第17話 4月23日 初登校(2)

 

 原田、田中、優二、真一、そして直哉の5人で玄関を出たとき。

「おいさっき顔かせっつったよな」

 相手はこちらより人数を増やしており、直哉1人で居なくとも突っかかってきた。松葉杖で歩くのを気遣い、混まないよう少し遅らせたのが仇になった。

 1人冷静な直哉をよそに、4人は驚き固まり身を寄せた。相手は近づいてくるなり直哉の腕をつかみ引きずっていく。それを止めようと原田が腕をつかみ返すが、力空しく彼らに引き離されると、1人ずつ連行されるように校舎の北側へ連れ込まれた。



「生意気に赤い髪にしてんじゃねえよ……何ガン飛ばしてんだよ」

 3年生と思われる大柄な男子生徒が言いがかりをつけてきた。

「元から」

 淡々と答える直哉。その態度が気に入らず突然腹を殴った。うっと体を曲げうずくまる直哉。周りが悲鳴を上げる。相手はさらに近寄り

「てめえ喧嘩売ってんだろ!」

と怒鳴りながら胸ぐらをつかみ立せて殴りかかる。眼鏡が飛ぶ。

「やめろよ!」

 田中が止めに入ろうとするが抑えられた。そして関係ない原田が殴られた。それを見て直哉が叫ぶ。

「おいこいつらには関係ないだろ! 俺1人殺せばいいだろうが!」

 誰もが一瞬聞き間違いかと思った。殺せばいいだって? 何言ってんだこいつ……


「はあ? かっこつけてんじゃねえよ!」

 さらに殴る。地面に倒れこむ直哉。周りの者も加勢しようと手を緩めたその隙に、田中が駆け出し職員室へ跳んだ。2人が追いかける。

 しかし彼は専門が短距離走。逃げ切る自信はあった。だが助けを呼ぶまでの間直哉は暴行を受け続けていた。不思議な程、避けも逃げもせずされるがまま。もしかして意識がないのかと心配になった。

 真一も優二も怖くて動けず、原田は鼻血を出して倒れている。次第に直哉の顔が真っ赤になってきた。


 


