第25話・今は戸惑いに答え無く

 まあそんなことのあったあとは適当に時間を潰した。

 アイドル談義がおっ始まった時は流石に閉口したのだが、適度に距離を保って冷静な相良、関心は特に無いが知らない話ばかりだったのでいくらかは興味深く聞いていた俺、浅田妹は姉の暴走に細かく突っ込みを入れ、正宗はその突っ込みにまあまあと抑えに入る。

 シュリーズはといえば矛先が自分に向いていないもんだから至極落ち着いて俺の背中に隠れていたから特に害を被ることもなく、四時頃に来た電話で浅田姉が仕事から解放されるとのことで、俺たちもそれを折に辞去することにした。




 「結局バイトは見つかったの?」

 「気にしておいてくれるってさ。他にあても無いこったし今は頼りにしておくことにする」

 「ふうん。お姉ちゃんが役に立ったなら良かった」

 「なかなか強烈な人ではあったな。身内の前で言うべきことではないかもしれないが」

 「相良先輩だからそれくらいで済むんですよ…もー、恥ずかしかった!」


 帰り道は俺と相良、浅田の三人でなんとなく固まっている。シュリーズと正宗は何が楽しいやら後ろの方でけらけらと笑っていた。

 ていうかこの組み合わせだと俺が邪魔になっているよーな気がするんだが、相良が俺と話していたところに浅田が混ざってきたのだから致し方があるまい。


 県庁所在地の中心街、にしてはさして広くも無いので、駅前からぶらぶらと歩くうちに人通りも喧しくないくらいにはなっている。その割に歩道の幅はまあある方だから、三人が横に並んでも通行人の迷惑ってわけでもないのだが、もう少し寄った方がよかろうと俺は真ん中の相良を少し、浅田の方に押しやった。


 「えぅあっ?!」

 「おい、日高。押すな」


 …この際意味不明な悲鳴は無視して、相良にだけ言う。


 「ちと広がりすぎだろが。も少しそっち行けって」

 「む、そうか。浅田さん、悪いがもうちょっと寄ってくれな…大丈夫かい?」


 本気で心配そうな相良の声で浅田に目をやると、見事に茹で上がって相良を見上げていた。なんつー絵に描いた恋する少女。


 「なな、なんでもないです!」

 「そうか?なら良いが。日高が押しただけで悪気は無いんだ。済まなかった」

 「はいっ!!……っ!」


 返事は元気良いが、何でこっちを睨む。故意じゃ無いし、感謝されたっておかしくない展開だろが。別にお節介を焼いたわけでもねーしよ。


 「サガラ殿!少しいいだろうか」


 そうして相良を間に俺と浅田が睨み合っていると、後方の二人組からお呼びがかかった、というかシュリーズは特に気にしてはいないようだが隣の正宗が気まずげに止めようとしていた。


