第22話・食事時にはしない方がいい話

 「………」

 「………」


 とりあえず会話もなく、俺たちは歩いている。


 そりゃ五人もいたら会話の内容次第で二人組と三人組に分かれることは珍しくはないだろうが、二人の方が俺と浅田ってのは組み合わせ的にあり得なさ過ぎやしないだろうか。

 単なるクラスメイト、という関係で算出するにはやや近い距離から放たれる浅田のジト目を避けるようにして背中越しに視線を向けると、左右に相良と正宗、真ん中にシュリーズという並びの三人が比較的打ち解けた様子で歩いているのが見える。

 正宗がシュリーズについてあれやこれやと相良に紹介してシュリーズはそれに相槌を打ったり相良の言葉に頷いたりしているのが見えて、まあ今のところ問題は無さそうではある。会話の内容が聞こえないのはちと残念ではあるが、こっちの会話の内容があっちに聞こえないようにと、浅田が俺を引っ張って距離をとった結果であるからやむを得ない。


 「で、何が聞きたいんだよ」

 「決まっているでしょう!どうして生徒会長連れて来たのよ!」


 生徒会長…ああ、怪鳥じゃなくて会長ね。そういやあいつ生徒会の役員だとか聞いたが、そんな大層な役職だったのか。


 「別に生徒会長連れて来たわけじゃねえよ。他に声かけられる男に心当たり無かっただけだ」

 「だからってその…相良先輩だよ?!」

 「…わっかんねえなあ。あの堅物がそんなに苦手か?」

 「苦手って…そういうことじゃなくって……あ、いやそれよりどうして先輩にため口なのよ、日高くんってば」


 非難がましく睨み付けてくる視線を、頬を人差し指で掻いて受け流す。正宗より目つきがキッツいせいか、同じ様な態度とっても妙に迫力あるんだよな。


 「つっても中坊ン時は同級生だったんだから、そっちの方が自然だしな。今更先輩扱いで敬語使っても俺もあいつも気持ちわりいだけだっつの」

 「…へえ、意外だ。長い付き合いだったんだ。ムネも?」

 「学年違ったからあいつはあんまり…ってこともないか。相良を下の名前で呼ぶくらいにゃあ懐いてたような気もするな」


 今思うと、正宗は相良よりも妹の千穗ちゃんとよく遊んでいたから、その流れでなんとなく話すようにもなったんだろう。加えて正宗は、年上の男子に物怖じしない性格だったから余計にな。


 「ふうん。そんな話ムネには聞いたことなかったけど」

 「んなことまでは知らんよ。男子の先輩と仲が良かったとか喋るようなヤツでもないだろ。ましてや生徒会長サマなんだし」

 「ひがみっぽい言い方するわね………いやちょっと待っておかしい」


 納得しかけて浅田は、何かに気がついたように恐る恐る、俺の横顔を仰ぎ見た。


 「……あのさ、もしかして日高くんって……………ダブってる?」

 「失礼な奴だな。高校入学が一年遅れただけで途中でダブってたりはしてないぞ」

 「………え、うそ」

 「嘘を言ってどうする。いやそれこそ正宗に聞いてないのか?」

 「あ、いや嘘って言ったのは入学が一年遅れたことが信じられなかっただけで…あ、あの、日高先輩って言った方が、いい?」


 俺から斜め後ろに半歩ほど離れて、恐る恐るという態で確認してくる。歳が一つばかり上だと判明した途端にこの変わりっぷり…体育会系が身に染みついているっつーか、急にそんな風に変わられると、面白くはない。


 「…入学は一緒だし今は同クラなんだからむしろおかしいだろ、そういうのは。見方が変わったからって接し方までそういう風に変わられるのが嫌なんだよ、俺は」


 ましてやこいつは、正宗の親友ってやつである。変にバリア張られてギクシャクして、正宗にまで妙な気を遣わせるわけにもいかんしな、とか考えてたら、誤解したのか曲解したのか、妙に生暖かい目で見やがるのだが、それはそれで腹立たしい。


