第21話 5月7日 彼の武器
結局、直哉が登校できたのはゴールデンウィーク開け。また福島が送ってくれた。あまり無理するなよ、と念を押された。
教室に入るなり、磁石に吸い寄せられる砂鉄のように生徒が寄ってきた。相変わらず松葉杖で歩く姿に男子も女子も心配してくれていた。
田中や原田、木村もお帰りと言ってくれた。
「残念だけど、あいつらもう普通に学校来てるから注意しろよ」
直哉は「うん」とだけ返した。また絡まれるかな、そんな覚悟はしていたが「怖い」という心理は全くなかった。
月曜日は陸上部がない日。また前回と同じ面々5人で帰った。今日は先生が見張っていた為すんなり学校を出る事が出来た。
来週の中間テストの話、怪我の話をしながら帰り、直哉も少しずつ輪に慣れて笑いながら歩いていると、公園に差し掛かった時に突然原田が足を留めた。
「まずい」
油断していた。帰宅路で待ち構えていたようだ。全部で8人も居る。
「大通りいこう」
180度向きを変えた時、「おい逃げんじゃねーぞぉ!」と声がした。田中がちっと舌打ちをする。
「お前ら逃げろ」
直哉が原田たちに背を向け、にやにやと笑いながら歩み寄る生徒の方へ振り向く。
「馬鹿かお前! また同じ目に合うぞ!?」
皆、直哉が心配で動けなかった。まだ松葉杖の体で彼らに向き合うなどと無茶な真似を……。
「お前なに普通に来てんの? ばかなの? そこは登校拒否になるっしょー」
制服を着崩し、くちゃくちゃとガムを噛みながら目の前に立つ。鞄を突然振り回した。直哉は体を屈めかわす。それが気に障ったのか掴みかかってくる。
公園の中に引きずられ、大きなトンネル型遊具の壁に押しつけられた。優二たちはおろおろ見ているだけだ。真一もだ。何か自分にできることはないか……。
「殴りたかったら殴ればいいだろ」
挑発的な直哉の言葉に、相手5人が手を出そうとした時、咄嗟に「やめなよ!」と真一が叫んだ。
「こんなことして何になるの!」
「はぁ?」
「何こいつ。オネエっぽくね? きもーー」
オネエって何? と真一と直哉の頭にはクエスチョンがついたが、原田ら3人の反応からあまりいい意味で発した言葉ではなさそうだと感じた。
「お、お前らほんとに逮捕されるぞ!」
優二が真一の後ろから弱弱しい声で叫んだ。すると相手2人が突然飛び出して、優二を捕まえてしまった。必死で離そうとする原田がまた殴られた。
別の生徒も真一を捕まえ殴り倒した。キャッと短い悲鳴をあげ地面に転がる。優二もヤメテーと悲鳴をあげる。田中も首を腕で絞められ必死でもがく。直哉にも再び暴行が始まった。1人が羽交い絞めにし、2人がかりで殴る蹴る。
優二が蹴り倒された。そして落ちていた松葉杖を拾う生徒。にやにやとわらって優二の元へ歩み寄り立ちはだかる。
直哉はそいつが何をする気か悟った。それだけは避けなければ! 何とかしなきゃ!
機敏に体をひねり相手の腕から抜け出す。相手は困惑した。今まで無抵抗だったのが、とんでもない力で自分を振り解いたのだ。
目の前で邪魔する生徒に蹴りを一発食らわせ、へたり込んだ優二の元へ走る。優二を見下ろす生徒は松葉杖を掴むと頭上に振りかざし、そのまま優二めがけ――――
バキン!