 「ん?僕か?…悪いな二人とも。外すぞ」

 「お、おお。まあいいけど」

 「………」


 そう言って相良は、俺と浅田の間から抜けてシュリーズの方に近寄っていった。

 それを見送る浅田の方は…といえばなんか怖くて顔を見られなかった。

 しかし相良も大概なもんだ。こんだけ露骨に好意を寄せられて気がつかないってのも罪過ぎるだろ。

 あからさまに気落ちしたように足が鈍る浅田を促して、後ろの三人と距離を置く。


 「…………」


 そして当然のように途切れる会話。

 まあそりゃそうか。俺と浅田の間に会話のネタなんざそうそう無い。

 気まずいどころか罪悪感すら沸いてくる空気を持て余す俺。仕方ない、悪者になっておくか。

 悟られないよう心中で大きく溜息を一つ。


 「あのよ、一つ確認しておきたいんだけどな、浅田よ」

 「な、なに?」


 ビクッと半歩ほど飛び退く浅田。構わず俺は続ける。


 「お前自分の姉があの性癖なの知っててシュリーズ紹介しただろ。どういうつもりだったか説明してもらおうか」

 「…っう、えと……ひとの姉をつかまえて性癖の悪さを糾弾するとか日高くんもいい趣味してるわねー…って……う、うん。悪かった。ごめん」


 素直に謝って項垂れる浅田。意図が外れて逆に慌てる。いやそこは俺に食ってかかってきてもらわんと。


 「その、正直に言えばお姉ちゃんにシュリーズさん見せたら驚いて喜ぶだろうなあ、とは思っていました」


 とはいったものの、なんとなく元気は出たようだった。悪い傾向ではないので先を促す。


 「けど別にそれが目的だったわけでなくて…その、お姉ちゃんここ三日ほど家に戻ってなくって」


 まあ仕事が忙しかっただろう、ということはあの様子で伺える。


 「電話しても寝ているのか仕事しているのか分からない状態で、サイゼで電話した時も何か繋がったらいいなあ、って程度で」


 そりゃま心配くらいはするわな。


 「それでたまたま繋がったのでバイトの件確認してみたんだけど、なんか疲れていそうだったので、何か喜びそうなことしてあげよーかなー…って」

 「差し入れにシュリーズを差し向けた、と」

 「…う、うん。言い方は悪いけど大体そんな感じ。お姉ちゃん疲れているだろうから暴走するにしてもあんまり酷いことにはならないと思ったし!わたしがいるから止められると思ったし!」


 あまり止められてなかったけどな、実際。

 んだけど、これ以上浅田を糾弾する気にもなれなかった。悪態つきながらも姉思いなところに絆された、ってのもあったが浅田姉を見るシュリーズの表情が懐かしげなようにも愛おしげなようにも見えたからだ。


 「シュリーズさんにはちゃんと謝っておくよ。お姉ちゃんが悪いってよりもわたしが変なことに巻き込んだみたいなもんだし」

 「…んや、そこまでキッツいこと言うつもりもねーよ。多分シュリーズもそんなに気にはしてないだろうからな。ヘタに何か言ったらアイツの方で気に病むだろうからさ、とりあえずほっとけって」

 「へー…随分と寛容だね。シュリーズさんのことだともっとムキになって怒るのかと思ってた」

 「時と場合によるわな。つか別にムキになって…いるように見えるか?俺」

 「ムキになっているっていうか、真剣になっている感じ。ふっふん、男の子って感じで悪くはないよ」


 余裕を取り戻したのか結構勝手なことを言い出す浅田。一つくらい逆襲しておかんと調子にのってウザそうだ。


 「惚れたか?」

 「わたしが?日高くんに?それはないなぁ」


 失礼にも動揺した様子が全く無い。それはそれで面白いんだけどよ。


 「だよな。お前の好きなのって相良だもんな」

 「……………………ふぇ?」


 …俺からみて浅田日依子というヤツは、単なるクラスメイトである以外は正宗の親友といっていい存在だ、ってくらいで取り立てて接点の多い間柄ってえわけでもない。

 なので正直ここまで言っていいものか、悩ましいところではあったが、あそこまで相良が鈍いと気の毒にはなってくる。ここは一つ、年長者として救いを与えてやらにゃなんめえと、覚悟を決めて放った一言は、予想以上に衝撃的だったらしく、目を白黒させてどう言い返していいのか頭が回っていないうちに、どんどん赤面していく。


 「…え、な、何を言っているのかなあ。何を、こっ、根拠にそんな根も葉もない…」

 「いや、別にお前がそういうならそれで構わんが。いいのか?」

 「いいも悪いもっ!……ないし………わたしが…とか……考えたこともなー………」


 浅田はもにょもにょと語尾の不明瞭な独り言で、紅潮した頬が逆に青ざめていくようにも見えて、なんか俺が悪いことをしたような気になっていると…。


 「なにひーちょを苛めてんのさっ!!」

 「あだっ!」


 後頭部に鞄の一撃を食らった。言うまでもなく正宗の仕業で、振り返って睨み付けるも逆に、何か文句あるのか悪いのはテメーだろうがと頭の天辺からつま先の先の先まで全身で主張されてしまった。

