第30話・海浜公園の人気無き戦い

 「………どうして、あなたがここにいるのだ!マリャッスェールス殿!」


 言うや否や、ラジカセを俺に押しつけて体を奔らせる。抜刀を済ませたその身は既に鎧で覆われ、戦意に満ちた雄叫びを上げて真っ直ぐに舞い上がった。


 「なっ、なんで斬りつけるんだおい!」

 「シュリーズ!」


 記憶に間違いが無ければ、マリャなんとかという名前は確かラチェッタが言っていた叔母のことだったと思う。いきなり斬りかかる理由なんか無いんじゃないのか?


 「ラジカセ!ラチェッタを呼ぶぞ!」


 一刀を軽くかわされて、その向こうに着地したシュリーズはこちらを向いてそう叫んだ。


 「やれやれ…あまりこの手は使いたくはなかったのだが、やむを得んか。小次郎、正宗嬢。耳を塞いでおけ」


 こちらはまだ余裕のありそうなラジカセは、そう告げると俺の腕から離れて空高く舞い上がる。


 「お、おい何をする…どわっ!」

 「ひゃっ!!」


 突然の展開についていけない俺と正宗が見上げる先で、ラジカセは全身を眩く発光させると次の瞬間、まるで自爆でもしたかのような大音響を上げた。

 幸いに俺も正宗も、あらかじめ言われた通りに耳を塞いでいたので耳をやられるようなことはなかったが、それでも耳に押し当てた手のひらを通じて届く轟音に思わず悲鳴をあげてしまう。


 「…主、届いたぞ!間も無く到着するはずだ!」

 「よし!ならばそれまで抑える…っ!」


 あいつらの間でだけで通じるものがあったのか、シュリーズはまた迷い無く黒髪の女に襲いかかった。

 降下してきたラジカセは俺と正宗の前に、空中戦じみた格闘を繰り広げる二人から遠ざけるように開かって、もっと下がれと告げてくる。


 「言われるまでもねーわ!正宗、下がるぞ」


 俺はまだボーッとしている正宗の手を取って距離を置く。どれくらいが安全なのか、判じ得ない中で小走りに引っ張っていくと気を取り直したのか正宗が俺の腕を逆に引っ張って立ち止まった。


 「ね、ねえっ!シュリーズ大丈夫なの?!何が起きているのよ!」

 「知らねーよ!それよりお前大丈夫か?」

 「あ、う、うん。それは問題無いけど…ありがと」

 「どういたしましてだ!」


 こんな状況ではあっても、空気も読まんと照れた様子の正宗。それどころじゃないと言いたいところではあるが、離れたお陰で二人の様子をうかがう余裕も生まれて、ついでに正宗も落ち着きを取り戻したようである。


 「っで、結局何が起こっているの?」

 「俺が聞きたいところだが…ラチェッタの叔母とかいってた人だと思う、あれ」


 一昨日の夜に掻い摘まんでしか話していなかったものの、その存在は正宗も認識済みだったから、俺の一言で誰なのかは承知してくれたようだ。

 けれど、それがどうして今ここにいて、何故シュリーズと戦っているのかがさっぱり分からん。


 「…面倒なことになりそうなのでな。一刻も早くマリャッスェールスを抑えねばならん」


 傍に居ても役に立たないこと確定のラジカセが、避難した俺たちのところに寄ってきて疑問に答えてくれる。


 「面倒はいいけどよ、コレ騒ぎにならないのか?」

 「詳細は不明だが、とにかく件の人払いの効果があるようだ。彼女のものか、あるいはそれ以外の誰かのものかは分からん。どちらにしても今はそれを気にしてもいられん。小次郎、見ろ」


 こいつが俺を名前で呼ぶのは大体碌でもない事態が進行してマジになっている時だ。なので茶化したりもせんと飛び跳ねている二人に視線をやる。


 「…なにあれ。シュリーズが……」


 絶句する正宗。俺の方はといえば、ラチェッタと対峙した時のことを思い出して呻き声すら上げられない。


 「兆しが顕れている。どうも何かしら知っててやっておるようだな」


 ラジカセは兆し、と言った。嫌な予感を言葉にすれば…シュリーズが『狂戦士』と化する前兆に他あるまい。

 表情までは伺えないが、いつの間にか革を折り重ねたような、見ようによっては鎧とも思える装いに変じたたマリャ…マリャシェだっけか、はそれほど長くはないものの、槍のような得物を手にしてシュリーズの撃ち込みを捌いている。

