第14話 4月19日(2) 仲良し兄弟
夕方。テレビのニュースの時間だ。その中の人気レポーターのグルメ紹介コーナーが子供たちに受けており、食堂隣の部屋で食い入るように見ている。
コマーシャルになると楽しげな音楽とともに現れた女の子に「キャーくめのん可愛いいい」と黄色い声援を送る優二、それに呆れる美穂の声。笑う周囲。
その輪に入らず一人食堂の隅の席で座っている女の子がいた。3歳の千帆。真一も喋ったことがない。その子はずっと目を伏せたままだ。何をするでもない。
「あの子いつも一人みたい。僕が来たときからずっとああで、他の子と話すの見たことないんだ」
「ふーん」
「声をかけても返事なくて。僕も喋ってくれなかった」
直哉は千帆を観察してみた。しかし本当に動きもせずじっと机を見るだけなので、そのうち飽きてテレビを遠くから見ていた。
食後の片付け当番が終わり、また入浴の時間まで孝太郎の部屋で話をしていた。
「お前ってすごいガタイいいよなあ」
「ガタイって?」
言葉の意味が理解できず、直哉が聞き返す。
「ああ悪い、体つきがいいってこと。なんかスポーツしたり鍛えてた?」
病院で今井に返したように何もしていないと答えると「うっそだー」と孝太郎と優二が同時にのけぞった。
「こーんな腕してるやついないぞ、少なくともうちの中学じゃあ」
二の腕のわざわざ曲げなくても分かるような筋肉とその太さに優二が指先で突く。
「そうだよ、スポーツじゃなくても何か体を動かすとかさあ」
孝太郎は言い終わってからしまった、と思った。孝太郎は最年長と言うことで直子から多少二人について聞いており、自分で勝手に色々想像してしまったのだ。違法労働をさせられていた子供じゃないか、とか、秘密組織で戦闘員として訓練されたりしたんじゃないかと。
「体は動かしてたけど……普通だよ」
直哉は淡々と答える。その普通が普通じゃないだろと優二が気軽に突っ込んだが、孝太郎は何もいえなかった。すると優二が
「孝ちゃん腕まくってみてよ」
と振ってきた。なんでよ、と真顔で答えたが、優二に無理に腕をまくられ直哉の腕と並ばされた。
「うわー! 半分だ! 孝ちゃんガリ! きもい!」
孝太郎はさっと袖をおろし、笑いながら反論する。
「キモイ言うなよっ! 直哉が太すぎなの!」
二人が笑う姿を見て、真一は声をあげて笑ってくれた。直哉も少し緩やかな表情になったがまだ遠慮している感じはある。でも孝太郎はそれを見て少し安心した。
風呂へは4人で一斉に入ることになった。脱衣所の空間がきつい。孝太郎と優二はここでもまた驚かされることになる。
「お前なんだよその体!」
胸筋、背筋、腹筋と人体模型のように筋肉が盛り上がっている。
「すげー! マッチョ! それに何その傷!?」
真一ほどではないにしても、直哉にも相当な傷があった。腕にもあるし、胸や背中にも裂傷の跡。太ももにも白く色素が抜けたような一筋のあと。右手の甲には鶏の足跡に見えるものもあった。
「マッチョって何?」
直哉が聞き返す。先程と同じ様な意味で、筋肉質の体付きがいい男の事だと教えられた。
最後に服を脱ぎ終えた真一。直哉がその肩の数字を見た瞬間、何も言わずぱっと目をそらした。真一は気付かない振りをしていたが、どうにもその反応が気になって仕方がなかった。
「うーん……さすがに俺ら4人はちょっと窮屈」
二人湯船に入り、二人外で洗う。その交代だ。お湯は小学生たちがかなりはしゃいで掻き出してしまったようで、量も少なかった。湯船の中もなるべく身を低くし、体育座りでどうにかして肩までつかろうとする孝太郎、優二が話す。
「今までだって4人だったけど、拓も翔馬も小さいから気にならなかったんだなあ。いざ野郎4人集まると圧迫感あるわ」
「2人ずつにしてもらえないかね。お湯もったいないからダメかな」
「交渉してみるよ。しかしお前、デカイな……」
外で体を洗う直哉に孝太郎が元気なく言葉をかけた。「何が? 腕?」と聞き返すと、「何でもない」と湯船のふちに突っ伏した。優二が「ドンマイ」と肩をたたく。直哉も真一も理解できないまま風呂の時間はすぎていった。
風呂から上がって直子に交渉したものの、提案は却下された。時間もお湯も多くかかるらだめとの事。それを言われると反論はできなかった。
消灯時間まで今度は美穂やみどりも加わって孝太郎たちの部屋で話す。どのクラスに入るかの話題になった。
「しかし直哉がC組だけはまずいよね」
「まあ学校だって馬鹿じゃないから、あのクラスに入れないだろ。いれたらどうなるかくらいは予想できるでしょ」
「そうだね、直哉絶対一人で歩いちゃだめだよ。すごいヤンキーがいるから、間違いなく絡まれる」
「ヤンキーって何?」
一斉に話し出す。かなり注意が必要な人物のようだ。
「不良グループがいて、そこにつるんでる子分みたいなやつがいるんだよ。他のクラスにもいるけど1人2人だから、まあ問題ないと思うけどさ。Cは結構いるんだ」
「気に入らないことがあるとすぐ暴力振るってくるし、怒鳴ったり騒いだり。授業中もわーわー騒いでお菓子とか食べたりするしさ。サボってどっかいっててくれた方がよっぽど平和。ほんとろくでもない」
直哉の髪の赤いのを気にしているのだ。普通の生徒はだいたい黒。他の色に染めたら校則違反。それを知ってわざと彼らは染髪しているのだ。元から赤髪で免罪符のある直哉を黙って見ているとは思えない。
「目合わさないほうがいいよ。行き帰りとか一緒に歩こうな」
「うん」
想像がつかないのでとりあえず返事だけしておく。しかし直哉は特に不安そうな顔はしていない。分かっているのか周りが不安になるくらいだ。
話題が変わり、美穂がこんなことを言い出した。
「二人とも女子にモテそうだよ」
するとみどりも同調した。
「うん、モテるね。真一はなんだろ、モデル系かな。直哉は……筋肉萌えかな」
立て続けに知らない言葉が出てきて二人が戸惑う。
優二が「そんなこと知らなくていいの」と質問を何故か禁じた。
「自分がもてないからって嫉妬? だっさー」
「うるさいなっ」
じゃれあいのやり取りを見て、きっと悪い意味ではないんだろうと二人も悟った。
消灯時間になったので、それぞれ自分たちの部屋へ帰って行った。直哉と真一も自分たちの部屋へ戻る。
「みんな、いい人たちだね」
「うん」
真一はいつかあの輪の中に溶け込めるようになれるのか、不安半分、期待半分だった。知らない言葉がポンポン飛び交うし、学校とはどういうものかますます想像ができない。ただ、彼らと一緒なら大丈夫だと思えた。
直哉はそれ以上何も言ってくれなかった。感情を決して表にだそうとしない姿勢が気になった。
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