第11話 4月13日(1) 新しい家


 病院を出る前、真一は直哉の部屋へ行ってみた。ベッドから降りようとしているところへ出くわした。

「あ……おはよう」

「おはよう」

 やはりお互いどこを見て話せばいいのか分からない。

「今日退院するんだ」

「ああ」

「家で待ってるね」

「うん」

 一方的な会話。それでもできたことが前進だった。直哉の部屋を出てもまだ心臓がドキドキしている。迎えに来ていた直子と福島が廊下で待っていたので急いで二人の元へ向かった。



 福島の運転する軽自動車で20分ほど走ると、赤い屋根にクリームの壁の、アパートのような3階建てが見えてきた。隣には1階建ての薄緑の壁、青い屋根でガラス戸に絵が貼られ、中で小さな子供が動いている建物が並んでいた。

 庭の端に停車し、車から降りて見上げる。この3階建ての建物はL字型になっており、敷地の対角に大きな木があった。幹も太く背も高いので長い事ここに居るのだろう。

 玄関を開けると正面に階段がそびえ、左には大きな靴箱。右側には傘やボールが置いてあった。

 奥は広間になっており、長机が並んでいた。直子にくっついて奥へ進む。

「ここは食事をする所だよ。朝と晩、みんなで食べるの」

 机はコの字に配置されていた。互いの顔が見えるようにだろう。

「真一の席はここね」

 窓側の一番端の方、おそらく直哉と並んでの席だ。

 

 当番制で自分たちの生活の仕事割り当てが毎日かわること。食事は朝7時、夜も7時から、寝るのは10時、お風呂は数人でまとめてはいる、テレビはここの隣にある居間のようなところで見られる、冷蔵庫の中にあるものは周りに確認してから飲食する、等々。

 真一は全てが聞くもの初めてで、全てが想像できない。そのうち慣れるしみんな教えてくれるから大丈夫、と直子は彼の心を察して伝えた。

 

 話している最中に顔を出したのは、ショートカットの丸顔で、直子より少し背の小さいかわいらしい女性だった。

「はじめまして。真一君。なんか照れるね。私と名前が近くて」

 杉村真子。彼女が名前の一文字を拝借した女性スタッフだ。

「ありがとうございます。名前、もらって」

「今日からよろしくね」

 

 簡単なあいさつを交わすと、直子が部屋まで案内してくれた。

 玄関の階段から上の階へあがる。みんなが触るからか手すりが黒光りしている。電気がやや暗い。

 2人が新しく入る部屋は3階の奥、一番突き当りの部屋だった。

「2人部屋なんだけど、出入り口1個なの」

 直子がガチャッとドアノブを回す。向こう側の世界が広がると思わず、わあ、と声を漏らした。家具で半分に区切られてはいるが、立派な一部屋だった。

「最近まであまり使ってなくて、急きょ掃除したからちょっと配置おかしかったら直してね」

 あちこち塗装のはげたクローゼット、種類も色も違う細身の棚がそれぞれの部屋へ向いて壁のかわりになっている。古いものを引き取って使っているそうだ。1人1人の空間は細長くなるが、それでも真一には素晴らしい空間だった。

 新しい住人を無言で迎える家具と、奥の窓からカーテン越しに差し込む間接的な光の広がりにただ感激した。

「すごいです、ありがとうございます!」

「右と左、どっち使うかは直哉と決める?」

「はい、来たら聞いてみます」


 机には学用品がそろっていた。ノート、鉛筆、消しゴム…決して新しいものではなかったが、眺めているだけでここで始まる生活に期待が膨らむ。まだ見ぬ世界は一体どんな世界か。

 今日は出入口が遠いと何となく不安だったので、入り口すぐの右の部屋にいることにした。

 その後真一は食堂へ降り、食堂のテーブルで麦茶をもらって座っていた。

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