 攻撃を逸らしているだけに見えるが、空中で地上で、何度もそれを繰り返すのが容易なようには見えない程に、シュリーズの撃ち込みは激しさを増していく。


 「ね、ねえシュリーズなんか辛くない?!」


 だが正宗が言うように、かえってそれが焦りに見えている。


 「がぁっ!!」


 シュリーズがケモノじみた咆吼と共に、全力で両手剣を叩き込んだ。そのような攻撃は幾度も勢いを殺され逸らされ、動きが止まることは無かったのだがこの時ようやく、マリャシェはあしらいきれなくなったのかそれを正面から受け止め、力比べのように互いの得物を押しつけ合って足が止まった。


 それに至り、俺はシュリーズの姿を目に留めることが出来た。

 全身を覆う鎧。そう、体の他に腕や足を守るために纏われたそれは明らかに、その下にあった青色の装いをすっかり隠してしまっている。間違い無く鎧が体を覆う面積が広がっているのだ。

 それだけではない。機能的にどういうものなのかは分からないのだが、鎧のパーツそれぞれが二回りほど大きくなり、手足を振るうにも不自由になるんじゃないかと危惧する程に、無駄に見える突起が増え、それがために一層禍々まがまがしい印象を受けてしまう。


 「…小次郎、あれ!」


 片方が槍なのでつば迫り合い、というのも妙だが、ともかく睨み合う一方であるシュリーズを指して正宗が叫び声を上げた。

 言われずとも分かっている。シュリーズの、目立つ特徴であった綺麗な金髪がすっかり、兜状のものに覆われてしまっているのだ。

 それは頭部だけではなく額から目蓋へ、耳元から頬へと面積を増やし、このままでは遠からず顔全体を包み隠してしまうようにも思われた。


 「拙い…のか?おい、ラジカセ」


 危機に瀕して秘められた力が解放されて鎧がぱぅわぁーあーっぷ!!…などとドタマの悪いことを考えて能天気に喜んでいられる状況、にはとても見えん。

 そしてシュリーズが口をきくどころでないのなら、話を聞けるのはコイツしかいない。

 のだが。


 「…ちょっと、ラジカセのひと?聞いてる?シュリーズが、あれって危なくないのっ?!」


 目を離せない方俺に代わって正宗が問い糾している。

 が、ラジカセから応答は無い。


 「おいっ、聞いてんのか!シュリーズやばくねーのかよ、ラジカセ!」


 焦れて正面を向いたまま俺も声を被せるものの、返事は無かった。

 仕方なしにその宙に浮いているだろう姿を目で追うと、地面に横転していた。


 「え、なに?ラジカセのひと死んじゃった?!」


 いや死んだとかいう物言いが妥当かどうかはともかく、普段から何くれとなく余計なことを口にしてそこらの人間以上に個性の強い無機物は、ただ転がっているだけでかえって虚無を匂わせる。言い方を変えれば…確かに正宗の言うが如く、死を強く感じさせた。


 「お、おいっ…おめーがそれだと…アイツはどうなるんだよっ!!」


 そして、その出自がシュリーズ自身だったことを思えば…。


 「…ヤベぇ……どうすりゃいいんだよ…おっ、おいシュリーズ!お前どうしちまったんだ!」

 「小次郎…どうすんのよ!」

 「シュリーズぅっ!!!」


 ピクリ。

 拮抗した力のぶつかり合いにより、身動き一つ取れなかったシュリーズの肩が、揺れた。


 「…き、聞こえている……らじかせなら…今は、ここにいるから…大丈夫、だ」


 呻き声に紛れて聞き取りずらいが、低く静かな声は間違い無くシュリーズのものでその意志も見て取れる。

 安心、ってぇわけにはいかないにしても、この場をどうすればいいのかヒントの一つもないと動けやしない俺と正宗には、福音には違い無かった。


 「一体何が起きてんだ!俺たちゃどうすりゃいい?」

 「……来るなっ!」

 「…っ!」


 その声をせめてもっと近くで、という意図はあっさり阻まれた。当のシュリーズからの、鋭く厳しい声に。


 「……済まない、ラチェッタの時どころではない……自分が、保てるかどうか自信がない……」

 「え、それって…まさかシュリーズが…」


 制止を聞かずに駆け寄ろうとする正宗を必死で抑えるが、今こうして止めている俺自身がもっと近くに行ってやりたいってのに!

