第21話・待ち合わせとペットボトル

 「待ち合わせの時間にゃ早すぎねーか?」

 

 あれから俺と正宗は家に帰り、寝っ転がってマンガを読んでいたシュリーズに声をかけると、最初渋っていた様子だったが(マンガの読み込みを中断させられたくなかったからだと思う)、昼飯は外で食う、という話になると散歩に行くと言われたワンコのよーに、やれ行こうすぐ行こうと賑やかなことこの上無いのだった。

 それに引きずられるような飼い主の心持ちのまま、結局草むしりはキャンセルさせられてしまったのだが、一つだけ仕込みが出来たのはまあ、幸いだったと言える。俺的には。


 「何を言う、小次郎。この国のことわざにあると言うでは無いか、善は急げ、と。心急くままに赴くことの正しさをかくも正しく言い募った、悪くない言葉だと思うぞ」

 「同じ国のことわざに、急いては事をし損じる、ってのもあるんだがな」

 「ひーちょに連絡したよ。あと十五分くらい待って、だって」


 十五分か。それくらいならこっちも都合いいな。

 ただ、その間ジリジリと分秒ごとに強さを増す日差しの下で待ちぼうけ、というのはありがたい話ではない。

 正宗も今さらながら早く出てきたことを後悔しているのか、ブラウスの襟元を緩めて、ぱたぱたと風を送っている。

 そしてこのような状況を招いた元凶は、といえばこれがまた涼しい顔をしているもので、暑さに強い弱いは個人差があるとはいえ、えらく不公平な感はある。


 「…暑いのは平気なのか?」

 「うん?ああ、いや、暑いことは暑い。けれどあまりそれが気に障ることはないな」


 意味が分からん。暑けりゃ暑いなりの顔をしやがれ。汗の止まらないこっちがおかしいみたいじゃねーか。


 「…おい正宗、そこらの影に入ってよーぜ。たまったもんじゃねー」

 「…そだね。って、シュリーズも敷地内に入っていいのかな。一応部外者だし」

 「気にするようなヤツいねーだろ。夏休み中の日曜だぞ?」

 「それもそうか…ね、シュリーズ。ちょっとこっちの影にいよ?」

 「ああ、そうだな」


 三人揃って校門をくぐり、木陰に座り…へたり込む。じっとしてても汗が噴き出るわけだからして、今日の気温はどんなことになってんだか。

 お天気サイトで確認しようと思ったが、これで気温三十五度、とか知ったら余計に暑くなりそうだったので、やめておいた。


 「…ふう」


 気付くと、隣にシュリーズが腰掛けている。俺と同じく、木を背にした格好だ。

 正宗は、というと…。


 「…どこに行った?」

 「飲み物を買ってくると言っていたぞ。わたしが水を所望したら、なんだか元気よく駆けていったが」

 「あんにゃろは俺の注文を取らずに行ったのか。二人分しか買ってこなかったらあいつの分半分奪いとっちゃる」

 「またお前は思ってもいない偽悪的なことを…ちゃんと正宗は三人分買いにいったぞ?小次郎に聞かなかったのはお前の注文など聞かずとも理解しているからだろうが」


 んなこた分かってるが、改めて他人に言われると俺にも妙な抵抗感というものはわく。

 ので、ふて腐れたようにそっぽを向くのだったが。


 「…本当に小次郎と正宗の関係はよく分からんな。夫婦のようにも思えたがそうでもないようだし、かといってただの隣人にしては…互いに知りすぎているように見える。」

 「なんだそりゃ」

 「知っていることを知っている、とでも言うかな…わたしにもよく分からん」


 などと、言った本人にも多分分かったんだか分かってないんだかなことを、言われてしまった。

 そんなことを言われても、俺としちゃあどう反応していいのか。なので、黙ったままでいたのだが、シュリーズの方もこの話を続ける気は無いのか、「静かで、いいな」と呟いてそのまま会話は途切れてしまう。

 若干気まずさはあったが、時折通り過ぎる風が気持ち良く、そのうちそんな微妙な空気も風と一緒に飛んでいったように思う。


 「…二人とも縁側で黄昏れてるおじーさんとおばーさんみたい」

 「こうも暑けりゃ誰だってそうなるわい」


 ほどなく正宗が戻ってきた。

 シュリーズの言ったとおり、ペットボトルを三本持っている。一本は水、あと二本は普通にお茶だったのだが、俺にはキャップがオレンジの方を渡してきた。


 「…おい」


 嫌な予感がして受け取ると、案の定ホットのお茶である。このクソ暑い時にわざわざ熱い方を買って手で持ってくるとか、嫌がらせだとしても手間かけすぎだろーが。


 「暑い時には熱いものを飲んだ方が良いって言うでしょ」

 「だったらおめーが飲めばいいだろうが!大体冷たいものを避けろってのは男より女の方が言われることじゃねーか…ったく」


 …まあ頼んだわけではないとはいえ、手間をかけさせたことに違いはないので、それ以上文句を言うこともなく大人しく受け取ってはおく。


 「お金はあとでいーよ」

 「俺は嫌がらせに近い仕打ちされた上にきっちり金もとられるんかい」


 ぜってー払ってなんかやんねー、と思いつつシュリーズの向こう(必然的に俺のほぼ後ろ)に腰を下ろす正宗を見送っていたら、間に妙に微笑ましい視線で俺を見る居候がいた。

 一言言い返してやろーかと思ったものの、正宗の方は気付かずにてめーの冷たいお茶を満足げにあおっていて、アイツに聞かれるとまた面倒なことになると思って結局されるがままにしておくのだった。