 「そっか、良かった。あは、まあこれからもよろしく」

 「…おう」


 そうして後ろ手になり、スキップでもするんじゃないかって勢いで後ろの組に混ざりに行った。俺を一人にせんでもらいたいが、まあ良かろう。

 …それにしても。

 正宗のヤツ、俺が一年浪人してることを浅田にすら言ってないところを見ると、まだ吹っ切れてはいないんだろうな。


 …もともと、正宗は俺より一つ下だったが最初っから馴れ馴れしいっつーか物怖じしないっつーか、しなさすぎて危なっかしいところのあるヤツだった。あいつが中学二年、俺が三年で卒業も間近という頃に、とある事情で俺が一年間親父に国外を連れ回されたことがあった。その間一度も日本には戻らず、連絡も一切とらなかったもんだから、久しぶりに再会した時はなんとも表現に困る態度をとられたものだ。

 あれだけ俺にも親父にも懐いていた正宗が、なんだか怖がるように目も合わせないようにしていたのは当時にしても少なからず衝撃を受けたもんだったが、それはすぐに収まって代わりに、妙に干渉してくるようになった。


 正直言って高校生としてはあいつの、男女間の距離感はおかしい。そして普通の親なら娘のそういった行状にいい顔をすることもないだろうに、宮木家の人々はあまりその辺には頓着していない。

 いや、放任主義に見えて実の所締めるところは締める人たちだから(俺の親父の談である)、そういった心配はしていないんだろうが、それでも特に恋愛関係でもないというのに、あるいはそうであってさえも俺達の歳を考えれば明らかに踏み込みすぎだろうと、そう思うことはままある。


 一度だけそういう内容の指摘をしてやったことがあった。そしたら半分涙目になって「日本を出てった時のことを忘れたのか」と静かに詰られた。それがまああまりにも真剣な顔だったので、その後俺は何も言えていない。反論しようにも出国した頃の記憶があやふやで、最後に正宗に会ったとき、あるいはそう告げた時に何を言われたのか覚えていないんだよな。

 だから、今のところあいつの態度については保留中というところだろう。


 …あー、分かってる。別に俺は鈍感でも朴念仁でもない。あいつの俺への接し方が、何かしら特別な感情に従ってのことだというのは薄々気がついている。

 気がついてはいるが、それだけでもない、ということもまた事実だろうから、俺もあいつも近いようで遠いような、妙な距離でジリジリしている、っつーわけだ。


 そして、シュリーズの存在で俺たちの関係も変化が生まれる…などということも無いだろう。さっき浅田と対面した時に気がついたんだが、あいつ大物ぶっていても実際は、人見知りが激しいというか対人スキルはヘタレといっていいレベルに止まっているハズだ。上品に鯱張った物言いはそれを押し隠して築く壁であって、決して育ちの良さを反映したとか、そんないいもんじゃあない。ラチェッタと口喧嘩していた時が多分本性なんだろう。


 俺に対しては…言ったことを丸々信じるのであれば、この地に寄る辺を作るために必死だった、ってとこだろう。正宗とはあっさり打ち解けたようにも見えるが、踏み込まれて壁を壊されると意外に早く馴染むものなのかもな。


 勝手にそう結論づけて振り返る。相良の隣に浅田が並んで何かしきりに話しかけているのが見えた。相良は聞き役で浅田の少しテンション高めの様子に若干押されているようではあったが、それでも人当たり良く穏やかな表情で相鎚を打っている。

 つか、狭い歩道で四人が横に並んでいると他の歩行者に迷惑だろ、と割って入ろうとしたら相良と目が合う。そしたら浅田に二言ばかり告げて早歩きでこっちに向かってきた。取り残された浅田が何か言いたそうにしていたが、シュリーズと話して欲しいところだな。


