第22話 5月8日 部活

 案の定、学校では変な噂が立っていた。女子も男子も「藤沢君て魔法使いなの!?」と聞いてくる。

 そんなわけあるか、と原田や真一が否定する。優二も田中も原田に「おまえも変なこと聞かれたら『アホか』って言っとけよ」とかなり強く釘を刺されたので、同じような答えをした。本人は全く分からず不本意そうだったが。

「でもなんか藤沢ってミステリアスだからなー、おれ魔法使いだとか言われても信じちゃうかも」

 木村が事情も知らずに軽々言うので原田がついむきになって否定してしまった。

「そんな怒んなくていいじゃ~ん」と田中に言われ、はっと我にかえった。そうだ、こいつはあれを目にしてないんだったっけ。

「とにかく、あいつここにきたばっかで友達だって少ないし不安なんだから、変な話信じるなよ、かわいそうだろ」

 2人はわかってますよと笑って返した。


 孝太郎も3年のクラスで何やら言われたが、端から相手にしなかった。漫画やゲームの世界でしかなさそうな噂はどうせ長くは続かない。不良たちが直哉をシめられなかった腹いせに適当なことを言ってるんだろう。ばかばかしい。相手にするだけ時間の無駄だ。



 直哉はホームルームの後、担任の黒崎に呼ばれ職員室へ行った。そしてなぜか彼から謝罪された。目が行き届いてなくてすまない、と。

「どうして先生が謝るんですか? 俺は先生に殴られたんじゃない」

 直哉は淡々と言葉を返した。

「ああ……いやその、教育者としてだな、他の生徒の管理と言うか、ケアと言うか、ちゃんとできてなくて、転校早々こんな嫌な思いさせちゃって本当ごめんな」

 直哉は首を横に振る。

「慣れてますから」

 黒崎は不意を突かれた。慣れてるだって? どういうことだ。でも過去に何があろうとあまりプライベートに突っ込んではいけないな。

「困ったことがあったりまた絡んでくるようなら、先生たちに言えよ。この前交番の方にもお願いしておいたから、すぐに駆け込んで助けを呼べよ。おまえこれ以上やられたら本当に死んじゃうよ」

 そして少し小声で

「こんなこと大声で言えないけど、少しはやり返せよ。何もやってこないって分かるとどんどん酷くなるからな」

と言った。彼がそんなことを言ってはいけない立場なのは直哉も分かっている。先生にそんなことを言わせてしまうなんて、やっぱり厄介者なのか。

「とにかく俺、大丈夫です。下手にやり返して殺しちゃったらいけないし」

 さらっと怖いことを言う奴だな、と黒崎は少々不気味に感じた。



 職員室から出ると、体育着に着替えた原田がいた。

「おーい、見学こいよ。杉村も今田中が呼びに行ってるからさ」

 前に優二が言っていた「強い先輩」がいるとかで、目をつけられないよう入部させようとしている。


 真一と合流し、活動場所である校庭へ行く。やはりみんな直哉の外見が物珍しいらしく、周りにがやがや寄ってきた。

「おおーすげ、ほんと真っ赤だし」

「色白ーい!」

「なんかスポーツやってた?」

 直哉に質問が飛ぶ。戸惑っていると部長である桑原がやってきた。さすが空手をやっているだけあって、体格も大きい。短距離と走り幅跳びが得意種目なのだそうだ。

「孝太郎から話聞いてるよー。安西なんかに目つけられて大変だなぁ……」

 顔や手の傷をみてご愁傷さまと言わんばかりの口調だった。周りもうんうんと頷いていた。

「入部したいんですが、よろしくお願いします」

 真一が先に答えた。直哉もあわてて「治ったらお願いします」と後に続く。


 顧問の教師が紙を持ってきて入部届けに名前を書くように、と渡す。練習したばかりの自分の名前。周囲に助けてもらいながらゆっくりと書きいれる。他の部分は教えてもらいながら書き、見直ししてもらい提出した。

 動ける真一から、部員に交じって筋トレを始めた。見よう見まねで体を動かす。直哉はじっとそれを見つめていた。いざあの中に入った時遅れないように。



 夕方5時、部活終了。全員で片付けをし、5時半までには下校の規則だ。日はまだ長く、談笑しつつ校舎へ戻る。

 桑原や周りの部員がどうだった? と真一に声をかける。正直にちょっときつかったです、と答えると笑いが起きた。続けていれば体も慣れるし、体力もどんどん上がるよと女子部員がガッツポーズをして返す。

 1年生から3年生まで、上下関係はちゃんとあるものの仲の良い部活のようだ。実際中に交じっていない直哉には居心地がまだ良いと言えなかったが、真一はつらいなりにも楽しんでいる様子だった。


 帰りも同じ方向の者はまとまって帰る。いつもより大人数だ。風の子園方面へ帰るのは原田、1年生の新田香、高野聖也、3年生の矢部ゆきな、本郷圭介。まとまっていると心なしか安心だ。桑原は反対方向なので残念ながら学校を出たらすぐに別れてしまう。

 それぞれ何が得意か、どんな競技かを教えてくれた。3年生は夏に大会があり、終わると引退で受験に専念するのだそうだ。なので悔いのないよう全力で挑む! と熱く本郷が語った。

「先輩は去年県大会で5位までいったんだよ。今年はトップいきますよね!」

 高野も熱く問いかけると本郷はおうっ! と威勢よく返事を返した。


 風の子園に入る分かれ道で「お疲れさまでした!」の挨拶をかわし、手を振りそれぞれの道を行く。園の明かりがいつもより明るく見えるのは、こんな夕方に「普通」に帰宅することが少なかったからだろう。




 ――翌日。


「う、お、お、お……体中、い、た、い……」

 真一が変な動きで階段を下りていた。直哉は筋肉痛だな、と悟った。

「大丈夫かよ、降りれる?」

「うん、さすがに……こんなになるとは……」

 優二もやってきて、あまりにもよたよたしている真一を見て笑った。でも、これを繰り返したら相当筋力つくし風邪もひかなくなるぞ、と励ましに肩をポンと叩いた。「あうう」と体に響く痛みにうめき声をあげた。

 

 桑原の威力のおかげなのか、学校側から灸を据えられたのか分からないが、数日経っても絡まれることが無くなった。とても喜ばしいことだった。もともと回復力の速い直哉だが、そのおかげでちょっとの間なら走れるくらいに回復した。


 練習についていくのは大変だったが、皆真剣に打ち込む姿に嫌でも感化される。仲間として打ち解けていくのには時間はかからなかった。直哉も簡単なストレッチや筋トレなど、痛みの出ない範囲で徐々に体を慣らし、「仲間同士」の雰囲気に身を置くことで、対人関係を築くトレーニングも気づかないうちに行っていた。

 

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