第19話 5月1日(2) 事情ー直哉の場合ー
「天界の一部が死神の能力欲しさに裏でつながってたんだよ。その死神は高官どもが裏から引き入れた奴だったんだ。その力を俺が受け継いじゃったから、父親は俺と母親を始末したかったんだろうな。2人まとめて役人が捕まえに来た時、俺は父親を刺しちゃった。なんで自分が捕まるのかわからなかったからさぁ」
直哉が目を伏せた。真一はただ聞いているしかできなかった。
「母親は処刑されたって聞いた。俺は表向きは存在しないことになって、裏で死神としての力を利用されるだけ。他の奴から生命力だけを奪って別の体に入れたり、魂だけ抜いて他の体へ入れたり、どれだけ『殺人』をしてきたかもうわからない。そう教わってきたからそうしなきゃ生きてこられなかった。自分がやってるのが悪魔のすることだって知ったのは最近だよ」
一つ大きく息をつき、体制を少し変えて座りなおす。
「自分のことを『神使』だっていう、ちょっと変わった天界の偉い人に引き取られて、徹底的に叩き直された。『お前は道具じゃない』って。あの人には感謝してる。
だけど、俺がそこにいるのを知られたらしくて大挙して襲ってきたんだよ」
「誰が?」
真一が眉をひそめて聞いた。直哉は相変わらず淡々と答える。
「天使の偉い奴らが」
信じられないと言いたげに小さくええ……と声を漏らした。
「大義名分は俺を始末するためだろうけど、その人は『お前の死神の能力が欲しいだけなんだから、目的は生け捕りにすること。あの生活に戻りたくなかったら絶対逃げろ』って、俺をドアの外へ出したんだ。そしたら、この世界につながるドアだったんだよ。まさか天界から追い出されるとはね」
直哉は小さくため息をついた。
「あと、自殺は大罪だから変なこと考えるなって言われた。もし自殺したら本当に魂を消滅させるって。記憶も消えて再生もできなくなるから死ねない呪いをかけてやる、なんて言われてさ。そしたら本当に何をされても死なないんだよ。
向こうでも戦になるとその人が前に立って俺のことを守ってくれるし、もし戦って傷を負っても助かっちゃう。こっちの世界でもそう。どんなに襲われたって死なないんだ。
あの人、俺がドアの外に出る直前に間違いなく刺されてた。ほんの一瞬だけど見えたんだよ。あの人にもし何かあったら、俺のせいだ」
真一はそれで抵抗しなかった理由がわかった。自分が命を奪ってきたものに対して、直哉が自分の命を守る行為は許されないと考えているのだろう。どんな目にあってもそれを受け入れ、命を奪った相手の痛み、自分をかばった相手の痛みを自らにも与えているのだ。だからやられっぱなしで、かつ自分以外が傷つくことを許さない。
「この国に逃がして、俺に何をしろっていうんだろうな。俺だけのうのうと生きて、優しい人に囲まれて、家や食べるものがあって。そんなのって許されるのかよ」
やけになったのか、自嘲気味に笑う。前髪をかき上げ、ぐしゃっとつかんだ。
「……それは違うと思うな」
不思議そうに直哉が真一を見返した。
「偉そうなこと言ってごめん、僕は直哉がここに来たのは罰を受けるためじゃないと思う」
目線を合わせず、下のほうに向けて話す。
「償いのためにここに送られたんじゃないかなって。沢山の人を殺した分、今度は沢山の人をちゃんと守れっていう意味なんじゃないかって……」
「……守る?」
「天使の血も入ってるんなら、逆ができないわけないよ」
直哉は言葉が出なかった。自分には考えの及ばなかった視点。真一は最後に目を合わせて優しく笑った。その顔に妙に安堵感を覚えた。彼の言葉は不思議に心の中にスッと入る。
ああ、そういえばこいつ悪魔だったな。でももうここに逃げた時点で自分は立場を捨てたのだから、真一がこの世界で何をしようが警戒する必要もない。それに、これはもしかしたら悪魔の誘惑の言葉なのかもしれない。もうそれでもいいや。
なんだか心が少し軽くなった。氷が解けるように心の角が優しく丸みを帯びていく。今は真一の言葉を受け入れよう。
「お前のほうが、天使みたいだな」
それはないよ、と可愛らしい笑顔で下を向き照れたように否定する。その笑顔に一種の心地よささえ感じていた。
「でも、天界でどうして死神の力が必要になるの?」
直哉は首を縦に振る。
「偉くなるほど権力は持ち続けていたいものだし、若くいたい。生命力や体力がなきゃいけないだろ。戦って傷おったり、年老いたらすぐに落とされる。あとは愛する人の命だけは何とかつなごうってやつ。高官も上級になるほどそんな奴ばっか。みんな自分のことが一番なんだ」
真一は少々衝撃を受けた。天界でもそんなことがまかり通っているなんて。想像した世界とは違うようだ。
「真一も逃げてきたって言ってたけど、何があったの?」
一呼吸おいて今度は直哉が真一に問う。
「直哉が話して僕が話さないのはずるいよね」
真一は軽く目を閉じて深呼吸した。
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