第9話 4月11日 「風の子園」


 新しい兄弟が増えるということで、風の子園の子供たちはそわそわし始めた。

しかも赤ちゃんやちびっこではない、大きいお兄さんだと聞いて、どうやって迎えればいいのか戸惑っているようにも見える。


 ここには中学生が4人いた。基本的に2人1つの部屋を使い、家具で仕切りをして個人のスペースを作っている。

「ってことは、その2人が1部屋になるんだろうなぁ。男だって言ってたし」

「じゃあ別に今までどおりか。引越しもしなくていいね」

「14じゃ中学2年か3年? 2年なら美穂か優二が同じクラスになるかな」

 一番年上の中学3年、孝太郎はみんなのお兄さん的な存在だ。しっかりしているしそこそこ勉強もできる。進学を希望する受験生。2年生の優二とは同じ部屋だ。特に編成が変わることもないので皆気は楽だった。

 もうひとり2年生の美穂と1年生のみどりは女の子同士同じ部屋。4人は仲もいいのでよくお互いの部屋に集まってしゃべっている。


 中学生組ならそれなりの付き合い方も考えられるが、年下の子供たちは違う。誰にでもがんがん当たっていく(物理的にも)小学3年生のじゅん、1年生のたけし隆明たかあき、5歳のはるな等、園内で“ちびギャング”と呼ばれる人なつっこい子達がいる一方、難しいお年頃に足を突っ込んでいる5年生のたくや、おとなしい4年生の翔馬しょうま、内気な6年生の沙織さおり、なかなか奇抜な感性の4年生の世羅せら、若干人見知りな2歳の空飛くうひ、ほとんど人の顔も見ることができず言葉を発しない3歳の千帆ちほ……ちゃんと馴染めるかどうかが不安な子供もいるのは確かだ。いきなり知らない人間が突然お兄さん気取りでやってくるのも気に食わないと思うかもしれない。

 孝太郎がそこまで考えているのを知ると、他の3人は呆れたように「心配性にもほどがある」と口を揃えた。

 

 戸惑っているのは子供だけではない。スタッフの方が戸惑いは大きかったかもしれない。字が読めない書けない、今までどんな生活をしていたのかも不明。そんな子供をどうやって迎えればいいのか。勉強はついていけるのか。生活は普通にできるのか。

 園長は心配しなくていいというが……。


 スタッフのリーダー的存在の直子もこのケースは初めてだ。ここでの勤続は8年と一番長い。次にこの家の出身の瑠波るな。彼女は保育士の資格を取り、併設する保育園の保育士としても働いている。ちびっこの扱いは得意だが、思春期の子供は正直不慣れなところもある。

 杉村医師の妻、真子は元看護師、何かあれば頼れそうだ。だが彼女は結婚して所帯を持っている。常時ここに居るわけではなく自分の家に帰る日だってある。


 正社員としてここにいる男性スタッフの福島は、

「そんなに心配しなくたって大丈夫ですよ。考えすぎると思いすごしで終わったりするもんですって」

と、かなり楽観的だ。

「直子さんが教師をやるわけじゃないんですから、勉強は学校に任せて、俺らは普段の生活をサポートしてやりゃァいいんですよ。ちゃんと帰る家があるってそれだけでいいんじゃないですか? 園長の話じゃ家が無いみたいなこと言ってたし。お客様対応しなきゃここが自然と自分家だって認識しますよ。始めからそ~んな背負わないの」

 福島は若いが頼れるな、直子は彼に素直に感謝することが多い。こういう何気ないことで支えられてるのが感じられる。

 そうだ自分だけじゃない。園長も真子も瑠波ちゃんも福島くんも、パートスタッフもいる。年が近い子供たちもいるんだから大丈夫だ。想像してない問題が起きたらその時考えよう。


 


 病院では直哉の身体検査が行われていた。誰しも驚く治癒力で、もう普通の食事も生活も大丈夫とお墨付きがでた。

 松葉杖だけは手放せないものの至る所の骨折箇所もかなり経過は良好。目の上の腫れも引き、普通の顔立ちに戻った。

 絆創膏など色々貼られていたものが外れると、本当に端正な顔立ちと白い肌が際立った。女性スタッフ達が嫉妬したのは言うまでもない。

 これなら退院もうすぐだね、と今井が励ます。悪い箇所といえば検査結果で視力がひっかかり、眼鏡を作る必要があった程度だ。

 伸びていた髪は病院へ隔週で来てくれる美容師に短くしてもらう。目を完全に覆っていた前髪がなくなり、頭も視界もさっぱりした。

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