第1話 話を飛躍させるやつは大体秘密事が多い。
光に飲まれ、男は先ほどまでいた商店街の裏路地から姿を消した。
そして気づくと、辺り一面が真っ黒な空間に変わっていた。
「ちっ、目が!」
そう、実際に黒いわけではなく、男が青白い光で目をやられていたため、目が開けられないのだ。そのため、全てが黒く見えていたのである。
***
時間もたち、目を開けると天も地も真っ白な空間が男の目の前に広がっている。「一体なんだ! どこだここは!」と普通なら驚くだろう。
「白い空間……結構見てきたけど今回のは映像で白くしてるとかではなそうだな。とりあえず歩いて出口を探すか」
そう普通なら。
しばらく歩いても、出口は見つからなかった。気分的には、歩いているかもわからない状況だった。歩いても歩いても、風景は変わらず白いため、どこまで進んだのかもわからない。
(どんだけ進んだんだ? 歩いても歩いても疲れないな。この白い空間といい。おれは死んだのか?)
そう思いいつも歩いていると、男は何かの気配を感じ取った。
これは、決して気のせいなどではない。
森の中や心霊番組を観た後の風呂に一人でいると、わずかな物音、風呂場での背後の視線、動物の足音などが鮮明に聞こえる。これに似た極限まで高められた五感に疑いは無かった。
(誰かいるな……1人か? どうやら姿を見えないようにしてるらしいが、俺からは逃げられねぇ)
そう思いつつも、男は再び歩き出だした。
トタトタ……
やはり足音がなっている。それを聞き逃さないわけがなかった。
そして男は、タイミングを見計らったかのように首を後ろに回し背後を見た。
すると、そこには可憐な立ち振る舞いをした女性がスッと立っていた。
容姿は、非常に美しく誰が見ても口を揃えて美しいと答える。髪色は美しい碧色。目は深く静かに輝く紅色。
まさに、見る人すべてを虜にする容姿であろう。当然この場であっても、普通なら目を見るだけで思わず見とれてしまう美貌を持ち合わせている。
「あの、日本で青髪ってあんまり流行りませんよ?」ブフッ
まぁ、普通ならの話だが。
「よ、よく私がいるのがわかりましたね。本来人間の五感では私を認識できないはずなんですが……人間の域を既に越えているとは流石です。元喧嘩屋の五神忍さん」
女性は、笑われた事に動揺しながらも、冷静に気品のある立ち振る舞いで男に話しかける。
「それ知ってる奴なんて限られてくんだけどな。あんた何者だ?」
男は自分の過去を知っていることに、少し表情を強張らせた。
「私は女神。名前はサファイア・ラージェリーです」
女性は男の質問にズバリと答えた。
しかし、その内容は耳にすれば「え⁉︎」と返したくなるような内容だ。
「なるほど、女神ねぇ……神に会うのは初めてだな。まぁでも神様なら、俺みたいな一介の人間の情報くらいあって当然か」
「あれ? あ、あまり驚かないんですね。えっと……ほら、もうちょっと驚かれることを予想してたので」
驚かれる予定の女神が、驚いて話をしている。変な話だ。だが、驚くのも不思議ではない。神を見てもなんら驚く様子のない人間がいるのだから。
「まぁ、俺も頼まれ屋やって2年だけど、色々あったしな。UMAや都市伝説、幽霊とかまゆつばもんとは大体会ってる。そん中に、女神がいたってそこまで驚かないのは普通だろ?」
男は「別に普通だろ?」と言わんばかりに話すため女神は頭を抱えざるおえない。
「はぁ……それは普通とは言い難いですよ。頭を打ったとかじゃないですよね? 自分の名前は言えますか?」
「なんだ? 自己紹介すればいいのか? 俺は五神忍≪ごかみしのぶ≫。趣味は入浴剤集め以上。じゃ、今度はこっちが質問する。俺は変な光に呑まれてここにきた。似たような感じで、少し前女の子が1人ここに来なかったか?」
忍は写真を見せながら女神に質問をした。
「え? さ、さぁ? な、なんのことやら? そんな子知りませんよ〜」
女神は顔に汗を流しながら、ピューピューと口笛を吹き、とぼけたような口ぶりで質問に答える。
「そっか〜、知らねぇか」
「は、はい!全くもって全然知らないです!」
「そっかそっか。全くもって全然知らねぇか」ニコッ
「…………」
汗をダラダラこぼしながら女神は半泣きで男の方を見つめる。
それを悪意のある、にこやかな表情で男は見つめ返す。
「あ、あの! 本当に知らないんです! だからそんな獲物を狩る時の目をしながら近づいて来ないでください!」
「はぁ、そうかよ。疑って悪かったな。どうも、大人になるとすぐに疑心暗鬼になっちまうもんでな。時折、純粋なあの頃に戻りたくなる。ところで、この子っていつ頃ここに来たんだ?」
男は諦めた口調と表情をあらわにし、さりげなく一つの質問を女神にした。
女神も諦めたのかと、ホッとして質問に答える。