 だが、俺たちの声だけでも何かを取り戻すことが出来たのか。微かに見える口元がふっと緩んだかのように見えた直後、まだしも張りのある声で上げた気合いと共に、重ねた武器と武器を激しく鳴らして、シュリーズは相手と距離をとった。


 「…………小次郎、正宗。危険は承知している。だが、今はそこで見ていてはくれないか。お前達の声があれば、もう少しは私のままでいられる…っ」


 ほとんど同時に俺と正宗は息を呑み、互いに顔を見合わせる。もちろん、考えていることは同じだった。


 「いいよ。何が起きているのか分かんないけど、シュリーズがそれで頑張れるならここにいる!」


 けど、それで事態が好転するアテがあるのか。

 一昨日の時と同じようにシュリーズが狂戦士の本性に堕とされるのだとして、今度は完全にそうなってしまう前に引き返せるのか。


 「ありがたい…では、もう少し耐えてみせるとしようか…」


 正直、今度はもっと、どうにもならないというか冗談で済まない雰囲気がある。


 「マリャッスェールス殿。あなたがどういう経緯でこの世界に来たのか…問うには今少し、私の理性が伴わない……だから」


 シュリーズがさっき何かしたのは、確か。


 「あなたの可愛い姪御が、この場に現れるまでの間」


 ラチェッタを呼ぶとか、言っていた。


 「付き合ってもらおうかァッッッ!!」


 尽きようとする何かを残らず吐き出そうとするかの勢いで、吶喊していく。


 「待てシュリーズ!時間稼ぎするんじゃないのか?!」


 稼いでどうにかなるってもんじゃないだろうが、ラチェッタを呼びだしているのであればそれが到着するまで、もう少しやり様はあるに違い無い。

 だが、今のシュリーズはそこまで考えが回らないのか、あるいはそんな力加減をしている余裕が無いのか。

 そのどちらであったとしても、狂気が剥き出しになりつつある姿からは事態の解決を図るための手立てを引き出すのは難しいだろう。


 「シュリーズ!負けるなあっ!」


 こっちはこっちで何か勘違いしているような気がする。

 とはいえ、俺だってもうこうなると見守るしか出来ないわけで。

 …シュリーズとマリャシェという女の違いといえば、シュリーズは相変わらず跳んだり跳ねたりでしか届かない場所に、相手の方はそのつもりがあれば留まっていられるように見えるところだ。早い話が空を飛ぶ…程でなくとも、そこにいるのにシュリーズよりも圧倒的に苦労せずにいられる位置を握っている。

 そしてその点で、自分から突っ掛かっているシュリーズは不利にならざるを得ない。


 「…そもそも何であいつ、自分から仕掛けていっているんだ?」


 正気を失いつつあるのは分かるが、どう見たところでその原因が相手にあることは違い無いだろう。なら近付いたり無理に戦おうとしなければ、もっとマシでいられるんじゃないのか?


 「…う……」


 考えても結論の出ない問いに俺が頭をグルグルさせていると、後ろで何かうごめく気配がする。この状況じゃあ不穏なものであってもおかしくはないと、前に注意を払いつつ振り向くと、横に転がっていたはずのラジカセが起き上がってきたところだった。起き上がって?


 「おい!お前無事なのか?」


 正宗にはシュリーズから目を離さないよう言い含めておいて、俺の方はラジカセに駆け寄った。とにかくこいつが会話出来るようであれば、この状態をなんとかする手立てを講じにゃならん。


 「…意識はある、が…まだ持って行かれそうではある…小次郎、長くは保たんぞ」

 「また物騒なことを言うじゃねえか。今どういう状況だ?」


 浮き上がる力も無いのか、見たまんまの無機物なりの存在感で、それに話しかける自分が少しおかしい真似をしているという、妙な話だが錯覚にも囚われる。それだけこいつらに慣れてしまったってことか。