 全く、いろいろ不本意なことが増えつつある今日この頃である。




 「あ、ひーちょ来たよ」

 「ん?またえらい遅かったな…」


 ようやくのお出ましに正宗が立ち上がり、校舎の玄関に、ではなく体育館の方に向かって手を振っていた。


 「ごめーん、遅くなった。ちょっとシャワー室混んでたからさ」

 「自主的な清掃活動にまでシャワー使わせてくれるとはお優しい学校なこって」

 「小次郎、そーいう憎まれ口たたくクセなんとかした方がいいよ?」


 余計なお世話だ。

 と、ブツクサ言いながら俺も立ち上がり、どうにか飲み干したホットのお茶のペットボトルのキャップを閉める。


 「それ以前に女子のシャワーについてあれこれ言うのは不躾ってもんよ、日高くん」

 「そうだな。小次郎にはそーいう失礼なところが多々ある」


 余計なお世話の追い打ちをくらった。

 男一人に女三人では分が悪すぎるので、へいへい、と素直に答えておく。


 「あはは。で、シュリーズ、この子が話してたあたしの友達。浅田日依子っていうの。あたしは『ひーちょ』って呼んでる」


 そして正宗は、何事もなかったかのように、浅田をシュリーズに引き合わせた。


 「そうか。ヒイコ殿、私はヴィリヤリュド・シュリーズェリュス・リュリェシクァという。シュリーズ、と呼んでくれて構わない」

 「………」

 「ひーちょ?」


 まあこうなるわなあ、と思いつつ浅田のポカンとした顔を見る。正直愉快ではあった。


 「ひーちょー、朝だよー。目を覚ませー」

 「…………………あ、あのあのあの……浅田、日依子、デス…よしなに……」

 「お前言葉遣いが変になってるぞ」


 あまりの衝撃のためか、挙動不審になっている浅田。


 「うん。付き合わせる形になって済まない。その分今日は一緒に楽しもう」

 「は、はひっ…!」


 そしてにっこりとシュリーズが追い打ち。うーん、俺の場合最初の出会いがアレだったので気付かなかったが、こいつのこーいう物腰は一般人には刺激が強いのな。いろんな意味で。


 「じゃあこれで揃ったからそろそろ行こっか。お昼ご飯どーする?」

 「…えと、その……あー、うん、まあどっかそこらのお店で…」

 「ひーちょ?」


 どうもすぐには立ち直れてない様子の浅田と、それを怪訝な顔で見ているシュリーズだった。

 なかなかこいつも、図太いというか鈍いというか。


 「そだね。まあ今日は小次郎のために集まったわけだし、小次郎のおごりでいーんじゃない?」

 「待てやコラ。脈絡ねーし五人分の昼食おごりとか高校生の罰ゲームの範疇超えてるだろ。最早イジメだ、イジメ」

 「五人分?もしかしてシュリーズが二人分食べるっていう計算?確かによく食べるけど流石にそれは失礼ってもんじゃないのかな、小次郎」

 「そーいう意味じゃねえよ。あと一人来るからな」

 「え、そんな話聞いてないよ。待ち合わせ時間も過ぎてるのに」

 「遅れるかもしれん、つってたからな。ちなみに朝お前には言っておいたが聞こえてなかっただけだろ。ま、でもそろそろ連絡でもしておいた方が」

 「それには及ばん。今来た」

 「お」


 昼の時間としては遅めとあって、空腹に苛まれる頃合いだったが、相良がようやく現れる。

 こいつの私服姿なんぞ最近はお目にかかることも無かったが、この暑い中綿のシャツにジーンズと清潔な格好で、また性格をよく反映しているわけだ。

 まあこれで多少は男女比の修正が利くわけで、俺としては胸をなで下ろすところだ。


 「あれ、ダイ先輩。もしかして小次郎に呼ばれたの?」

 「ああ。何やら男子の一大事と言っていたからな。日高に呼ばれるというのも珍しいし、付き合わさせてもらうよ」

 「つーか、俺から誘っといてなんだが用事とかはいーんか」

 「たまには予備校をサボって自由人の真似事も悪くない。構わんさ」


 こいつには珍しく、少し人の悪い笑顔を浮かべながら肩をすくめる仕草はえらく芝居がかっていた。偽悪的な仕草も似合うヤローである。いけ好かないこと夥しい。


 「…で、紹介してくれないのか」

 「ま、別にいいけどよ。とりあえず場所変えよーぜ。紹介だのは歩きながらでいいだろ」


 最後に現れた相良の奴を、シュリーズが何か気にしていたが構わず先頭に立って歩き始める。何処に行くか決めてあったわけではないが、ともかく動かにゃ話も始まらないのだ。


 「ひーちょー、行くよ」

 「浅田?おいどーした」


 ところが正宗、シュリーズ、相良が後に続いたところに浅田だけがポケッと突っ立って、身動きしていなかった。


 「ひーちょ?おーい」

 「…何でかいちょうが一緒?」


 怪鳥?


 「…ちょっ、ちょっと日高くん!なんで相良先輩がいるのよどういうことこれ?!」

 「え、俺が呼んだからだけど。まずかったか?」

 「ああ、済まない。ええと君は確か…バレー部の浅田さんだったか?確か予算折衝の時に挨拶したと思うが」

 「え、あ、は、はい。そうです。えっと日高くんと同じクラスの浅田日依子です。きょっ、今日は良いお日柄で、その、あっはい」


 おい。


 「…正宗、これどういうことだ?」

 「小次郎……讃えるべきか罵るべきか、あたしは今真剣に悩んでいる…」


 シュリーズの時の一・五倍ほど挙動不審な浅田を前に、意味不明な苦悩を吐露する正宗がいた。

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