「えっと、確か2日前……あっ!」
女神はまた、だらだらと大量の汗を顔に流しだす。そして、半泣きになりながらも、無駄な弁明を男にし始めている。
「えっと……あはははは」
言い訳は思いつかなかった。
沈黙と凍りついた空気のみが白い空間を漂う。最低最悪の空気だ。
「ははは……やっぱり知ってんじゃねぇか! つか、何? 隠し事下手すぎない? 女神は純粋ってのをアピールしたいの? かわいかぶりやがってこのやろう! 早くどこにいるのか言いやがれ!」
忍は女神にグリグリをしながら詰め寄り、情報を聞き出そうとする。
「痛い痛い! わかりました! 言いますから! 言いますから! ぐりぐりやめてください!」
グリグリをしている本人も、言うのに時間がかかると思っていたが、忍の3倍吐くのが早くて本当に女神かを疑い始めている。
だが、この状況は忍にとって好都合だ。
「で? この子は今どこにいるんだ?」
「……彼女は今、異世界にいます。彼女は、発見時には死亡していて肉体がなかったため転生して新しい体で命を繋ぐという形になりました」
それを聞き忍は、深刻そうな顔をし悩み始める。それもそのはず、依頼人の彼女がまだ生きている希望を失ったのだ。まだ若い少女の命が、失われていることに忍は胸を少し痛ませた。
「やっぱり死んでるのか……なら連れ戻すとかは無理なそうだな。とりあえず母親には、死んでたって伝えるしかねぇか……」
忍が1人でにそう言うと、女神は申し訳なそうに、そして哀れむように肩に手をポンと乗せた。
「すみませんが、貴方を元の世界に返すわけには行きません……」
「おいおい、どういうことだよ? 勝手に連れてきといてそれはねぇんじゃねぇの?」
「申し訳ないですが、ここにくればどのみち帰れません。貴方には彼女と同じ世界に行ってもらいます。これには、一切の拒否権はありませんのでご了承ください」
これを聞くと、流石の男も焦った。焦るのも無理はない。いきなり、得体も知らない世界に行ってくれと言われてるのだ。驚くのが普通だ。
「何で俺なんだよ」
「それは……運命の導きによりあなたが光に選ばれたからです」
「選ばれた? すると、写真の子も選ばれたって事か?」
「そうなりますね……この世界からは3人選ばれるんですが、その内の1人になったと考えてください」
女神曰く、忍は選ばれたと言うことらしい。ここでいくつか不可解な点があるがやはり気になるのが、なぜ男が……いや、なぜ選ばれたのが限定された3人なのか。そしてそもそも異世界とやらに行ったとして彼らは何をすればいいのか。分からない点が多い上にキナ臭すぎる。そもそも、目的が不明では話にならない。男は女神に異世界へ行く目的を聞くことにした。
「なぁ、その世界に行ったとして俺は何をすればいい? そもそも、なんのために行く」
「率直に言いますと、その世界を救って欲しいんです! だけど、この場合は選択肢があります。世界を行くのは強制ですが、救うか救わないかは貴方の自由です。あなたの第2人生ですから。ですが、私としては、世界を救って欲しいです。どうか、お願いできないでしょうか」
女神は深く頭を下げ男に頼み込む。目は鋭く、しっかりと忍を捉え強い視線を流し込む。その目にはとても強いなにかを忍に感じさせた。
「おい、頭なんて簡単に下げるな。バカでも一応神だろ」
「バっ!? こ、こほん! い、今の無礼は目を瞑りましょう」
「救う救わないは一旦おいといて、今その異世界とやらはどういう状況なんだ?」
「ここからは長くなります……」
***
話しは、空中に巻物のようなものが出てきて、音声を発しながら読み上げられていくものだった。
巻物にしめされた世界を見て、忍は目を輝かせる。巻物にはこう記されてあった。
〜魔法と剣そして異世界〜
昔々の大昔、まだ種族同士の争いが絶えない時代、神が突如として地上に現れた。
争いを止めるという善意がためか、それとも均衡を築くためかは定かではないが、神は地上の争いに終止符を与えた。
しかし、争いを収めた直後に魔族と呼ばれる種族が誕生し、再び争いが起こります。
この種族は、途方もなく強く神と同等の力を持っているのです。光と闇は戦い続ける事になり、最終的に神がダンジョンと呼ばれる器に魔族を封印しました。
そして世界は、束の間の平和を手に入れたのでした。
〜世界の単語〜
・力……この世界は、主に剣と魔法が戦闘の主流となっている。
・種族……この世界の種族は神、人間、エルフ(妖精)、巨人族の四種類。獣人(亜人)と呼ばれるものもいるが、これは雑種のため種族に分類されない。幻の魔族もいるが5代昔に神に封印された。幻の中には珍しい龍族もいるらしいが伝説上であり現在は確認されていない。