 「分からん、一つだけ言えるのはマリャッスェールスめ、主に何か及ぼして狂戦士へと導いた、ということくらいのものだ」

 「…シュリーズはそれに気がついているんか?」

 「我が身に起きた事象くらいは理解しておろうが…ただ、それを抑える術がない。ラチェッタ嬢が間に合えばどうにかなる…とは言い切れぬが、少なくとも何もせぬよりはマシであろうよ」

 「逃げるとかは」

 「マリャッスェールスは何か目的を持って主を追いかけてきた。その目的が主の狂戦士化と関わるのであれば無駄であろうな。今この場でなんとかせねばなるまい」


 くそっ。結局俺が何か出来ることなんか一つもありゃしない。

 歯噛みしつつシュリーズの方を向く。珍しくも先に地面に下りたマリャシェを宙から追撃する形になっていた。

 いつか聞いたのと同じ音、凄艶とも言える金属同士の打ち鳴らす音が耳に…響かない。


 「シュリ…っ!」


 正宗のシュリーズにかける声も悲鳴じみたものになっていた。目を疑うしかなかったが、シュリーズの打ち据えた剣が、一方的に折られていたのだ。

 いや、折られたというよりもあれは。


 「…消えた」

 「…いかぬ、ついにその意志すら手放し…クォ……」

 「ラジカセ?!」


 一つ小さく呻いたかと思ったら、再びラジカセは沈黙していた。

 そして、シュリーズはその呻き声すら無く、蹴りだかパンチだか知らんがとにかく何かぶん殴られて、地面に転がされていた。


 「くっそぉぉぉ!そっちもか!一体アンタは何なんだ!何がしたいんだよ!!!」

 「小次郎…」


 日曜の、真っ昼間の、晴れた空の下、海っぱたの公園で。

 俺は隣の家の幼馴染みと一緒に。

 つい先日出会ったばっかりの異世界の少女の仇を取れそうも、ない。

 …自分で何言っているか分からねえし。

 けどまあ。なんというか。


 「シュリーズ…小次郎……どうしよう……」


 この、なんか打ち拉がれたヤツくらいはなんとかここから逃がしてやりてえなあ。俺のワガママで巻き込まれたようなもんだし。


 「………ふぅっ」


 何処に行っても、何があっても、取りあえず俺は逃げることで済ましてきた。

 特に海外に行ってた時なんざぁ、親父があの調子なもんだからトラブルがダース単位で襲ってきたもんだった。

 流石にそんときゃあ親父の先導ではあったけど、俺一人で巻き込まれた時も、頭回るより先に足が回ったもんだったなあ。


 「……よし」


 覚悟完了。さて、あとはどうすりゃあいいか。


 「小次郎。あたしだけ逃がそうったってそうはいかないわよ」


 ………しまった。時間かけている間にこっちも覚悟決めやがった。


 「んなこと言ってもだな。アレが二人とも見逃してくれると思うか?」


 のしり。


 「でもシュリーズと約束したから!声をかけていればきっと!」


 のしり。


 「そんなマンガみてーな都合のいい展開期待してどうすんだっての。いいから逃げられる時に逃げとけ」


 のしり。


 「じゃっ、じゃあ小次郎はどうすんの?!」


 …のしり。


 「…今まで逃げ回ったツケだと思って、ちぃっとばかり踏ん張ってみるわ」

 「こじ」


 ろう、まで言わせず、正宗の腕をとって地面に引き倒す。

 と同時にマリャシェなる女の回し蹴りが、正宗の消えた空間を薙いだ。

 恐ろしいことにその風圧だけで転がされそうになる。


 「…こりゃ洒落にならんな。正宗、いいから立って逃げろ。このねーちゃん俺たちにはそれほど興味なさそうだから、一人くらいなら逃がしてくれるかもしれん」


 言いながらも立ち上がるのを待たずに掴んだ腕をそのまま引っぱり上げた。

 何が起こったか分からない様子ではあったが、危険が目の前にあることだけは理解しているだろうと、掴んだ腕が震えているので分かる。


 「でっ、でも!」


 なのに物分かりだけは全っ然あかん。


 「シュリーズ放っておけないよ!」


 んなこた俺だって分かってんだよ!けどお前だって怪我させたくねえんだよ分かれよ!


