第15話・今明かされる、ろくでもない事実

 「そーね、話は六百年前に遡るわ。とある場所で一人の赤子が発見された、というところから話は始まる」


 いきなり大袈裟な話が始まったな。六百年前っつーと鎌倉時代か?想像もつかんわ。

 何にしても、状況が悪化しないというのであれば、否も応も無い。ラチェッタの多少芝居がかった物言いを、ありがたく拝聴する俺。


 「その女の子の赤ちゃんは竜が棲まうとされる場所で見つかり、一振りの剣と共にあった。そして竜の娘と称されて育てられた。竜の娘は長じるにつれて人からは大きく外れた強大な力を示し始め、それが故に竜の娘という呼称が与えられたんだけど。まあともかく、生前はその力のせいで大きな事件に巻き込まれたりもしたくらいで、それ以外は世界が滅ぶとかそんな話にはならなかった」

 「うむ。そしてその竜の娘が我らの祖先にあたる」


 なるほど。親戚筋とかいうのはそれが理由か。六百年も前の血縁関係が今も続いているってのは想像も付かんけどな。


 「そして竜の娘が顕現してからおよそ百年後にそれは起きたわ。異界の門が出現したのよ」

 「…お前らがくぐってここに来た、とかいうヤツのことか?」

 「いや、厳密には違うものだ。その時に現れた門には明白な役割があったのだ」

 「役割?」

 「私達が『異世界統合の意志』と呼ぶ、平行世界を通じせしめる意図を持つ者。そいつが据え付けたものだったのよ」

 「平行世界…っつーと、なんか聞き覚えがあるな?シュリーズが最初の頃に言ってたやつだっけか?」

 「…あんたそんなことまで言ってあったの?それでどーしてコジロウに事情が伝わってないのよ」

 「い、いや、私達とこの世界の関係を説明するのに例えに出しただけだ。細かいところまでは言ってないぞ」


 まああの時はまだシュリーズも事情を詮索されるのを嫌がってたからな。俺もそこまで追い込むつもりも無かったし。


 「まあいいけど。それでその『統合の意思』の奴の目的、それは無数にある平行世界の往来を自由にし、いずれ数多あるそれらを一つに束ねようとしたのよ」

 「…?それが何か悪いのか?世界が広がるってことだろ、早い話が」


 普通に考えれば外国と交流するよーなもんに思えるが。


 「小次郎、それは想像力がなさ過ぎる。今までその存在も知らなかった外つ国との交わりが必ずしも双方に幸福をもたらすとは限らないだろうことは、例えばこの国の歴史にだってあっただろう」

 「…うーん、鎖国が解かれてどうなったか、とかって話だろうか……まあ結果的に見れば良かったことの方が多いような気がするが…」

 「それは外つ国の存在を知っていて、且つまともに交わりの始まった場合のことだろう。自分たちに想像のつかないような力と欲望を持った存在が突然隣に現れたとしたらどうなると思う?」


 シュリーズにそう言われて、日本ではなくスペインに滅ぼされたインカ帝国みたいなものを想像してみる。うーむ、確かにろくでもないことになりそうではある。


 「あるいは『意思』の奴はコジロウが最初に考えたみたいに善意であったのかもしれないわね。確かに知り得る世界が広がることは、単純に考えれば良いことかも知れないし、記録を読んだ限りでは、実際悪辣な存在だとも言い切れないようだし」

 「うむ。だがな、我らの祖先…百年後の竜の娘はそうは考えなかった。いや、そもそも竜の娘とは『意思』の顕現を予想して世界が使わした存在だったのではないか。交わるべからざる世界の交わりは、そもそも世界そのものの望むものではなかった。故に、竜の娘が顕現したのだろうと、事が済んでから、そして今もそのように説かれている」

 「細かいことは端折るとして…そして、その当時の竜の娘は『意思』を退けた。正確にはその意図をその時は挫いた、ってところかしらね。何せ、門は丸々残ってしまっていたのだから」


 なるほど。平行世界との往来を自由にするための門があって、それは残った、と。

 …いやけども、その割にはこっちにはそんな門みたいなものは無いんだがどーいうことだろう?


