第28話・出かけるまでの方が手間取る外出

 「ただいま~」


 ちゃぶ台の真ん中に置いた人質の水羊羹の缶が気温ですっかりぬくまった頃、アナが帰ってきた。

 シュリーズに呼びだされたとあっては無視も出来なかった正宗、待ちきれずに水羊羹をつんつん指で突いていたシュリーズ、それに手を出させないよう監視していた俺がそれぞれに居間の入り口を見ると、買い物袋をぶら下げていたアナが入ってきた。


 「あらムネの字。戻って来たんだ」

 「だからムネの字って呼ばないでって…もー」


 浅田にはムネと呼ばせているのに、嫌がるポイントの分かりにくいヤツである。

 ちなみに正宗は別にアナのことを嫌っているわけではない。むしろ一人っ子の正宗にとっては姉みたいな存在だからか、逆に懐いている方だとは思うのだが。

 アナがウチのアパートに住み着いたのはかれこれ四年も前のことなので付き合いは短くないし、俺と親父が不在中の期間がどうだったのかは分からんが、正宗の両親に聞いたところでは結構仲良くやってはいたようだったのだが、どこでどうなって、微妙な距離が生まれたのやら。


 「それで!アナスタシア殿、我が夢はどうなった?!」

 「がっつくながっつくな。ふふふ…これでどうよ?」


 アナが着座するのも待たず飛びかからんばかりの勢いで迎えるシュリーズ。さながらおあずけをくっていたワンコのようである。


 「っていうかこの話長くならないんでしょうね。もうすぐお昼なんだけど」


 さっき朝飯食ったばかりだけどな。


 「お昼前には寝てしまいたかったんだけどねえ…ほい、どうぞ。あ、あとコジローちゃん私にもお茶とひよ子」


 言われんでも用意してるわい、と俺が差し出した湯飲みと引き換えにするようにアナがちゃぶ台に置いたのは、なにやら原色で彩られたパッケージのブルーレイディスクだった。


 「…なんだこれは?」

 「なるほど、ディスクならネットも要らんわな」

 「資料用、趣味、あとうちのセンセの作品がアニメ化された時にもらったのと、まあ数はそんなに無いけどとりあえず見るならこんなとこでしょ。コジローちゃん、プレイヤーかレコーダーあるでしょ?」

 「あん?テレビ視ないウチにそんなもんあるわけが…」


 テレビは置いてはあるが、親父も俺もそれほど視ないので、わざわざ録画するようなこともなく、当然録画装置なぞ設置してはいない。そして映画は映画館で見る主義なのでプレーヤーも無いのだが。


 「何言ってんの小次郎。それがあるじゃん」


 だが、ほらと正宗が指さしたのはすっかり埃を被ったプレイステーション3。テレビ台の下に突っ込んで電源を最後に入れたのが数ヶ月前という代物なのだが、ゲーム機だろうが、これは。


 「ブルーレイならそれで再生出来るよ」

 「なに?本当か。知らんかった」

 「…コジローちゃん、本当に今時の日本の高校生?」


 ほっとけや。


 「小次郎、はやくっ、はやくっ!」


 いや別に今からみる必要はないだろうが。


 「まだ部屋にあるから見終わったら取りにくると良いよ」

 「うむ!アナスタシア殿、感謝する!…しかし、よもやここまで親身になっていただこうとは…私は今、ご近所付き合いというものの大切さを固く噛みしめている…ッ!」


 またえらい即物的なご近所付き合いもあったもんだと、感動しているシュリーズを他所に、俺と正宗は積まれたディスクのパッケージを確認する。

 内容についてはともかく…これ、巻数がバラバラじゃね?一巻があったかと思ったらその次が四巻だったり、逆に二巻、三巻は揃っているのに一巻だけ無かったり…。

 アナも仕事が適当っつーか、もしかしたら途中でそれに気がついてシュリーズが駆け込んでくるのを待ち構えるつもりなんじゃねーのかと。

 隣の正宗を見ると、同じような感想なのか苦笑しながらディスクのパッケージを順に並べていた。


 「アナ姉、あんまりシュリーズに変なことしないでよー」


 うかれているシュリーズの声を背中にぼやく正宗に、俺も全く同感だった。




 「シュリーズもこれで気が済んだ?」


 ハイテンションが落ち着くといい加減眠そうだったアナは、水羊羹の他にひよ子を二つほど平らげて早々に退散した。俺が煎れてやったのは結構濃いめの緑茶だったのだが、寝られなくなるとかないだろうな。若干心配ではある。