 「いいから逃げろ!」


 さっきの蹴りは威嚇だったのだろう。明らかに俺でもそれと分かる予備動作があった。でもいつまでそうしてくれるのか。追い払おうとだけしているうちに正宗を逃がさにゃならん。

 焦慮だけが募る。

 そして手の届く距離にある絶望にだけ、意識が向いていた俺とは違って、俺たちが今一番大事にしなければならない存在に目を向けていた正宗が、驚きと歓喜を告げる。


 「…シュリー…ズ……」


 その名は流石に耳に入るのか、マリャシェはピクと動きを止めて今度は、俺たちがいないかのように振り返った。

 俺も、正宗の視線を追う。


 「………ま、だ…終わったわけで、は、ない……」

 「…あいつ……」


 剣こそ失って、どうにか立ち上がろうとしている途中だったが、声に力はあり、背負った鎧の重さを支える手足も震えながらではあっても確かに意志の存在を俺たちに示している。

 …鎧を背負う?

 ……なんかまた、一回り大きくなっているというか段々鎧の一部になってきたというか……。


 「シュリーズ!シュリーズ、立って!」


 矢吹ジョーのセコンドみたいな勢いで立て立て連呼する正宗。いや必死なのは分かるがあの姿見てお前は何とも思わんのか。


 「く、くっくっく、くくくく……」


 けれど、懇願にも似た響きは伏せた面に凄絶な笑みを灯し。


 「…かつてない敵に屈しかけた膝は……」


 片膝に手をかけて体を起こし。


 「…友の声に応え……」


 金の瞳に彩られた面を上げ。


 「……再び立ち上がり、そして……」


 今一度、その手に剣を取り戻す。


 「…屈強の意志により勝利を取り戻す……のだ!………………………………………ああっ?!なんかこの展開ってとても燃えないか?!なあ、小次郎!正宗!私!今!すごくカッコイイ!!」


 …………………………おい。


 「心配しながら見守っていたら一体何なんだおめーは!!」


 苦虫噛み潰した表情の俺と、唖然とした顔の正宗。

 俺たち二人を交互に見るシュリーズときたら、もしかして出会ってから一番絶好調なんじゃねーかという勢いで、心配していたのが馬鹿馬鹿しくなってくる。


 「いやな、今まで散々苦しい思いしてきたのだが、なんだか一周してむしろすっごく高揚してきたのだ!今なら何だって出来る気がする!さあ来いマリャッスェールス!わははははははっっっ!!」


 そう言って無造作に両手剣を右手一本でぶん回しながら高笑いと共にマリャシェに突っ掛かってくる。…のだが、なんか無性に不安を醸し出す空気になってきてないか。


 「おいラジカセ!シュリーズが正気取り戻したんならお前も元に戻っているだろ?!」


 どこにいるのか、と辺りを探すが、この流れだとどっかそこらにふよふよ浮いていそうなもんだが、そういう現実離れした光景はどこにもなく、「小次郎、あそこ!」と正宗が指さした先には、相変わらず物言わぬ家庭電化製品が転がっているだけだった。

 慌てて駆け寄ってはみたものの、叩いても持ち上げても振り回しても何も言わず、思わず正宗と顔を見合わせるうちに、なんかスゲー嫌な予感がしてきた。


 「…あのよ、もしかして」

 「…シュリーズの、あの変なハイテンションって…」


 …間違い無い。あれ、いつも通りに見えてヤバいまんまだ!!


 「あは!あは!あはははははーっ!もう何も恐くない!!」


 陽気を通り越して狂気しか感じない笑い声を遠くに感じる…が、実際には割とすぐ近くで、マリャシェとの再戦が始まった。

 といって、俺と正宗には為す術がない。

 タガが外れてか、単に好戦的になり異形への変化が更に進むシュリーズを呆然と見ること以外に何も出来ない。

 正宗はそれでも何度か呼びかけをしようと口を開きかけていたがその度に、顔の大部分を覆うばかりになった兜から、最後にただ残された金色の瞳に射竦められて立ち往生するばかりになっている。

 俺たちは逃げるでもなく、かといって留まるでも無い、あるいは決断することだけからは逃げているとも言える状況でただ、シュリーズが壊れていくのを見ているしか出来ねーってのかよ…畜生!

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