・職業……この世界の職業は沢山ある。刀鍛冶や回復術師。魔導師や剣士、冒険者に格闘家など様々だ。さらにはまだ増え続ける。
勇者……一部の神や女神によって認められた勇者の血族の者が到達する最高レベルの人間。つよさは個人差もあるがとてつもなく、幻の魔族とも戦える戦闘力をもつ。力は先天的に所有している。
国……現在、国と大陸は種族によって分けられている。神は天界にいるため、地上にいない。厳密、三種族と獣人で土地を分け合っている。
・ダンジョン……ダンジョンは沢山あり、それぞれに魔族を閉じ込めている。ダンジョンの一つには、かならず一体の上位魔族・魔獣を入れており、中には魔王幹部がいるものもある。
***
巻物による異世界の説明は、2時間にも及んだ。一応全てを見終わった。今にも、眠りそうな忍が目を擦らせる。
「まぁ、だいたいわかった。けどなんか引っかかる」
話を聞いた時点で忍は、何か一つ引っかかっていた。それは勇者についてだ。
「なぁ種族の争いって止めたんだよな? そんでもって魔族もいない。なのに、なんで神は勇者なんてまだ作ってるんだよ。必要ないだろ。それに争いだって終わってるんだろ? なら俺なんて本当に行く意味ないだろ」
すると、女神は一瞬キョトンとして、それからすぐに表情を戻した。
「いい所に気がつきましたね。それも、これから話す今起きてる事に、関係ありますからね。心して聞いてください」
そう言った途端、今までにない雰囲気とオーラを纏った女神がそこにいた。
その姿は、神々しくさっきまでの間抜けな感じはなかった。
「まず、ダンジョンにしてあった神々の封印が解け今、各大陸でダンジョンが出現しています。このダンジョンは破壊しないと、中にいる魔族達が外に出てしまい、再び世界が魔族に蹂躙されます。今回、魔族に復活されては、神でも救うことができません!」
忍には理解できた。だが同時に、自分が行ってどうにかできることではないと思った。それも当然。忍には未知なるものとの戦いに経験はあるが、魔法や魔術などの経験はない上に、魔族や魔王などを、相手にできるはずがなかった。
「それ、俺が行ってどうにか出来るもんなのか?」
忍がそう言うと、女神は少し黙り込み、絞り出すように声を出し忍に答える。
「正直、かけです……あなたの異世界に行ってから形成される魔力の量、そして固有魔法の強さで決まります」
「え? 能力って自分で決められないの? ランダム的な感じなの?」
「えぇ、まあそれはそうでしょう? 固有魔法は、その人の個性が出ますからね。あなたらしい、強いものを期待していますよ」
ここで一つ、忍はどうしても疑問に思うことが一つあった。いや、おそらく皆ら気になる疑問だ。
「もし仮にその世界に行ったとして、俺ってその世界の言葉とか文字ってわかんの?」
その質問には慣れてるのか、女神は落ち着いた感じで忍の疑問に答える。
「それならご安心を。その世界に着いた途端、言葉と文字を脳に直接インプットする様になってるので、文字も言葉もちゃんとわかりますよ!」
それを聞くと、少し安心したように男はフーッと息を吹いた。
「そりゃよかった。言葉が分からないんじゃ苦労するだろうしな。だってほら、Google翻訳は持ってけないし」
「……」
「……あれ? 面白くない?」
再び、この空間に寒く重い最悪の空気が流れていくのを感じる女神と忍であった。
「まぁ、笑えるジョークはこれくらいにして、とりあえず行ってみるか。その異世界とやらに」
その言葉に女神は少し喜んだ。
いや、喜んだというよりは安心したの方が正しいだろう。
「わかりました。では、武運を祈ります。
異世界への扉よ白き光の力のままに開け<<ゲート・ザ・オープン>>」
女神が呪文を唱え終わると目の前に、白く神々しいドアが現れた。
それは、忍にとっては今まで見たどんなものよりも神秘的だった。
「いいねぇ。新しい門出にはもってこいだ」
「準備はできました。あとは頼みましたよ。世界を救ってきてください。お願いします。五神忍さん!」
女神は忍の方にニコッと笑顔を見せた。
普通ならば、赤面して手を振り「わかりました! 世界は任せてください!」という所だろう。
「え? いや、別に俺世界なんて救う気ねェけど。転生したっつう子を元の世界に連れ戻しに行くだけだぞ? 世界を救うなんて大役それこそ勇者にやらせろよ。ま、そう言う事だから! じゃな!」
これも、普通ならばの話だ。
女神にそう言い残し、忍は白い扉に入り異世界へと姿を消した。その姿を、女神は唖然としながら見届けた。
「え? え? 嘘ですよね? 嘘ですよねぇ!!」
叫ぶ女神の大きな声が、何もない白い空間で虚しく響いた。
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