 「こっち来て良かったのか?」

 「ああ。浅田さんもシュリーズさんと話をしたいとこだろうしな」


 並んで歩く速度を合わせると、相良も俺と同じような意図であったらしいことを話す。


 「呼びだされたので来てはみたが…遊びに行く、というだけでもないんだろう?」

 「まーな。シュリーズがバイトをしたいんだとさ。探し回ってみようかというわけだ」

 「そうか。…彼女、どういう関係か訊いても?」

 「別に構わんけどよ。親父が海外で知り合ったらしい。日本に来たいつってたから呼び寄せたみたいな話だとよ。それ以上のことは詳しくは知らん」

 「それはまたお父上らしい話だな」


 屈託無く笑う相良。俺の方はといえば正宗と話合わせてないので後で帳尻合うかどうか心配で、笑ってもいられない。

 それを違う意味と取ったのか、相良は笑いを収めて比較的真剣な声色で訊いてくる。


 「日高の方は大丈夫なのか?」

 「大丈夫って、何がよ」

 「……とぼけるのであれば、訊かない方が良さそうだな」

 「とぼけたわけじゃねーよ。今んところ大丈夫だとか大丈夫で無いとか、そういう類の話にゃ発展する余地はねーってこった」


 ふむ、と頷いて俺の顔をじっと見る。探るような目つきで、居心地が悪くなった俺は目を逸らして正面を向いた。


 「…まあいいさ。自分のことくらい自分でなんとかする奴だろう、日高は」

 「そりゃどうも」


 まあ好奇心だけで踏み込んでくるようなところのない男ではある。だから付き合いやすいっつーかこっちからあからさまに隔意を持つことも無いのだが。


 「おーい、ここ曲がるからな。間違えずについてこいよ」


 目的地への道を知っているとも思えない後ろの三人組に声をかけて、返事も待たずに俺は相良を伴って角を曲がる。今気がついたが結構、腹が減っていた。



   ・・・・・



 「普通に接客業、というのは駄目なのか?」

 「そりゃまあ見た目を生かすという意味でならアリだろうけどさ、どうなんだろうなあ」


 もっきゅもっきゅとパスタを頬張って味に集中している斜め前のシュリーズを見ながら、相良の提案に首をひねった。

 もちろん提案された当人は聞いちゃいないので代わりに答えただけだが。

 いくら安いがウリのサイゼリアでも五人分を俺の財布から出すのは勘弁しろと、ドリンクバーの分だけで容赦してもらったわけだが、さっきから見ているとシュリーズは正宗に使い方を教わったドリンクのサーバーまで何度も行ったり来たりするわ、全員で違うメニューを頼んだのをいいことに各員の目の前の皿に興味津々で浅田と相良に余計な気を遣わせるわで、目も当てられないレベルで落ち着きが無い。

 正宗はもう諦めたのか自分の食事に専念しているし、恥ずかしい目を見ているのは俺一人というわけだ。


 「接客なら常に一件は入れてるから分かるが…対人関係で機転が利くタイプじゃないから、多分無理だと思うぞ?」


 流石にこれは隣の相良にだけ聞こえるように言う。まあ隣の席に座る浅田の皿に盛られたハンバーグに注目しているから心配は無いのだろうが。

 ちなみに、食事が開始すると同時に浅田のシュリーズへの年齢不相応な憧憬はあっさり霧散したようだった。代わりに手のかかる弟妹の世話を喜んで焼くような具合になったのだったが、それは果たして当人たちにとって幸か不幸かのいずれだったのだろう。


 「まあ日高がそう言うのであればな。しかし一応本人の意見も聞いてみてはどうだ?」

 「意見つーてもな。まあ実地に見せてみるのが一番手っ取り早いんだが」

 「それならここの店員の仕事ぶりを見ておくのが一番だろう?」


 相良の言い分はもっともである。それが可能かどうかを別とすれば。


 「………………うん、美味だった。小次郎、おかわりをして良いか?」


 一際長い咀嚼の後、惜しむように呑み込んですぐにお代わりを要求出来る強靱な胃袋に敬意を、太い神経に諦観を、それぞれに込めた目付きを返事代わりに送ってやる。


 「お前そこそこ育ちいいはずだろうに、なんなんだその食いぎたなさは。別に食うなとは言わんが、お前俺から金借りてメシ食ってること忘れんなよ?それでも食いたいなら貸しにしといてやるが、あくまでも貸しだからな?後で返せよ?」

 「むう…」


 ちっとキツく言いすぎたかな、と思うくらいにシュリーズはしゅんとしてしまう…と同時に、その援軍を以て自認する(せんでもえーのに)二人組は、俺に謂われなき非難の視線を向けてくる。

 それを見て、なんだコノヤローども、と我ながら大人げなく食ってかかろうとしたところで、相良の方から声がかかった。


 「まあそこまで言わなくてもいいだろう。先程から見ていると随分と嬉しそうに食事をするようだ。日高が出せないようなら僕からおごらせてもらっても良いところだが、どうだろう?」


 なんか俺がしみったれたみたいな印象を持たれないかどーか心配だが、家計を預かる身としては大変ありがたい。この欠食児童がそのまんま大きくなったような娘の胃袋は喜んで預けさせてもらおう…と思って黙って同意したのだが。


 「いやいや、ダイ先輩?ここは小次郎の器量を測る大事なトコですよ。身寄りの…じゃなかった、見ず知らずの国に来て困っている女の子を助けるとか助けないとか、問題にすべきはそこなんじゃないでしょうか?」

