第7話 4月8日(2) 彼もまた……
そしてもう一人。昨日大暴れした彼は部屋の号数で呼ばれていた。
「301君、落ち着いたみたい。昨日の夜から昼まで全く起きなかったみたい。よかったよ」
様子を見に行った看護師が今井に教えてくれた。
「アカイ君みたく、話してくれないんだって。今井ちゃんなんとかならない?」
直哉から話を聞き出した功績もあり、同僚が頼る。
本来の担当は男性の看護師だったが、夕方に杉村医師が検診へ向かうとき、今井も一緒につれていってもらえることになった。
一緒に部屋へ向かう途中で、杉村は
「観念しておとなしくなったのはいいんだけど、何も喋ってくれないんだよね。放心しちゃってるみたいで」
と教えてくれた。
不安の湧き上がる発言だ。今井は念のため、直哉の記録ノートを手に持っていた。参考にもなるし、何かあれば書きとめようと空いたページを開いておいた。
部屋に入ると杉村の言うとおり、ただ空を見つめて横たわる少年がベッドの上にいた。
男性看護師が声をかけながら検診する。それもされるがまま。しかしふと気づくとこわばった表情をしていた。離してと騒いだことに関係あるのか。
今井は直哉にした質問の中から反応があったものを試してみた。
「君、歳はいくつ?」
「……」
唇をギュッと結ぶ。何を怯えているのだろう。もう一度会話を書き留めたページに戻る。そうだ、あの子もここはどこかを訪ねてきたっけ。自分がどこにいるからわからないから怖いのかもしれない。
「なにか怖い目にあったの? それなら大丈夫だよ。ここは病院だから。東京の」
その瞬間、ぱっとこちらを向いた。不安におびえる子猫のような潤んだ瞳。まだ完全には安心しきっていないが、明らかな変化だ。
「病院?」
初めて言葉らしい言葉を発した。まだ声変わりのしていない高めの細い声。杉村と男性看護師は今井の後ろで、じっとでてくる言葉を待つ。
「そう、病院。あなた、歳いくつなの?」
もう一度同じ質問をする。
「……」
震えたまま黙る。
ほかは、ほかには……反応があった問いは……。
「おうちに連絡しないと、心配してるよ。お名前と、どこから来たか教えてくれる?」
首を横に振る。彼もまたそれを言えない理由があるようだ。
「どうして?」と問い続ける。
「気づいたらここだった……戻ったら殺される」
これ以上聞くと再び錯乱するのではないか、そんな恐れから今日はこれで打ち切った。
この子は児童虐待の背景があるような気がして、刑事にすぐ連絡を入れた。こんなことになるなら昼間園長に先に話しておけばよかった。もし身元が分かっても、あれでは家に返せないかもしれない。
二度手間になってしまうな、と今井は園長に対し申し訳なく思った。
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