第5話 4月7日 気になる患者
肩に番号のある少年は、運ばれてきてからずっとうなされていた。
高熱によるものなのか、悪い夢でも見ているのか……。時々叫ぶような声を上げる。
「あの子大丈夫なのかな、さっき目覚ましたけど、自分の叫び声で起きたから夢と現実分かってないって感じ」
彼の新しい点滴を取りに来た看護師がちらっと今井に話す。
「落ち着くまでかかりそうだね。熱下がらないし全然おとなしくならない」
「鎮静剤が逆にいけないのかなあ。でもアレルギー反応はないのよね」
しばらくすると、彼のいる個室から叫び声がする。
何事かと他の元気そうな患者が興味津々、部屋の入口から覗き込む。今井や男性看護師含め何人かが駆けつけると、声の主は目を覚ました少年だった。
点滴を引き抜いて、言葉にならない叫びを上げている。何かを嫌がっているようだが聞き取れないし見当もつかない。看護師たちは押さえつけ、やむなく結束具を使用することにした。その間も彼は泣き叫ぶ。
「落ち着いて! 大丈夫だから!」
「ギャアアアアア! イヤダアアア!」
搬入時は逆にこのまま死んでしまうのではないかと思うほど弱っていたのに、どこからこんな抵抗力が沸くのか。
男性看護師が足を、女性看護師が腕を抑えこみ、10分程の格闘の末ベッドの柵に四肢をくくりつけることができた。
看護師だって本当はこんなことをしたくない。だが点滴を抜いてしまうのであれば致し方ない処置だ。やじうま患者らを「ほらほら帰って!」と散らし、今井の同僚看護師がドアをしめる。
「やだあああーーー!! 離してぇー!」
錯乱した少年は縛られた後も必死の抵抗を試みる。少々鎮静剤が必要のようだ。
落ち着いた看護師たちはそれぞれの仕事へ戻る。今井は遅れてしまった検診に「アカイ君」のところへ向かう。彼にも叫び声は聞こえていたようで、
「すごい声したけど、なんですか?」
と問いかけてきた。
「うん、ちょっとね、君と同じくらいの患者さんなんだけど、錯乱しちゃって。かわいそうだけどベッドに縛って点滴を抜かないようにしてきたんだ」
「そうですか」
身元不明。歳も同じくらい。こっちの彼も行方不明者リストにも捜索願も該当しそうな人物なし。発見場所はこの街のはずれにある住宅開発地で、まだ家の基礎すらたっておらず地面が整備されただけの閑散としたところだ。
資材置き場の影で倒れているのを、朝出勤した工事関係者が発見し運ばれてきた。
もしかしたらどこかで繋がってないか。個人情報のうんぬんはあろうが、致し方ない、正体不明のままではこちらが困る。たとえ僅かな情報でもいいから……
すがる思いで、彼のことをかいつまんで話してみた。
「ねえ、もしかして知り合いとかじゃあない? その子も身元がわからなくて、警察が動いてるの。君と同じような状況でね。髪が黒くて背丈は君くらいかな、肩に三桁の数字みたいなあざと、体にたくさん傷があるの」
内心ドキドキしていた。何か知ってる? 知ってたら教えて!
しかし願いは虚しく、当然といえば当然の答えで
「そんな、顔も見てないのに」
と答えられた。全くごもっともだ。
ただ、一瞬だけ肩に数字があると言ったとき、目だけがこちらを向いた気がした。でも他は表情一つ変えない。
「そうだよねー。ゴメンネ変なこと聞いて」
「いえ」
仕方ない、これ以上問いかけても何も出てこないだろう。聞くこと自体間違っていたのだから収穫なくて当然、と自身に言い聞かせる。
”アカイ君”の左目の眼帯をとり簡易絆創膏に替えた。まだ半分しか開かないものの、これでモノが見やすくなったというので、よかったねと笑ってみせた。彼は無表情で頷くだけだった。
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