 「何を言う。今はまだ我が夢の到達点への階を前にしただけだ。二人ともその実現に立ち会ってもらうぞ」


 で、今は昼飯にするにはちっと早いし(大体、朝飯から二時間も経っとらん)、かといって出かけるには遅すぎる。そんな半端な時間に何をするのか?と言われても名案が浮かぶわけでもなく、代わりに時間が空いたと急に生き生きするシュリーズだった。


 「興味ないこともないけど、休みの昼間からアニメ鑑賞ってのもどうなのかなあ…」

 「…どうも現地のお前たちの反応が芳しくないな。あにめを見ることの何が悪いのだ?」

 「主、当地においてはアニメはどちらかといえば子供向けの趣味とされている。家主殿や正宗嬢はその意味においてごく普通の反応を示しているに過ぎない」


 アナがいたためか、ずっと大人しくしていたラジカセがここぞとばかりに口を挟む。いや、俺も同じ意見だったから特に反対はしなかったのだけど。


 「なっ…それではまるで私が子供のようであると言わんばかりではないか」

 「そういうわけじゃないんだけどね。でも夏休みの昼の最中からエアコンが効いた部屋でアニメの鑑賞会って…小学生じゃないんだし」

 「お前それ、結局子供じみてる、って言ってんじゃねーか」


 言わんとするところは分かるが。俺だって、やることがねーなら涼しい部屋でゴロゴロしつつ、普段なら観ないようなディスクを再生するのも悪くはないと思うし。

 ただなあ。


 「あーもう正宗、わりーけどしばらくコイツ預かっといてくれ」

 「小次郎!私を厄介払いするみたいに言わなくてもいいだろう?!」


 とはいってもな、実際厄介になる未来予想図しか描けんのよ。視聴前に歓喜してからテレビに見入り、見終わったら見終わったで興奮して感想を力説するだとか、そんな感じの絵が。


