第12話 4月13日(2) それぞれの歓迎
3時過ぎ。
「ただいまーーー!!」
威勢の良い子供の声、その後同じ言葉が2回繰り返されドヤドヤと廊下を走る音。
「おかえりー」
直子がおやつの用意をしながら返事する。手洗いうがいが徹底されている子供たちはまず食堂を通って洗面台へ向かうのだが、一番で入ってきた女の子が真一の姿を見るなり「うぉっ」と声を上げ立ち止った。
直後小さい男の子がドスンとぶつかる。
「急に止まるなよぉ!」
文句を言って後ろから出した顔が驚きに変わる。
「あ、新しいお兄ちゃん?」
女の子は目を丸くした。
「こんにちは」
真一が声をかけると、彼女の後ろから男の子2人が横に並び、驚いた顔をした。
「えー! 新しいお兄ちゃん?!」
「こんにちは!」
我先に洗面台に向かう。そしてまたにぎやかに食堂へ戻ってきた。
「ちょっと! あたしが先に声かけたんだからね! あたしとなり!」
「じゃあ僕前!」
「ずるいいい! おれもいきたいそっち!」
真一の横を争う3人。
「あたしね、純ていうの、3年生なの。よろしくね!」
二つに結んだ髪がやや乱れている。見るからに元気が有り余っているようだ。
「おれねーおれねー、たけしって言うの!1年生なんだぜ!」
「僕だって1年生だぜ! お兄ちゃんは?」
「あ、こいつね隆明って言うの」
最後の男の子が名のらなかったので、純が代わりに名前を伝えた。面倒見のいいお姉さんと言うか、姐ご肌か。
「僕は杉村真一っていうんだよ」
「真子さんとお名前似てるね」
純がパッと気付いた。真一はただうん、と返すだけだった。
「お兄ちゃん字がわかんないんでしょ、何でも聞いて! 教えてあげるから」
「俺もいっぱい教えてあげる!」
「あんたはたし算しかできないでしょ!」
まるで兄弟だ。こんなやり取りすら羨ましく思う。
「ありがとね。まだここの家のこと全然わからないから、色々教えてね」
頼られたことが嬉しくて、3人は瞳をキラキラさせて任せて! と胸を張った。
それから少し後、今度は別の男の子が入ってきた。無言でこっちを一瞬見て、やはり驚いた顔をしたがプイと横を向いてしまった。
「あ、おかえり拓にーちゃん!」
振り向いて声をかけた純。返事がないのを別段気にすることはなかった。
「拓兄ちゃんは全然話ししないの」
彼はキッチンでおやつを受け取ると部屋へ行ってしまった。
真一を囲む3人は、おやつを食べ終わるとランドセルを開けて中身を取り出した。そして真一の目の前で教科書やノートを広げ、各々文字の読み書きを始める。
「みんなすごいね。文字もかけるし読めるんだ」
「真一兄ちゃんなんでできないの?」
子供は素直だ。学校へ行っていないからだよ、と答えると「何で?」と返ってきた。学校に行けなかったからこれから行くんだと答えた。
「簡単だよ! すぐできるようになるよ!」
純が計算ドリルを解きながらにこにこと答えた。
続いて帰ってきたのが女の子2人、男の子が1人。沙織と世羅、翔馬だった。
「おかえり! あ、大きい方が沙織姉ちゃんで、小さい方が世羅ちゃん。あっちが翔馬くん」
「はじめまして」
真一が声をかけると3人も返してくれた。
3人はおやつを受け取るとやかましい集団の方へやってきた。
「ええと、真一君だよね」
「うん、よろしくね」
世羅が声をかけてくれた。デニムスカートのフチやポケットの口は黒とピンクのストライプの布が縫い付けられ、白いトレーナーの後ろには翼のイラストがでかでかと金でプリントされている。1つに結った髪にはピンク色のシュシュ。色遣いが他の子に比べ目を引く。
「世羅ちゃんはねーすごいおしゃれで絵も上手いんだ」
純が自慢げにアピールする。お洒落の基準が分からないが、他の子と違う感性があるというのは真一も感じた。
もう1人の女の子は何も喋らなかった。ちょっと上目遣いで長い黒髪に眼鏡をかけ、いかにもおとなしい印象だ。初対面だし気恥かしさは理解できるので、純が「も~沙織ねーちゃんはずかしがっちゃって」とからかうのが気の毒に思えた。
翔馬も女の子の後ろからよろしくと言うも、背が小さく女子2人に隠されてしまっい、何度も背伸びするだけで会話にたどり着けなかった。
3人はおやつを食べ終わると、部屋へ戻って行った。
そして4時過ぎ。黒服集団が帰ってきた。
