第4話 4月6日 再びの搬送者

「急患入ります。男性10代前半くらい、意識レベル200、肺炎起こしてます……」

 受け入れ側は慌ただしく準備をする。数分して到着したその患者は唇が青く、やつれて真っ白な顔、裸足で爪が割れて血が滲んでいただ。

 多分元は白かっただろうズボンは汚れて灰色になり、裾が擦り切れてほつれている。

 着ていたシャツは昨晩からの雨でぐっしょり濡れていたため、ここへ到着するまでに脱がされていた。

 体に力が全く入っていない。左側頭部をやや打ったのかコブが出来ていて、左肩と肘にも青あざができている。

 ただならぬ外見だ。おまけに今回も身元が分かるようなものは何一つ持っていない。先に入院している同じく身元不明の少年とかぶった。


「んっ?」

 左肩の腫れの様子をみた看護師が思わず声を上げた。周りがどうしたと声をかける。

「傷……じゃないな、数字が書いてある……4、7、……2?」

 みんなが覗きこむ。彼のいうとおり、左肩のあたりに古い傷があるのだが、それが3桁の数字にみえるのだ。薄くはなっているものの火傷跡のような皮膚の変色。でも一体なんのために?

 それ以外にも体のあちこちに、不審なあざや傷があった。古いものもから新しいものもまで。

 両足首には一部皮膚がつれたような感じの跡があり、右わき腹には深くえぐられた傷が同様にひきつれたようになったもの、腕にはリストカットとは異なるいくつかの切創の跡と不自然な点状の跡がある。

 てきぱきと一通りの施術を追え、手術着に着替えさせて点滴をつなげる。彼はこの日目を覚まさなかった。

 



 ”アカイ君”の元には今井が今日も、何か収穫のありそうな会話ができないか挑んでいた。

「どう、気分は」

 挨拶がわりの決まり文句。笑顔をつくってカーテンの内側に入る。また片目なのに力強い視線を向けられた。

「昨日よりいいです」 

「そう、それはよかった」

 熱や脈などの数値をカルテに書き込み、目の上の傷の様子も聞いてみた。

「左目の痛みはどう?まだズキズキする?」

「いえ、でも重い」

「仕方ないよ、しこたま殴られたみたいだしね」

……ちょっと、踏み入ってみるか。

「君いくつなの?」

「14です」

 初めてまともな回答が返ってきた。

「え~! 14? すごいね、何か鍛えてたの? スポーツとかやってた?」

 これはわざとでなく正直な驚きだった。その辺の14歳に比べたらかなり鍛えられた体付きで、腹筋も割れていたし全体ががっしりしていた。二の腕も太く固い。

「……スポー……ツ?」

「うん、球技とか、陸上とか。あ、器械体操とか?」

 彼はわずかにうごく首を横に振った。じゃあ一体何をしたらこんなことになるのか。ただ、その鍛えた体のおかげで怪我もこの程度ですんだのかもしれない。そうでなければ今まだ生死の境にいただろう。

「元気になったら何かしたら? もったいないよ。すごい選手になれそう」

「選手?」

 少しでも希望を持たせ前向きにさせようとおだてて見る。

「なれるなれる! オリンピックとか行けちゃうかもよ~」

 無表情のままだった。なんだかはしゃいでいるのが恥ずかしくなってきて、話題を変える。

「……にしても、お名前ないと呼びづらいねえ」

 鎌をかけてみる。じゃあ●●って呼んで下さいと言ってこないかと。

 彼は何も返してくれない。やはり触れられたくないところなのか。


 しばらくの沈黙の後。

「じゃあ、名前ください」

 今井は予想していない答えに慌てた。無表情なので冗談ではなさそうだ。

「え? あ~~、勝手に私が名前付けるわけにはいかないから……。でも誰かがつけなきゃね。わかった。みんなで相談しておくからね」

 これもノートに書き留める。それにしても心情が読めない子だ。何を考えているのか、全く見えてこない。ほとんど表情が変わらないのだから。



「アカイ君のことなんだけどさあ」

 同僚に病室での一件を話してみた。

「やっぱ、児童相談所で引取り先見つけてもらったほうがいいや。あの子ほんとに身寄りないよ。これ以上調べる方が無駄」

「確かに。映画の世界じゃないけどどっかの組織で秘密工作員育成とかされてたんじゃないの~~?」

 冗談交じりで同僚が言うが、もしかしてと思ってしまう自分がいた。

「そうだ。ほら、風の子園。あそこに入れてもらえないの? 杉村センセの奥さんがいるとこ」

 外科の医師、杉村の妻は、さまざまな事情で親と住めない子供や、身寄りのない子供が生活する施設「風の子園」でスタッフをしている。

 すれ違った際少々尋ねてみると、もうすでに話は進んでいて受け入れ可の返事があったそうで、彼の回復を待って入園になるんじゃないかと教えてくれた。ひとまずほっとした。

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