 率直に言って腹は立ったが、ここで騒ぎ立てるのも浅田の得にはなるまいと、分かった分かった俺が悪かったと穏便に納めようとしたところ、


 「…何かあやしい。小次郎?ひーちょに何言ったワケ?」


 などと、変な興味を持たれてしまう始末で逆効果もいいとこだった。


 「いやそんなん浅田本人に聞けばいいだろ。俺に何か言われて嫌な思いしたんならそう言うだろうさ」

 「…ひーちょ?大丈夫?」

 「あ、う…うん、別に、ね。困ったといえば困ったけども…あ、あははは……」


 そうあからさまに誤魔化されると後で正宗に何を言われるのかわかったもんじゃない。

 つーか、要らぬお節介だったかと後悔は確かにしていたから、スマン、と二人に向かって素直に頭は下げておいた。

 正宗はそれで気が済んだ…わけじゃないだろうが、この場では俺をもう一度睨むだけにとどめておいて、浅田の背中を抱くようにして相良の方に行ってしまった。


 「…なんつーか、俺に似合わん真似してしまった、ってところなのかね。なあ?」

 「なあ、ではないだろう、小次郎。お前少しなんというか…何なんだお前は一体」


 いつの間にか傍らにいたシュリーズに話を向ける。返答はさっぱり要領を得ないのだが、発言者が理解しとらんのに俺が分かるわけがない。


 「いやもう、世の中理解に苦しむことばかりさね。何なんだとか言われても言われた俺がいっとお分からんわ。つか逆に分かるんなら教えてくれっつーの…いでっ!」


 背中を向けた途端に襲いかかってくるとかカラスかお前は。

 正宗にどつかれたのと寸分違わず同じ場所に、今度はシュリーズの手刀が叩き込まれていた。そりゃま、周りから見ればじゃれ合っているようにしか見えないくらいの勢いだったのだが、難しい顔して殴られていたんでは多少なりとも申し訳なさというものが沸く。


 「私にだって分からぬ。一つだけ言えるとするならば、何かお前の周りにいる人たちのために怒ってやりたいと思っている、くらいのことだ」

 「何だそりゃ。俺のために怒ってはくれねーのか」

 「ああ、怒ってはいるさ。お前の『ために』な」

 「そっか。いやま、ありがとな」


 素直に軽く頭を下げたらシュリーズはカクンと膝から崩れ落ちていた。またもや何でだ。この世はとかく不可解なことばかりだ。




 そんな感じで、五時も過ぎた頃になんとなく散開の空気になった。

 まだ夕暮れ、ってぇ時間ではないが、歩きながらなんとなく吹きだまりのように足が止まった、神社の鳥居の下で相良が切り出した。


 「では僕はここで。少し本屋に寄ってから帰ることにする。君たちはどうする?」

 「あー、俺らも帰るわ。正宗、どうせ道同じだろ。途中で買い出しに行くけどよ、そこまで一緒に帰ろうぜ」

 「あ、ゴメン。今日はひーちょの家に寄ってから帰るから。あたしん家に行って遅くなるって言っといて。じゃ、ひーちょ行こ」

 「ん、じゃね、日高くん、シュリーズさん。…えと、相良先輩」

 「ああ。ではまた」

 「おう」

 「今日は世話になった。また今度一緒しよう」


 三様の返事に浅田は曖昧に笑って、正宗に引っ張られるようにして去って行った。

 姿が見えなく…なる前に、相良が俺に向き直って言う。


 「さて、日高。僕が言うことでもないかもしれないが…」

 「へいへい。とりあえず今日は付き合わせて悪かったよ」

 「意味があっての苦労や世話なら背負い甲斐もやき甲斐もあるのだがな…全く」


 ぼやきながら苦笑する相良の隣で、うんうんと腕組みして頷くシュリーズにムカつく。とはいえここで手を出したら相良の皮肉交じりな説教が始まりそうなのでガマン。


 「…というかさ、お前も気がついているのか?」

 「何がだ。少なくとも日高が気付いていると自覚していること以上のことは知っているつもりだぞ」


 本当だろうか。ならばそれを確かめてみるためにぶちまけてやろうか、と一瞬思ったが浅田のどっか困った風な顔を思い出して踏みとどまる。


 「我ながら年齢の割に爺さんくさいとは思うのでこれ以上は言わんよ。ま、苦悩も僕ら若者の特権だ。非生産的な苦しみに身を焦がすのも、成長を促すものだと考えることにしよう」