 「お前も要らんこと言うんじゃねーよ、本人がそう言ってんだからここは相良に奢らせとけ」

 「なんかその言い方だと日高くんが相良先輩にたかってるみたいでカッコ悪くない?」

 「というより小次郎は別にシュリーズがおかわりすること自体に反対しているようには見えないんだけど。それならやっぱり小次郎が出すのが筋なんじゃないかなあ」

 「おい、別に俺はシュリーズがどんだけ食おうが構わんけど、俺の財布に影響与えんな、つってるだけだ」

 「小次郎、その言い方は私が誰彼の迷惑も顧みずにただ食欲を満たそうとしているだけに聞こえるのだが」

 「違うとでも言うのか」

 「失礼なことを言うな。私が迷惑を顧みないのは小次郎だけだ。どうだ、嬉しかろう」

 「迷惑なことをドヤ顔で言うなアホ。呆れてものも言えんわ」

 「…ということであるからな。サガラ殿の申し出は嬉しいのだがこの通り、私は小次郎以外に奢られるつもりは無い」

 「ちょっと待て、何で俺が奢ること前提になっている。お前の未来の財布をアテにする分には一向に構わんとしか言ってないだろが。俺の財布をアテにするなら思いっきり構うわ」


 半分身を乗り出しテーブルを挟んでにらみ合う俺とシュリーズ。

 双方ともに真剣ではあるが、せいぜい高校生の昼飯レベルの話で意地になっているだけだから、ひじょーに滑稽ではある。

 んなもんだから、隣にいた相良が珍しく声を上げて笑ったのも無理のないことというものだろう。


 「はははは…面白いな。そこまで日高がいきり立つというのも珍しい」

 「いや、お前ンな人を何事にも無関心な人間みたいに言わんでも」

 「ああ、そういう風にとってくれるな。普段から諸事斜に構えた男が感情的になっているのを見るのは楽しいというだけの話さ」


 斜に構えたて。俺は学校の連中にどう見られてんだ?いや、素行不良に思われていたってのなら納得はいくんだが、と向かいの浅田をちらっと見る。


 「…ん?何か用?」


 多分こいつは参考にはならんな。いや別に、と目を逸らした。怪訝な顔が見えた気もするが、目下の問題は腹ぺこ娘の処遇、というか誰が養うかということなのだが。


 「だから珍しいものを見せてもらった礼ということで、養育権は引き取らせてもらうよ。何なら年上らしく快く払いは持とう、ということでも構わないが」

 「おい、やめてくれ。その理屈だと俺も出さないといけなくなるだろーが」

 「あ、それ名案。ダイ先輩に奢らせるんじゃ気が引けるけど、小次郎も出すなら遠慮要らないもんね」

 「そーね。そういうことなら…」

 「うむ。有り難く馳走になろう」

 「って、だから何で揃ってメニュー開いてんだよ。あ、デザート頼む気だなお前ら!」


 猫にマタタビ女子に甘味。最早押し止めるのも難しい流れを、俺は苦い顔で見送るしかなかった。




 追加で届いた四皿(言うまでも無いが、シュリーズが一品追加で頼んだのである)を平らげてすっかりご満悦の表情を前に、今日の本来の目的を切り出す。


 「相良の案だけどよ、こーいう店で働けると思うか?」

 「ん?というと、給仕の仕事か?」


 キュウジ、という単語にピンとこなくて隣の相良を見ると軽く頷いている。俺の視線に気がついて「ウェイター、ウェイトレスのことだ」と告げられ、ようやく意味を理解した。


 「馴染みが無いわけではないが…やったことはないな。私に出来そうな仕事なのか?」

 「いや、それを俺に聞かれても。さっきからあっちこっち歩き回っているから見てみればどうだ」

 「そうだな…」


 少し考えた後、座ったまま伸びをして首を巡らし、店内を見渡す。まあ昼時だから皿を運ぶ姿はそこかしこで見られるし、新しく入った客の注文をとっている様子だって声が聞こえる距離で伺える。

 大半はアルバイトだとかパートだとかの人なんだろうが、ああも愛想よく振る舞えるもんだと俺は感心することしきりで、さてシュリーズはどう見るかと目を向けると、若干堅い表情でそれらを眺めているのだった。

