第16話・心温まらない友情未満の丁々発止

 「あのなあ、シュリーズ」


 これでも一応、穏やかな空気を保ったままのつもりで話かける俺なのだが。


 「はっ………はひ!」


 それでいながら、こうまでビビられてしまっては、如何に寛容と慈愛を旨とする俺でも、疑義というモンを挟まざるを得んわけで。


 「こ・れ・だ・け、揉め事持ち込んでおいて、『いずれ昔話でもしよう』とか、理解出来んだろ、普通?」

 「あの、そろそろお腹が空いてきましたので、早く帰りたいなー、とか思うの……」

 「何だって?!」

 「イエ、ナンデモナイデス…」


 一切俺と目を合わせようともしないシュリーズに、覗き込むように回り込む。

 ただ、ここまで怯えられるとなー…いくら隠し事があるにしても、悪いことをしている気にはなってくる。

 だが、そう思って矛を収めようとした俺に、ラジカセがにじり寄るよーに近づき、こう囁いた。


 「家主殿、あれ演技だから遠慮しなくても構わんぞ」

 「え、そうなのか?」

 「らじかせっ?!この裏切り者!」


 慌てるシュリーズを見ると、後ずさりしつつも「何か文句でもあるのか」と逆ギレをかましそうな目つきで見られた。


 「いや見限った主に裏切り者とか言われても。最早主従でもあるまいに」


 一方の下僕の方はまた飄々としたもんである。


 「その設定まだ引きずるんかい。取り扱いが面倒くさい主なのは確かだろーけど、後で駄々こねられたり機嫌損なわれたりして被害被るのは確実に俺だから、いい加減元に戻れ」

 「仕方あるまいな。主、そこの寛容な第三者の助言によって元の通り僕に戻ることにした。今後は我に誠実に仕えさすよう、励むがよい」

 「本当に言いたい放題だなお前たち!」


 話が進まねえなあ、本当に。


 「で、話戻していいのかしらね」


 それはあちらさんにしても同様だったのか、すっかり落ち着きを取り戻してはいたが、代わりにえらくウンザリした声色で、ラチェッタは話を始める。むしろ俺としては助かるってもんだ。


 「マリャシェが堕して、異界の門を通じてこちらに送られた。そしてそれに続いてアンタも自ら門をくぐった。門の向こうには、わたし達の仇敵、『異世界統合の意思』がいる。どっかの誰かの思惑があって当然だと思うってもんじゃない。シュリーズ、あんた何を知ってる?マリャシェが今何処で、何をさせられているのか、教えなさいよ!」

 「………」


 それはもう、えらく思い詰めた様子だった。

 というかこの期に及んで一つ気になってしかたねーんだけどさ。


 「…おい、ラジカセ。さっきからちょくちょく出てくる『まりゃしぇ』とかいうのは何者だ?」

 「家主殿…今気にするようなことであるのか?それが」

 「んなもん聞いてみなけりゃ分からねえだろ。けどあの半裸のヤツの拘りっぷり見るとよ、そこんとこ曖昧にしてたら口も挟めねえような気がすんだよ」


 俺がそう言うと、ラジカセは黙って少し距離をとった。何か言いたいことでもあるのか、コイツは。


 「……まあいい。問われたことだけに答えればな、マリャシェ…マリャッスエールス・アリェシトゥアはラチェッタ嬢の叔母にあたる竜の娘だ。そこそこ歳が近いこともあって、ラチェッタ嬢は懐いていたようであるな」

 「ふーん。いくら親戚といっても、消息を追ってもう帰れない場所にまでやってくるってぇのも殊勝っつーか、なかなか出来ねえことだとは思うけどよ」


 そうして腕組みで納得したところを見せる俺に、ラチェッタが憤りを隠さない口調で続けてくる。


 「マリャシェはね、わたしの幼い頃に竜の娘としての力の振るい方、在り方、そんなものを教えてくれたひとなのよ。親戚だとかそんなことで括っていい関係じゃない」

 「…そうだったな。彼女は私たちの世代の多くにとって、そう在ってくれた。とりわけ同じアリェシトゥアの血筋としても、お前は親しくあったように思う。だから、彼女の行方に執心していることは、よく理解出来るつもりだ」

 

 更に言葉を重ねるシュリーズ。問われて応えるということ、それは真剣な問いかけであればあるほどに、知っていることを伝えるという行為は誠意であるべきなんだろうし、んで、仲が良いんだか悪いんだかは分からんが次に告げる言葉はそれを示すもののはずなんだが…。