 その発言が既に爺さんくさいっつーの、と返したら、違い無い、と朗らかに笑われた。こういう辺り、浅田が惚れるのも分からん話ではないわけさ。


 「ではまたな。機会があったらまた誘ってくれ。シュリーズさんも、また」

 「あいよ」

 「うむ。今日はありがとう」


 そうして相良が去り、俺とシュリーズの二人になった。

 浅田の家は確か、駅からまた電車二駅ほど反対方向だったと思う。

 相良は神社前の商店街を奥に向かっていったし、俺らは市役所前からバスに乗りゃいいだけだ。


 「行くか。飯、材料買い出しに行くからよ、今日は好きなモン買っていいぞ」

 「そうか。分かった」


 素っ気ないもんだった。…別に機嫌を取ろうってわけではなかったのだが、若干拍子抜けではある。特に怒っている風にも見えないのだが。

 ラジカセのヤツが居ればもーちょいなんとかなるのかもしれん。何だかんだ言ってアレでも一部みたいなもんだし。

 こりゃあ、家に着くまで話も出来ないもんかな、と市役所前のバス停に並ぶ。土曜だから会社帰り、ってな様子の人は少ないが、買い物帰りだか俺たちのように遊んだ帰りの学生だかが多い。

 かったるいのが、そりゃもう昼の校門前と同じようにシュリーズを見ては驚き俺を見てはギョッとし、の繰り返しなんだがもういい加減慣れたっつーか飽きたっつーか、もうこいつと一緒にいる限りこーいうもんだと納得する他あるまいて。


 「…小次郎?」


 家方向のバス停に並んでいると、隣のシュリーズが話しかけてくる。俺たちだって黙って並んでいるわけだから、今更同じ列に並んでいる人達に不審がられることもねーんだが、話しかけられるとほんの少し、好奇心とゆー名の感情の波がさざめくのを感じる。


 「どうした?具合でも悪いのか?」


 横目で見上げてくる様子はやや遠慮がち。いや、従前のやり取りからすりゃ俺の方が遠慮するべきだろう、とも思うんだが。


 「いや、別に。どうしたよ。腹減ったのか?」

 「だから何でお前は私を、そうのべつくまなく空腹を抱えているみたいに扱う。純粋に心配していただけだ」


 うーむ、こっちだって普通に心配していただけなのだが、そちらこそ常態的にからかっているかのように思っているだけではないか、ってそりゃま自業自得ではあるわな。


 「…あー、悪かったよ。なんか理解を越えることばっかで混乱してただけだ。あと腹減ったしな。俺も」


 誤魔化すようにシュリーズの頭を、くしゃくしゃ撫でながら答えた。最初だけ鬱陶しそうに顔をしかめてはいたが、三往復目くらいからは慣れたのだろうか大人しくされるがままにされていた。というかよく考えたら、頭を撫でるなど国によってはかなり無礼な振る舞いだというのを思い出し、慌てて手を引っ込めたのだが、「どうして止める?」みたいに不思議そうに見上げられて、下ろした手のやり場に困ったというのは内緒の話だ。実は気持ち良かったのだろうか。


 そのまま、話すことも無くバスを待つ。何度か行き先の違うバスが止まってその度にシュリーズが乗り込もうとし、いちいち止める俺に食ってかかったりもしたのだが、行き先が違うことを理解させるのに苦労したりを繰り返すうちに周囲の視線が生暖かくなってきたよーな気がしたのは、錯覚なのだろうか。何にしてもあまり浴びたことのない類の注目で、居心地の悪さったらもう、いっそ歩いて帰った方がマシなのでは?と思った程である。