何か大きく壊れる音が響き、優二の左脇へガチャガチャと音を立て落下した。
「キャアアアアア!!!」
頭を抱えうずくまり恐怖に叫ぶ優二。しかし全員黙ったまま動かない。
その落下物は松葉杖の先端半分。金属製なのに鋭利にスパッと切断されている。
「ちょ……何今の」
「おいテメエ何した……」
誰もが今何が起きたのか分からなかった。
それもそのはず。今確かに、絶対に、直哉の手に真っ赤で物凄く大きな鎌が握られていた。突然現れ、一瞬で消えた。手品? 魔法? ものの数秒で素早く振り回されたのでよく見えなかった。田中を締めていた生徒の腕も外れ、田中が咳込みながら地面に崩れた。
松葉杖の持ち手を握ったまま、唖然としている相手を尻目に「おい逃げるぞ!」と直哉が田中と優二を無理やり起こし、よろよろ走って逃げた。松葉杖がなくてもどうにかなった。そんなのには慣れていたから。
相手は追って来なかった。
大通りに逃げると歩道脇にへたり込み、肩で息をする。歩行者が汚れた中学生を見て何事かといぶかしげに通り過ぎる。
「……だいじょぶかぁ……」
原田が見回しながら聞く。本人も無事ではなさそうだが。
「痛いぃぃ」
真一が頬をさすりながら泣きそうな声を出す。優二は「ねえなんで俺助かったの?」と自分の身に起こった事が理解できないようだった。誰も何も言わない。
「ねえなんで松葉杖壊れたの?」
田中も誰か答えてくれるだろうと問いかけた。原田は見ていたが説明などできなかった。自分の見た物が何かすらわからない。2人も黙ったままだし……。
こうしていても仕方ない。また追い付かれたら厄介だ。原田が口を開く。
「行こ。ここまでくれば大丈夫だろ」
「うん」
直哉が立ち上がる。
「お前、松葉杖なしで大丈夫なの?」
原田が不思議そうに聞く。
「うん」
若干ひょこひょことしていたので原田が肩を貸す。それに後が続く。
原田は一人悶々としていた。
――杉村だって今の見ただろ、何で何も言わない? 不思議がらない? 絶対藤沢の手に大きな赤い鎌みたいなのが見えたんだ。それを振ったから松葉杖が壊れて、鎌が消えた。絶対見間違いじゃない。そうじゃなかったら杖が壊れた説明がつかない――
「どうしよう、松葉杖壊しちゃった」直哉が歩きながら心配した。
「壊したら弁償だよ」優二が答える。
「幾らくらい払うのかなぁ……」今度は真一が心配した。
―――もうだめだ、我慢できない。
「藤沢」
原田はとうとう声をかけた。
「さっきの、何?」
直哉は黙ったまま、というよりは考え込んでいるようだ。
「なあ、教えてよ」
小声で続ける。
「お前が大きい鎌みたいの振るの見たんだ」
とうとう直哉が立ち止って原田を見た。いつも固い表情の彼とは一変し、今まで見せたことのない悲しい顔だった。
真一はぐっと手を握った。どう返すつもりか。
「お願いだから……」
小さい声だった。原田が聞き耳を立てる。
「今見たこと、誰にも言わないで」
すがるような目で原田を見つめる。その赤い瞳は心なしか涙をためているように見えた。
「ここに居られなくなる」
切迫したような様子だった。言えない理由があるのだろう。知りたい。だけど知ろうとすることが彼を苦しめるなら、聞いてはいけない。頷くしかなかった。
話しかけづらい雰囲気の二人に、優二もそれ以上質問しようとしなかった。
原田と別れると、真一が肩を貸し、優二が荷物を持ってくれた。
帰ると直子が慌てふためき救急箱を持ってきた。いつもはにぎやかな純たちも、血まみれあざだらけの3人を今日ばかりは遠巻きに見ている。
さすがの直子も頭にきて、学校へ連絡を入れ始めた。3人は部屋へ戻り着替えた。
着替えても部屋から出る気になれず、真一は直哉のスペースを覗いた。
「直哉。いい?」
直哉はベッドに横になっていた。
「うん」
入るなり左の脛が真紫になっているのが目に映った。また大丈夫なんて言って……。
「無理したね」
ゆっくり近づきベッドの端に座る。
「俺、やっぱここに居られないのかな……」
上半身を起こし、暗い声でつぶやく。
「でも直哉がああしなかったら、優二が大けがしてたよ」
それは確かにそうだ。彼を守ったことは正解だったと思う。
「でも人間の前で……使っちゃった。騒ぎになったらどうしよう」
「大丈夫だよ。変な噂は広めさせないから。僕と原田君でごまかすよ」
とはいったものの自信はなかった。あの相手のことだ、あることないことつけ足して吹聴するかもしれない。でも直哉に守ってもらったのだから、今度は自分が守らなければ。それに少しだけ、直哉はここに居たいと思い始めている。
真一はそっと近寄り尋ねた。
「足、痛い?」
「まあちょっと」
「痩せ我慢しちゃって」
本当に直哉は自分を許さないのだな、真一はその紫の部位を眺めて少しだけ悲しくなった。
「痛み取ってあげる」
「え」
真一が熱を持って腫れた足を左手で軽くなでる。
「……っ」
触られるだけで顔がゆがむほど痛いらしい。どんだけ我慢する気なんだろう。真一はそっと体をかがめ、紫色の中心にキスをした。
「おい!」
突然の行為に直哉が慌てた。しかしその瞬間、痛みも違和感もすっと消えた。
「痛いの消えた?」
真一が優しい表情で尋ねる。直哉は驚いた表情のまま頷いた。
「ねえ、もうちょっと自分のこと大事にしていいと思うよ。みんな直哉のこと心配してる」
直哉は目を伏せた。
「俺にそんな価値ないよ……」
真一はため息をついた。そして話題をかえた。
「あれが死神の大鎌なんだ」
「うん……」
「綺麗」
「えっ?」
驚いた顔のままの直哉にまた言葉をかける。
「さ、病院いこ」
直哉の手を引いた。
「い、いいよ、痛くないし……」
「だーめ、僕は治せないんだから。ちゃんと見てもらわなきゃ」
渋る直哉を無理やり連れ出し、直子の元へ向かった。そこで杖を壊してしまったこと、直哉の足がまた悪化してると伝え、福島に病院へ連れて行ってもらうことにした。
松葉杖は買い取りになってしまい、思わぬ出費に直子はさらにため息をついた。これも相手に払ってもらいたい、と嘆きながら帳簿をつけた。
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