 「だが、私はマリャッスエールス殿の行方は、知らぬ」


 全力でいかん方にぶっちぎりやがった。


 「…………」


 そうして、言われたラチェッタの方は予期していた答えなのか想定外だったのか、ともかくぼーぜんとしていた。


 「私をこの地に送るに至った判断は確かに祀る人々の側によってなされた。あるいはマリャッスエールス殿のことがあればこそ、話は簡単に進んだのかもしれぬ。だが、それを良しとしたのは私自身だ。当然だろう?お前にも以前語ったが、この地には憧れがあった。『意思』が送り寄越した文物によって見知ったことではあったが、いつか見てみたいと思っていた場所なのだ。どんな理屈があろうとも追放されたことに違いは無い。だが、それでもせめて、望んだ場所に赴くことの出来ることであるから、受け入れることは出来た」


 俺とラジカセをチラリと見てシュリーズは言葉を続ける。


 「辿り着いた先で幸いにも知己が出来た。故国のことを思えば寂しさはある。けれど先々にあるものに絶望しか無いとは決して言えない。マリャッスェールス殿のことを慕っていたお前はどうなのだ。門をくぐったことの意味さえ忘れていたお前は、この地で何を為そうとしていたのだ。リュリェシクァたる私が特別扱いされたなどと思えば行動しようという気になるのも不思議ではないが、所詮リュリェシクァでも次女の私がどんな謀の末にこのような処遇に置かれたのかなど、知る術もないし興味も無い」

 「…それが、狂戦士に堕して、それでもなお生きようとするあんたの、意志というワケ……?」

 「竜の娘に何故狂戦士が生まれるのか、その答えを得ようというなら生きるしかあるまい。絶望に身をやつして世を嘆くのであるなら、自ら門をくぐる必要など無かったであろうに。お前は違うというのか?ラチェッタ」


 問いかけて、シュリーズは深く息を吐いた。

 質問の答えになっているようには思えなかったが、それでも本気で応じたのは違い無いんだろう、俺から見てもえらく疲れ果てたように見えていた。


 そしてラチェッタ。

 正直また知らない単語がいくつか出てきて事情の理解がさっぱり追いつかんのだが、その顔を見ると口を挟む気にもなれない。そんな表情をしていた。


 「…マリャシェは……」

 「気の毒だとは思う。だが知らないものを偽ってお前を喜ばそうとも思わん。彼の人へのお前の思慕は承知しているからな」

 「最後に、金色の瞳で私を見て言ったのよ。誰をも恨もうとは思わない、ただあなたが覚えてさえいてくれればいい、と。あんたを恨むのは筋違いだろうってのは頭では分かっているんだけどさぁ……それでも、堕した先に行けるあんたのように、どうしてなれなかったのかって思うと……はっ、はははは……」


 慨嘆とも嘲りともとれるような笑い声が虚ろに響いた。


 「…コジロウ。シュリーズがまだあんたに明かしていない事情、ってやつを教えてあげるわ。それでこの考え無しのあーぱー娘がどうするのか、見ていてやることね」

 「おい。罵倒するにしてももう少し言葉を選んでくれないか」


 そして唐突に俺に声を掛ける。開き直り気味とはいえ、口振りに力を取り戻したのはいいが、これ以上巻きこまんで欲しいと思う。

 とはいえ、話の内容は気になるので参加せざるを得ない。


 「え、もうここまでくると無視も出来んから仕方ねーんだけどさ。危険とかそういうのは無いんだろうな?」

 「危険?危険に決まっているでしょうが。それが原因で行方不明にさせられたりそこの子のように異世界に追放されたりするんだから」


 おい。


 「かといって世界を滅ぼしかけた『意思』のヤツほど物騒ってわけでもないわよ。それに、シュリーズにだってそれなりの覚悟はあるでしょうしね……そうよね?」

 「もう口を塞ぐのも難しいようだな…。小次郎、勝手な言い分だとは思うが、お前に語った我が志を信じて欲しい。今はそれだけだ」

 「そりゃ自分で言った分くらいは守るつもりだけどさ。一体何が始まるってんだよ」

 「すぐに分かるわよ。すぐにね」


 いちいち言い方が不穏過ぎる。といってシュリーズが覚悟を決めたように、存外涼しい顔をしているので止めようも無い。


 「…最初の、一人目はアミーリェティシアの次女だった。わたし達から遡ること五世代前、百年近く前のこと。アミーリェティシアっていうのは意思を追放した娘の四女の家系で、ま、力で言えばリュリェシクァどころかうちのアリェシトゥアにも及ばないけどね」


 そうして語り始めた言葉は、物言いだけならえらく傲慢にも思えるが、実際の口振りは自嘲混じりだった。家系を誇ったり誹ったりすることに抵抗がある…というか、そういう風潮みたいなもんに含むところがある、みたいな様子には見える。

 コイツらの背景っていうか家族構成というか、出自みたいなもんについては、あんまそーいうのに関心の無い俺でも薄々と感づいてはいる。要するにそれなりに良い育ちをしているんだろう。