 そしてそんな逡巡がピークに達した頃、ようやく自宅方面に向かうバスが着く。

 今度は良いのか?と確認してくるシュリーズを、こちらを向くよりも先に押しやってバスに乗り、あまり混んではいないものの座るのも難しい、という態の車内で並んで吊革を握れるくらいのスペースを確保。


 そういえば、だが。

 こいつってば、バスに関しては今日初めて乗ったと思うのだが、妙に慣れて…って程でないにしても、騒いだり驚いたりはしていなかった。


 「それはトオシロウ殿に教わったからな」

 「親父に?いつ」

 「トウキョウからこちらに来る時にな。『ばす』と『しんかんせん』の乗り方は教わった」

 「…初見じゃない、というのは理解したがそれにしたって馴染みすぎだとは思うぞ」

 「そうか?そう思われるほど平然としているわけでもないのだが…まあこればかりはな、いくらか力を使って私の方の認識を変えたということもあるからな」


 また妙なところで出てきたな、こいつらのチカラ。


 「あまり褒められた使い方でもないが、他者の経験を取り込むようなことも、出来ないことはないのだ。…もっとも、自身の経験と取り込んだ経験の区別がつかないことがあって危険なのと、取り込んだものが本当に正しい形なのかの評価が自分では出来ないから、よほどのことが無いと使うことはないがな」

 「それも…いわゆる異界の門、絡みの?」

 「そういうことだな。言葉だってこの力の扶けがあって覚えることが出来たようなものだ」


 ふぅん。となると、カタカナ語について若干頓珍漢なのもその影響なのかね。といって理由はさっぱり想像もつかないが。

 なお、バス車内での会話であるからもちろん小声で、である。人に聞かれたところでどーせゲームか何かの話と思われるくらいのもんだとは思うが、マナーとして、だな。 


 「…なあ、小次郎」


 なので、シュリーズがまた一際に声を潜めて訊いてきた時は聞き逃すところだった。


 「ん?今度はなんだ」


 ついつられて俺も小声に、そして声が聞き取りやすいようにいくらか腰を落としてシュリーズの顔に耳を寄せる。


 「トオシロウ殿は今どうしておられるのだ?」

 「そっちの話かよ。といってもなあ…ヒースローから先は南米だとか言っていたけども、何処で何をしているのやら…」


 シュリーズの件については、初めて会った日のことを一応メールして我が家に滞在させる旨を伝えてはいる。

 ちなみに結構な長文のメールを送ったのだが、返信にはただ一言「良きに計らえ」としかなかったので、俺も「ざけんな」とだけ返してそれっきりである。

 そういやシュリーズがこっちに来た件が親父の仕込みだったと知ってからはまだメールしとらんな。したところで時間と電気の無駄だと分かりきっているのでする気も無いが。


 「…そんなにあの極楽トンボに会いたいもんかね」


 少し不機嫌に聞こえるだろうことは承知の上で、目を逸らしながら言う。

 吊革がギシリと鳴ったのは力を込めているからで、ガキっぽいと思われようが、なんとなく不満の意を示しておきたかったのだ。


 「…会いたい、というよりは礼を言いたいのだ」

 「礼だぁ?」

 「良き出会いに導いてくれたこと。それを感謝していると伝えたい」


 ちょうど橋の上に差し掛かった窓外の景色を真っ直ぐに見つめながら、そんなことをこいつは言った。

 嫉妬じみた感情を自覚して自重しなかった自分が、妙に後ろめたく…いや違うな。単に恥ずかしくなっただけだろうな、これは。

 ホントにな。こいつは真っ直ぐで、真っ正直で、誠実で。

 俺が気付いていない自分の歪みに、自覚しないままに正しく向き合わせてくれるんだよ。

 それが厭わしいなんてことは無く、そう思えてしまうようになっちまったらこいつはきっと、ほんの少し前に誓った通り、さっさと俺の前からは姿を消してしまうんだろう。


 「なあ」

 「うん?」


 だから、そんな儚い縁を形として確かめたくて、俺は詮無いことを尋ねる。


 「今日、楽しかったか?」


 答えるまでも無いこと、とでも言いたいような笑顔が、すぐ手の届く距離にあった。

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