 見覚えのある天井。すぐ病院だとわかった。ゆっくり記憶を辿る。……原田や優二や真一は大丈夫だったのか、田中は逃げ切れたのかと一気に不安が襲った。

 わあわあと外で数人が揉めているような声がする。

「何ですぐこうなるんです?! 学校の管理に問題があるんじゃないですか? こう何度も暴行事件起こされるんじゃ警察に居てもらうようになりますよ!」

 興奮気味の女性が叫んでいる。おそらく原田と思われる声が「母さんちょっと落ち着けよ」となだめている。

「あんたは実際怪我してるんだよ! 相手だってもう何度目なの!? しかもあの子転校初日だっていうじゃないですか!」

「本当に申し訳ありません……」

「すぐに相手の保護者を呼んでください! 賠償させてもらいますから!」

 謝っているのは誰なんだ、男性の声なのは間違いないのだが。そのうち別の声がした。

「直子さん!」

 真一の声だ。直子の声が遠くから近づいてきた。

「直哉は? 大丈夫なの?」

「まだ意識ないんです」

「一体何があったんですか」

 尋ねると原田の母親がえらい剣幕で話し始めた。

 直哉は誰かを呼びたかったが胸が苦しくて声を出せない。口の中は鉄の味がする。こんなこと慣れているのに、起き上がることもできない。目もろくに開かない。

 わずかに動かせる頭で左腕を見ると肩から包帯でぐるぐる巻きに固定されている。感覚的に他の箇所も固められているのがわかった。あきらめて一つ溜息をつく。

 まだこんな姿になっても生きてるなんてな……。彼らに言われた、ここから消えろという言葉が甦る。いっそ消してもらいたかったのに。また駄目だった。




 原田の母にざっと話を聞かされた後、直子が入ってきた。

「直哉! 起きたの!」

 小さく頷く。

「もう、初日からなんでこんな目にあうのよ~~」

 背後から真一、優二、田中、頬を赤紫に腫らした原田が覗き込んだ。

「おい大丈夫かよ~、よく生きてたよ」

 4人に安堵のため息が漏れる。

 その後ろから顔を出したのはCの担任小倉と学年主任の川崎の二人だ。詫びていたのはこの二人だろうが、直哉にはなぜ彼らが謝るのか理解できなかった。

 教員は収まらない原田の母の対応ですぐに廊下へ出てしまった。母親は教育委員会へ問題をあげると叫んだ。

 一先ず安心した一同は、口を揃えて転校初日に災難だったと同情した。

「とにかく今は休んでなさい。治すほうが大事だから」

 直子の声に再び頷くと、目を閉じた。


 田中は逃げ切れた。優二や真一はひどい怪我はしていない。原田は怪我をしてしまったが、重傷でなくてよかった……

 皆の状態を確認できて安堵し、外の喧騒も気にせず眠りについた。



 目が覚めると真っ暗だった。すっかり夜になっていた。物音一つしない。

 そういえば眼鏡はどこに行ったのだろう。折角作ってもらったのに。

 目を閉じると昼間の光景が再生される。殴られる原田、抑えられる優二や真一。逃げる田中と追う相手。みな曇った顔だ。



 ――――――やっぱり、自分は生きる資格はない。

 言われた通り、ここから消えた方がいいんだ。

 周りまで巻き込むなんて最低だ。

 自分はこれまで多くの命を奪ってきた。それが故意でも、命令でも、過失であっても関係なく。

 罰を受けるのは自分だけでいい。


 ……ああ、そうか。罰を受けるために死ねないのか。「死ねない呪い」って本当だったんだ。


 やっぱり生きるって辛い。

 笑うことも楽しむ資格もない。

 手当てをしてもらって、心配してくれる人がいて、帰る家があって、寝る場所も食べものもあるなんてこれ以上の罰はあるか。

 生きることが罰なら、誰かに終わらせてもらうしかないのに――――――


 瞼の裏に自分が命を奪ってきた者の顔が浮かぶ。


 ―――――もっと生きたかったはず、もっと生きられたはずの命をこの手で奪った。

 その家族も、友人も、恋人も悲しませた。

 奪った自分がのうのうと生きていいのか。しかもこの平和な国で。

 どんなつらい罰でも覚悟はしたが、まさかこんな皮肉な罰だとは。

 もっと殴られて、それこそ刺されたら死ねるだろうか。

 どうしてあのドアがここにつながるって教えてくれなかったんだ。そうしたら入らなかったのに ――――


 止まらない思考に目の端から涙がこぼれる。ズキンと傷にしみた。涙をふくこともできず、そのまま流れて包帯やガーゼに吸い込まれていった。




 優二と真一は帰宅後子供たちに質問攻めにされた。直哉は無事か、すぐ戻れそうか、あいつらは捕まったのか、怪我はどんな具合か。

 頭に来た優二は彼らの悪口をずっと言っていた。真一もさすがに1人を集団で襲うなんて卑怯と文句を言った。

「でも僕は見てるだけで、怖くて何もできなかった……」

「仕方ないよ! アイツらに抵抗する方が自殺行為! 真一が無事ならそれでいいの!」

 美穂が慰めてくれた。みどりも横で頷いている。

 しかしなぜ直哉がああも無抵抗なのかが気になった。原田が教えてくれたが、相手が教室で「消えろ」と凄んだ時「じゃあ消して」とおかしな返事をしたそうだし、自分以外の者が痛い目に逢うことを嫌がった。


 真一が直哉に初めて会った時から薄々感じていたこと。彼は自分と同じで「この世界の住人」ではないのでは……

 直哉の眼鏡を隙を見て拾っていた。それを取り出しそっとかけて見る。彼が見ている世界、見てきた世界がどんなものか映し出してはくれないだろうか。

 視界が揺れる感覚に酔い、すぐ外してしまった。少し歪んでしまっているようでつるが畳めない。明日福島さんに言って直してもらおう……




 直哉の怪我は腹部打撲、内臓の軽度の出血、脚の再度の骨折、右手首捻挫、左肩脱臼、左眼内出血……と痛々しい言葉が並んだ。

 数日入院、当然学校もたった1日で休む羽目になった。

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