 ただそれでも、そういう範疇から飛び出したような奔放さについては共通しているから、その点でももしかして仲が良かったんじゃねえかなあ、とは思うわけだ。


 チラとシュリーズの様子をうかがう。

 俺に話すようでもなくシュリーズに確かめるようでもなく、かといって独白するようでもないラチェッタの顔を苦い顔で見ている。けれど不思議とそのシュリーズの横顔は、苦くはあってもそこに苦しさは見て取れない。先刻俺が告げたような、誰かを後悔させてしまうような不安を醸すものは無い。

 だったらまあ、続けさせても構わないだろうと口を閉ざして先を待った。


 「そんなことは始めてだったから、誰にも何が起こったのかは分からなかったわけよ。事実として言えたのは、その娘は異形に変化し、およそ理性と呼べるものを失って誰彼構わず襲いかかるような化け物になった。ま、もともとアミーリェティシアという力を強くは受け継いでいない家系だったし?当時の竜の娘たちが寄ってたかって抑え込むことには成功したのだけれど、問題はその処遇。今に至るまでその後のことが伝わっていないところを見ると、ろくでもない最後を与えたのは間違い無いでしょうね」


 そこでラチェッタは語ることを止め、シュリーズに向き直って人差し指を突き付けて言う。


 「長女の家系であるリュリェシクァ。あんた達なら知ってるんじゃないの?最初の狂戦士が現れて、おおよそ一世代に一人、二人現れるようになって、その後彼女たちがどうなったかは、教えてもらえなかったわ。マリャシェ自身からもね。祀る人々を問い詰めても誰一人答えなかった。だったら…リュリェシクァが知っているとしか思えないでしょうが。あんたのように異界の門をくぐらされたのか、人知れず生涯を過ごしたのか、それとも…」


 自分の身内の末を思ったのだろうか、その先は流石に口に出来ないようだった。

 だが詰問されたシュリーズにしたってさっき「知らない」と言ったばかりだ。この期に及んで言を翻すとも思えない。


 「だからあんたの知っていることを教えなさいよ!全部、洗いざらい!」

 「………小次郎」


 そしてシュリーズが告げた相手は、何故か俺だった。


 「知られたくはなかったのだけれどな。ラチェッタの言ったことは全て事実だ。竜の娘に、狂戦士と呼ばれるケモノが生じること。竜の娘の家系四つのうち、長女の末であるリュリェシクァに生まれた初めての狂戦士が私であること。だがな…」


 そこで言葉を切って、改めてラチェッタに向き合う。


 「狂戦士に堕した竜の娘、それがどうなったかはやはり私には分からない。マリャッスェールス殿にしても例外では無い。ラチェッタ、それでも私はお前に誠意をもって向き合わなければならないと思う。もう戻る術が無いと知って…なかったかもしれんが、ともかく門をくぐってまで追ってきたのだ。お前をたばかる意味など無いことなど想像するに難くないであろうが」

 「じゃあマリャシェはどうなったっていうのよ!」

 「分からぬ、としか言いようがないが…ただな、だラチェッタ。今お前がするべきは私にリュリェシクァへの憤激をぶつけることではなく、この世界でどこにいるか知れぬマリャッスエールス殿を探し、会うことだろうに。違うか?」

 「くっ…詭弁を弄するんじゃないわよっ!あんたが知らなければ他に誰が知るってのよ!」


 いや、いいこと言ってる風だけどさ、面倒を持ってくるな厄介ごとはそっちで対応せえ、って言ってるだけなんじゃね?と正直思った。が、まあ、それを口にする程空気が読めない男でもいたくはない。


 「そして、リュリェシクァに対するお前の複雑な心情とて理解、は出来ずとも無碍にもしたくはない。八つ当たりでも構わないのであればいくらでも受ける覚悟はある。それで許してはもらえないだろうか」

 「あんたを許すだの許さないだの、そんなことを思ったことは一度も無いわよ!どうしてあんたはいっつもそうやってこっちのコトを……あ~~~もうっ!八つ当たりしても良いって言ったわよね?!じゃあその覚悟を見せてもらうわ!!」

 「……!ああ、来い!」


 そういったシュリーズの顔は、どこか嬉しそうにも見えた。

 なんだかなあ…ケンカ友達が元に戻ってホッとしている、ってとこなんだろうけど、さっきの殺陣まがいのやり取り見てると結構物騒なことになるんじゃないかと一抹の不安は残る。


 「………くくっ」

 「…?」


 そして俺にそう思わせたのは、俯いたままこちらに見せる、どこか禍々しい横顔に浮かんだ、吊り上がった口元だった。


 「…あ~あ、この手はなるべく使いたくなかったんだけれどね…八つ当たりしてあんたにひと泡吹かせられる手段も他に思いつかないし、仕方ないわ……」

 「…ラチェッタ?」


 一歩踏み出したシュリーズが、怪訝に思ってか歩みを止めてラチェッタを見ていた。

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