 「小次郎?あたしの話聞いてた?」

 「おう。小遣い持たせるから二人でどっか遊びにでも行ってろ」

 「む?小次郎はどうするつもりなのだ?」

 「親父がいねーんだし部屋の掃除でもしてるよ。あとそろそろ裏庭の草取りもせにゃならんし」


 一応は管理人代行としての仕事もあるわけで。


 「えぇぇぇぇ…夏場にしては珍しくカラッとした良い天気の日にそんなことしなくても…出かけるなら一緒に行こうよ」

 「天気が良いからするんだっつーの。わざわざジメついたクソ暑い日にやることじゃねーだろうが」

 「で、では小次郎。草取りは私が手伝う。だからこのあにめ鑑賞会への参加を強く求めたい」

 「おめーはおめーで話を聞け。俺は興味無いから一人でやってろ。な?」

 「………」

 「………」


 あからさまにしょんぼりした様子の居候と、不満を顔いっぱいで主張する隣人。なんでいちいち俺を巻き込もうとする、こいつらは。


 「妥協案であるがな、家主殿よ」

 「なんだよ」


 ちゃぶ台の上に鎮座していたラジカセが提案する。しかし、古いちゃぶ台の上に置かれたラジカセを囲む若い男女とか、どういう絵面だこれは。


 「家事に関しては主と正宗嬢が手伝うとして、今日のところは共に出かけておいた方が良いのではないか?雑事の手助けが手に入るのであれば悪い話ではなかろう」

 「らじかせ!それでは私の今日一日の大いなる喜びが…」

 「それは別に今すぐでなくてもよかろう?夜でも構わないではないか。翻って夏の陽気にいわくありげな男女が一線を越える…まさに青春の縮図と言うべきだろう」


 あり得ん寝言をほざくアホは一つ引っぱたいておいて…まあシュリーズのお楽しみに付き合わされるのを除けば、別に俺に反対する理由はない。


 「うーん…小次郎の手伝いするくらいなら構わないけど…。シュリーズ、どうする?」

 「……………………分かった。居候として分を弁えることも時には必要だ。従おう」

 「だそうだ、家主殿」


 むう、シュリーズにそういうことを先に言われてこれ以上逆らったら単に俺がワガママ言っているだけになるな。引き際ってやつか、ここが。


 「しゃーないな。出かけるのであれば付き合ってやる。言っておくが、草取り掃除その他はしっかり手伝ってもらうからな?」

 「…デレたね」

 「…デレたな」

 「…デレたようだな」


 いつ、誰が、どこで、誰を相手にデレたと言うのか。誹謗中傷も大概にしてもらいたい。




 さて、出かけるはいいが何処に行くのか妙案があるわけでもない。

 親父に押しつけられた用事で真鍋さんのところの不動産屋に行かなければならないくらいのもんで、俺には特段行きたいところがあるわけでもない。

 …ああ、そういや庭掃除の道具の補充をせにゃならんなあ、と思い出した。


 「小次郎、行くぞ…どうした、まだか?」

 「ああ、いや。掃除道具が足りないだろうから調べてくる。先出ててくれ」


 シュリーズは、そうか、とだけ答えて外に出て行く。向こうで正宗が何か喚いていたようだが一人でいるわけでもなし、特に問題はないだろ。

 建物メンテ用の道具が入っている、押し入れ側のクローゼットを一通り確認。ゴミ袋、除草剤その他の日常的に必要な消耗品は足りていたが軍手のキレイなのがもう無い。…あいつらに手伝わすなら補充しておいた方がいいか。

 確認が終わったクローゼットを閉じて居間に戻る時、書棚の脇の追加工作したフックに無造作にひっかけられたデジカメに気がついた。ケースに入ったままぶら下がっているそれは特に高級だったりするわけでもないただのコンパクトサイズのやつだが、親父が仕事が関係無い時に常用しているデジカメだった。


 「持っていかなかったのか、これ」


 ケースから取り出して電源を入れてみる。バッテリー残量には問題無いし、カードもちゃんと入っている。

 一応再生ボタンを押して何か写真が残っていないか確認したが、ここで俺の出生に隠された秘密が写っていたりとか、親父が最後に残したメッセージだとか、そーいう面白いモンは全く無く普通に空だった。


 「…ま、持っていくか」


 いちおー仮にもプロカメラマンである親を持つにしては、写真を撮るという行為に俺はさして興味は無い。なので、電源を入れてシャッターを押す以上のことをするつもりのない、道具としては真っ当だがやや不憫な扱いをされるだろうソイツを、荷物になるのを承知の上で持ち出すことにした。


 「あれ、小次郎カメラ持ってくの?珍しい」


 外に出ると待ち構えていた正宗にすぐ見つけられた。といって普通に手にぶら下げていたから当たり前だが、まあ言われてみれば俺がカメラ持ち歩くことなんてそうそう無いからな。


 「かめら?確か風景を絵にする道具であったか。ちょっと見せてくれないか」


 早速興味を持ったらしいシュリーズに絡まれる。


 「いやカメラならお前の借りてるスマホにだって付いているだろ。正宗に使い方聞いとけよ」


 あとシュリーズにンなもん弄らせていたらいつまで経ってもここから動けん。多分。

 早速自分のスマホを取り出して正宗に使用方法を聞き出そうとしているシュリーズの背中を小突いて歩き始めた。

 それほど減っているわけでもないが腹ごしらえをしてからか、それとも俺の用事を先に済ませるか。別にどっちであっても否も応も無いものの、答えの分かっている問いをするのも業腹で、一台のスマホを両側から覗き込んでいる二人を放って先に行こうかという勢いで歩き出すと、前を向いていないまま同じ速度で付いてきた。歩きスマホはやめいっちゅーに。

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