純が中学生組だと教えてくれる。真一に気づくと、やはり「おっ」と一瞬止まり、「真一君?」と聞かれた。そうと知るとまたわらわらと身支度し、食堂へ集合した。
「俺と同じ年だろー、不思議だよなあ。普通に喋れるのにホントに文字書けないの?」
優二が、真一の境遇を素直に疑問に思って聞いた。
「どっちかとクラス一緒になれるといいね」
美穂も小学生の頭越しに話しかける。
「おいお前ら散々話しただろ、俺らにも話しさせろよ」
優二が純との間に体を割り込ませると
「えー!! やだよ純たちずっとここにいたもん! 早いもん勝ち! ねー!」
と、純が拒否した。子分らも同調する。
「そうだずるいぞ! 横入り!」
「なんだとー、大人に向かって何てこというんだこのこの」
毅の脇をくすぐったのは孝太郎。
「大人じゃないじゃんキョワーーハハハ!」
反論しながら毅が変な笑い声をあげた。ちびっこからの信頼もあり、スタッフからも頼られる存在。この子達とはいつもこんなやりとりをしているのだと、みどりが笑いながら話してくれた。
中学生組は結束力が強く仲が良かった。聞けば小学生に入る前から一緒だという。
突然やってきた真一をお客様者扱いすることなく、受け入れようとする姿勢がありがたかった。
「なんか困ったら言ってな」
孝太郎は純たちがどいてくれないので、そのまま部屋へ向かった。真一は心配の一つが取り除かれ、心から笑顔を浮かべる事が出来た。
夜も初めての事が続く。食事の片づけ、ゴミ出し、清掃、覚えることが山のようだ。毎日の事だしすぐ慣れるよ、と美穂は教えながら声をかける。
女子組のお風呂の後、男子組のお風呂の順番だ。それまで優二と孝太郎の部屋で話をしていた。みどりが呼びに来ると、3人で風呂場へ向かう。
真一はやや表情がこわばる。ぱっぱと脱ぐ2人を横眼にためらっていると優二が声をかける。
「なんだよ、恥ずかしいの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「男同士だろ~大丈夫だよ」
真一は意を決したように一つ息を吐き、
「僕の体見ても驚かないで」
と二人に前もって宣言した。次第に現になる真一の体。
「ぁ……」
驚くなと言う方が難しかった。全身に傷・あざ、右脇腹の大きな傷跡。足首にも皮膚がつれた後。そして肩の傷が「472」と見えるような……。首から下はどこをみても傷、傷、傷……。
質問できなかった。本心は一体どうしたんだと問いたい。無言で立ち尽くす真一に「じゃあ、はいろっか」とぎこちなく促すのが精いっぱいだ。
入っても気になってしまい会話が進まない。
「背中洗ってあげようか」
孝太郎が気にしてない素振りで真一と接しようとする。真一も彼は彼なりに気にしないよう努めているのは痛いほど感じ取れた。だけど本当のことは話せない。
一言「じゃあお願いするね」と洗ってもらった。その間優二は一人湯船につかっていた。
どうしても目が行ってしまう数々の傷跡。一体どうしたらこんなズタズタになるんだ。傷がないのは顔だけじゃないだろうか。それに肩の傷。数字に見える以上絶対わざとつけられただろう。やっぱり虐待を受けていたのか。そんなことを考えていると、なんだか背中を通してこちらの想いがばれてしまう気がして手を止めた。
「はーい、交代。今度は逆ね」
くるっと反転し、真一が孝太郎の背中を洗う。
終わると真一は孝太郎に
「ありがとう。気持ちよかった」
と礼を言った。それは社交辞令ではなく本心で思ったし、人の背中を洗うのも初めてで楽しく感じたからだ。
「そりゃよかった」
笑顔の真一を見て傷のことは気にしないと決めた。怪我や手術でできた跡だ、きっと。それを何故わざわざ聞く必要がある。自分で自分を納得させるため一人何度も頷く。
消灯時間。遮光カーテンを閉め布団へ潜り込む。常備等が灯るだけの静まり返った1人の部屋。明日からどんな「日常」が待っているのだろう。
病院のベッドの中とは違う感覚。今日からここが自分の「家」。居場所を手に入れた安堵と、これからの生活の不安、「学校」という場所への緊張。そして後から来る直哉のこと。色々と考えてしまいしばらく寝付くことができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます