真を取ると、それを小林をはじめ仲間内に送った。

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