 そんな様子を俺たちが見ていることにも気付かず、しばしそのままの姿勢でいたかと思うとやがて難しい顔のまま居住まいを正し、ゆっくりとこう言った。


 「…ふふ、造作も無いことだ。才に恵まれた我が身のこと、今日この日からでも給仕の王と呼び慣わされることを約しておこう」

 「正直に」

 「ごめんなさい無理です知らない人に話しかけるとか出来ません」

 「はや」


 正宗が目を丸くして呆れてた。


 「えー…似合っていると思うんだけどなあ。シュリーズさんこんなにキレイなんだから、絶対接客とか向いているよ」

 「お前接客舐めんな。容姿の良し悪しじゃねーんだよ、その場で臨機応変に対応せにゃならんしマニュアル通りやってりゃ済む仕事のわけないだろが。大体こーいうチェーン店のマニュアルだって結構覚えること多いんだぞ?」


 比較的呑気なことを言う浅田を俺はたしなめる。そりゃまあ黙って立ってるだけならこいつにだって勤まるかもしれんが、なまじっか見てくれが良いと職場の人間関係にだって支障を来すことが無くは無いと聞いたからなあ。


 「本人が言うなら無理強いするつもりもないさ。僕にはそこまでする権利無いしな」


 一方、提案者である相良は実にあっさりしたものである。こいつの場合バイトとかしたこと無さそうだし、まあ常識的な提案というだけだったしな。


 「看板娘っていうのもいいんじゃない?」

 「そんなもん成立すんのは個人営業の小さい店なんかだよ。大企業の大衆向けチェーン店に必要なもんじゃない」

 「むーん……そういうものか」


 浅田は諦めが悪く、口を尖らせながら食い下がったが、シュリーズが縮こまっているのを見てようやく引き下がった。


 「…となると何か他のもの、ってもね。シュリーズは何か希望ある?自分ならこういうことが出来るとか、得意なこととか」

 「う、ううん…故国での家業であれば出来るかもしれないが…」


 黙った浅田の後を引き継いだ正宗の言葉にシュリーズは考え込む。そういやこいつは通訳というかそんな真似は出来るんだっけか。といってもラジカセが一緒に居ないと出来ないというのであれば、その現場はえらく珍妙な光景になりそうだったが。


 「え、そういうのあるの?じゃあそっちで良いじゃない」

 「いや多分こんな地方都市で需要のある仕事じゃないだろ」

 「なに?日高くんどんな仕事してたか知ってるの?」

 「いやまあ、それはそれとしてだな。なんかフツーの仕事でいいんだよ、普通の。接客が無理なら事務の補助だとかそんな感じの。浅田は何か心当たりないか?」

 「ただの高校生にそんなコネあるわけ…無いことも無いけど」


 お、なんか今日初めてこいつが役に立ちそうな展開。


 「お姉ちゃんの職場なんだけどね、事務の人が退職して人手が足りないって言ってた。雑用みたいなものを任せられる人でいいから誰かいないかとかで、高校生にそんな話振られてもって思ってたんだけど、シュリーズさん学校に行くわけでも無いなら大丈夫かも」

 「だそうだが」

 「う、うん…それならなんとかなる…かもしれぬ」


 さっぱり大丈夫そうでもない顔で請け合うのだが、本当に大丈夫なんだろうか。


 「分かった。今日出勤してたから聞いてみるよ」


 俺の危惧を他所に、浅田はさっさとスマホを取り出して電話をかけ始めた。俺たちの視線に気がつくと「ちょっとゴメン」と席を立って入り口の方へ歩いていったが、まあエチケットとしてそうしただけで特に他意があるってわけでもあるまい。


 「…ふう」


 シュリーズは少し不安な様子で、すっかり氷の溶けたグラスに残っているウーロン茶を飲み干していた。ドリンクサーバーの世話になるつもりはもうないんだろうか。


 「日高も大概過保護だな」


 相良がそんなことを呟いていたが、聞こえないフリをする。こっちの気苦労も知らんで適当なことを言わんで欲しい。

 と、そうしているうちに浅田が席に戻ってくる。話がついたのか、割に軽やかな足取りであった。


 「とりあえず連れてきてくれって。大分長居したからさっさと行こ?」

 「了解。シュリーズも正宗ももういいか?」

 「いーよ。支払いは任せた!」

 「俺らが払うのは追加の分だけだっちゅーに」


 ここぞとばかりに全部奢らせようとする正宗が鬱陶しいことこの上無かった。

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