第18話 5月1日(1) 正体


 前回と同様、回復が早いおかげでめでたく退院となった。

 包帯を外して湿布を貼り替える今井が話しかける。

「本当に回復早い、相当新陳代謝がいいんだろうねえ。若いからかなあ、羨ましい」

「いいのか悪いのか、わからないです」

 淡々と答える彼をみて笑顔をうかべる今井。たとえ一言でも会話が成立していることに嬉しさを感じていたのだ。はい、いいえ、大丈夫です以外の言葉が返ってくるなんて、最初ここにきた時からは想像できない大進歩だ。

「まだ完全じゃないんだから無理しないでね。変にくっついて逆に悪くなることもあるからね」

「大丈夫です」

「あら」

 いつものやり取りに戻ってしまっていた。



 帰宅すると皆喜んでくれた。それが逆に申し訳なかった。自分ごときを心配するなんて。自分の本性――過去に何をしたか――を知ったら、自分はこの人たちを裏切ることになるんじゃないか。でも人間世界で素性を明かしたら、ここにはいられない。知られてはいけないのだ。

 

 夜の園の手伝いにおいても、子供たちが気を使ってくれ、また直子も部屋で休んでいいよと言ってくれたのでそのまま甘えることにした。それと純をはじめとするちびギャングからの質問攻めを避けようとしたのかもしれない。




 真一も手を貸しながら一緒に部屋へ戻った。菊本からの伝言や学校のことを話したかったのだ。

 直哉のスペースへ一緒に入り、真一は床に、直哉は松葉杖

を机に立てかけ、ベッドへ腰かけるようにして座る。


「菊本先生、すごい心配してたよ。もうちょっと厳しく注意してればって」

「……先生のせいじゃないのに」

 思い切って尋ねてみる。

「ねえ、どうして何の抵抗もしなかったの? やられっぱなしで、痛く無いの?」

 直哉はしばらく黙っていたが、ぽつりと言葉を発した。それは真一には、いや、誰が聞いたって意外な言葉だった。

「罰だよ」

 えっと聞き返すが、それ以上には言葉を続けようとしなかった。

「どうして、罰なの? 殴られることが罰なの? みんな心配したんだよ。本当に死んじゃうんじゃないかって」

「殺してくれればよかったのに」

「そんな……」

 真一もそれ以上何と言っていいかわからず、二人で黙ってしまった。




 どのくらい黙っていたのだろう。今度は直哉が声を出した。

「なあ。お前ってさあ……」

「何?」

 心臓が高鳴った。今までと違う目つきだ。戦いの中にいるような心境。相手が少しでも動いたらどう返すか。そんな警戒させられるような空気につつまれた。


「お前、人間じゃないんじゃないの?」


 真一の表情がこわばる。手足の先が冷たくなるのを感じた。見透かされてる。直哉の視線も一直線に真一を見据えたまま、瞬きすらしない。

 真一は少し震える声を絞り出す。

「直哉は……?」

 彼の質問に答えず逆に聞き返した。すると

「お前、天界からの追っ手とか、手下なのか?」

直哉がさらに質問を重ねた。

「違うよ」

 上ずった声で首を振りながらやっと答える。



 再び沈黙。

 真一は負けじと目をそらさずに見つめ返す。

 今自分の目の前にいるのは何者だ……?

 人間ならまず「天界からの追っ手か」なんて問いはしない。

 もし天使ならば、自分はこの場で始末されるのでは……

 手が震えた。


 

「お前、悪魔?」


 ばれている……!  

 悪魔は人間に近づき契約して魂や生命力を奪い、天使はその悪魔から人間から遠ざける役目。彼の目には、自分は人間を惑わすために来たと映っているに違いない……。

 だが今更正体を隠すことも嘘をつくことも無駄だ。無言で頷き肯定する。もうだめかもしれない……。ぎゅっと目をつぶる。

 


 しかし直哉の反応は真一の予想と違った。

「お前が悪魔ね……肩の数字見てまさかと思ったけどさ」

 何がおかしいのか、ふふっとわらった。

「俺は天界から来た。だけど死神の血を半分ひいてる。だから純粋な天使じゃない」

 真一の表情が一気に驚きにかわった。そんなこと、ありえないはずなのに。

「……なに、それ……、どういうこと?」

 事情が呑み込めない真一に直哉はお構いなしに尋ねる。

「お前は俺を捕まえに来たの? それとも消しに来たの?」

 問いかけに首を横に振るだけで精いっぱいだった。普通ならこちらが天使に追われる身なのに。なぜ自分が彼を追いかけると思われたのか。

「なんでそんなこと聞くの? 本当に僕逃げてきただけで何も知らない。誰かを捕まえろとか言われてない」

 必死で否定した。直哉は黙ってこちらを見るだけだ。


「それに半分死神だなんて、一体どういうこと、ありえないでしょ」

 それを聞いて直哉は再度、狙いは自分でないか確認した。もちろん全否定した。

「天使の母親が死神の男に惚れて、その結果産まれたのが俺だよ」

 真一は口を開けたまま直哉の話を聞く。

「天界に死神がいた、そこからもう変だろ」

 素直に頷いた。

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