4章・夏の日の午後はドラゴンと

第26話・日曜朝の定番とは

 授業中の居眠りを優しく起こしてくれる美人教師とかいう設定なら多少は気持ち良く起きられそうなもんだが。

 …というのが目覚めて最初に思ったことである。

 つまるところ、今日は何の変哲も無い目覚めを迎えられたわけなのだが、よく考えたらそういうキャラではないもんな、アイツは。


 「うげ…九時過ぎてんのか…」


 大体平日は六時頃には起きているが、夏休み中の日曜はバイトも空けてあり、朝寝をキメこむ日、と定めてはいる。が、いくらなんでも無駄に寝過ぎだろう。

 枕元の目覚まし時計を八つ当たり気味に畳に叩き付けると、俺はのっそりと起き上がって大きく伸びをする。


 「んあー…っと、昨夜寝たの何時だっけか…」


 そりゃあもう、予想通りに寝付きの悪かったこと。

 何せ昨夜は、二階のアナスタシアに借りたマンガのうち長編シリーズものの一つを全部読み終えたとかで、夜中までシュリーズが俺にその面白さを無駄に熱く語ってくれやがったからだ。

 ただしそれだけでこうも寝不足にはならない。何故なら、シュリーズの方が俺よりも夜は弱いからだ。つーか、語ってる最中からして半分船漕いでたからな。

 なので俺の寝不足の原因になったのは、寝しなに確認した、親父からのメールのせいである。

 内容はといえば今何処にいるのかだとか、真嶋さんに連絡しておいてくれだとか、あと大体いつ頃帰国するのかだとかで、シュリーズのことには一切触れていなかった。

 まあそれがムカついてどんな罵倒をメールにしたためてやろうか考えていたら寝られなくなったというわけだった。


 そんなことを思い出しながら、居間に顔を出す。布団のことなんざ、後回しである。日曜だしな。


 「…何してんのおめーら」


 したらそこでは、シュリーズがテレビにかじり付くように見入っていた。また正宗に鍵借りだしたんかい。


 「あ、おはよー小次郎。朝ご飯食べる?」


 というか正宗もいた。ご丁寧にエプロンまで着けておさんどんスタイルである。


 「いやだから何をしているのかと」

 「んー、シュリーズがね、八時半から視たいテレビがあるっていうから開けてあげた。テレビくらい自室につけてあげたら?」

 「そんなもんお前の家で見せりゃいーだろが…何でこっちに来る必要がある」

 「あー、まー、なんか昨夜はシュリーズとお楽しみだったみたいだし、小次郎の顔を確認しておいた方が良いかなあ、と。あはは」

 「それで不法侵入されたらたまったもんじゃないっつーの…ふわぁ」


 あれがお楽しみだと言うんなら喜んで代わってやるわい、という文句を欠伸と共に呑み込み、俺は呑気にテレビを見てるシュリーズを一瞥する。


 「で、アイサツもせんとテレビ見ているこの居候サマは何だっての」

 「…………おはよう」


 こっちを振り返りもせず何を見ているのかと思ったら、仮面ライダーだった。

 日曜の朝のお楽しみ、ということだろうが俺たちの歳で視るよーなものなのか?


 「なんかねー、この後も視たいのあるっていうから朝ご飯十時頃になりそうだけど、いい?」

 「俺は別に構わんが…こいつがメシ後回しにするほど面白いものなのか?」


 いやそれ以前に正宗がどーして飯を作る流れになっている。

 寝起きの頭が回らなくてそちらを追求することを忘れているうちに、正宗のヤツは勝手に台所に出入りして手際良く朝食の仕度の続きを始めていた。




 都合、一時間半。

 シュリーズがテレビにしがみついていた時間である。八時半の少女向けのアニメに始まり仮面ライダー、戦隊モノと立て続けに見ていたくご満足の上、それが終われば朝飯が用意されているのである。実にいい身分だった。


 「…うむ、これで夢が叶った。『仮面らいだぁ』が特に良かった」


 することも無かったので、着替えた後はシュリーズの後ろでボケーッとテレビを一緒に見ていたのだが、確かに仮面ライダーは良かった。なんというか、自分の中の男の子の部分がすげー刺激された気がする。

 かといって飯もそぞろに感想を語る程でもないのだが。


 「いーからはよ飯食え。…このたくあんの燻製?美味いな。持ってきたのか?」

 「お土産にもらったんだって。秋田の…いぶりがっことか言ってた」


 たくあんは甘いのよりも古漬けに近い、しわくちゃで塩っ辛い方が俺は好きである。だが目の前にある黒々したたくあんは、燻製の風味が鼻先を刺激して好き嫌いが分かれるだろうが、燻製は基本的に好きだから全く気にならないし、塩味を洗い流しているためか薄味ではあったが何故か舌に合う。


 「しかし何だな。こうして見ると」


 ちゃぶ台を囲む俺たち三人の他に、今日はラジカセもいる。昨日の日中は全く接触が無かったので地味に久しぶりな感はある。


 「何だ。この流れはまた要らぬことを言いそうだが」

 「察しが良くてありがたいぞ、主。いやな、こう、甲斐甲斐しく通い妻する正宗嬢がけなげでけなげで…翻って家主殿はダメ亭主にしか見えなくて情けないことこの上無い」

 「…………」

 「…………」

 「……をや?」


 俺も正宗も無視。シュリーズまで無言、っつかこっちは鮭の切り身と格闘しているのでそれどころじゃないだけだろうが。


 「そーいう煽りは聞き飽きてんだよ。俺の親父に正宗んトコの両親、希に相良にまで言われる」

 「なるほど、すでに倦怠期か」


 がすっ。


 「ぬおおおお!はしが!箸がぁぁぁぁぁっ!!」


 一体どこに刺したのやら、正宗の箸が二本とも、ラジカセのスピーカーに突き立っていた。


 「ごちそーさま」


 茶碗を重ねて先に立つ正宗は何事も無かったかのようである。しかしこいつがこうも反応するのも珍しい。言われる相手が違うと怒りも新鮮になるというところか。けど、おめーも無機物相手にムキになるなよ。


 「あ、正宗早いぞ。私がまだ食べ終わっていない」

 「食べる前に片付けしておかなかったからね。先に洗っているからシュリーズはゆっくり食べてていーよ」

 「む、そうか…ならば私は茶でも煎れておこう」

 「箸!家主殿!!箸抜いておくれ!」


 日曜の朝…とってももう十時もだいぶ過ぎてるが…から賑やかなことだった。

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