 「言いたいことは分かる。当時、『意思』が据え付けた門には確かに往来を可能にする力があった。もちろん誰も彼もというわけでは無かったが、それをくぐってまた帰って来た者もいたのだしな。当時の竜の娘のことだが」

 「そうして平行世界を一つにまとめてしまおう、という企ては潰えた。平行世界のそちこちにあった門も私達のご先祖の力で、残らず閉ざされたとされているわけよ。で、私達の世界に残った門なのだけれど…これがまた厄介なことに、竜の娘が『意思』を追いやってもう二度と戻ってこられないように一つだけ残したもので、どうも片一方にしか行くことが出来なくてコトが済んでからも閉ざすことが出来なかったのよね」

 「もう少し説明するとだな、その方法まではもう伝わっていないのだが、閉ざすことの出来る門は交互に往来が可能なもの、しかないようなのだ。とある説というか詩によると、異世界統合の意思は竜の娘に恐れをなして向こうから門を閉じてしまったとかなんとか。ま、眉唾ものだがな。ともかく結果的に、こちらからはくぐれるが戻って来ることの出来ない、一方通行の門が一つ残ってしまったことになる。私が帰れない、といったのはそういう理由だ」


 なるほどな。いろいろ合点がいった…と言いたいところだが…。


 「……ちっと腑に落ちないことがあるんだけどな、ところで」

 「なに?この際何でも答えてやるわよ」

 「ラチェッタ?!いやちょっと待て、何でも答えるといっても、その……まだ覚悟が決まっていないこともあるわけで…」


 一部煮え切らない態度も見せるが、多分そっちじゃないと思うんだがなあ、と、二人を交互に眺め、それから口を開く。


 「こっちの世界の話とか本とか入手してたって言ってたじゃん。あれは、どーいうことだ?」


 ぶんっ!!…と音が聞こえそうな勢いで二人とも顔を逸らした。


 「…おい」

 「さささ、さあなあ…そんなことを言ったか?!」

 「シュリーズの言ったことでしょ?私の知ったことでないしぃ」

 「そこまであからさまに誤魔化そうとすると逆効果だぞ…なあおい?」


 と、さり気なく俺から距離を取ろうとしていた足下のラジカセをふん捕まえて諭す。


 「…おめーが高度低くとっている時は、何か洒落にならん話が展開中だってのは昨日からの会話で把握してんだよ。おら吐け」

 「吐けと言われても毒くらいしか吐くものが…って、待て待て家主殿!!塩水だけは勘弁して欲しい!」


 把手を握ったまま海に向かって歩き出した俺に比較的必死に懇願してくるラジカセだったが、あいにく主の方はラジカセに片手拝みの姿勢である。我が身かわいさに犠牲を強いることに対する謝意なのか、成仏を祈ってのことなのか。…成仏という概念がこの連中にあるのかどうかは知らんが。


 「ほれ、お前のご主人様は下僕が海水に浸されることをご所望のようだぞ。それがイヤならとっとと白状しろや」

 「家主殿も大概鬼であるなっ!…まあ仕方在るまい。全てを詳らかにすべきであろうな」

 「らじかせっ?!」

 「ちょっとこのガラクタ何を言い出すつもりなのっ!」

 「やかましい。果たすべき責務を果たさぬ主を仰ぐ義理は無い!」


 そこまで大仰な話にするつもりは無いのだが…主従の間に楔を打ち込んだ感じがして何となく後味が悪い気はしないでも無い。


 「いやあのな、自白を強いておいてなんだけど、別にアレを裏切らんでもいいんだぞ。そこまで深刻な話なら聞かん方がいいかもしれんし」

 「…お主も男気があるのか無いのかはっきりせんなあ」


 後の方が本音だとは流石に言いかねるので、男気とやらがあるという評価に関しては丁重に辞退しよう。うん。


 「ま、いずれバレる話ではある。竜の娘が追放した『異世界統合の意思』だがな。あれな、今この世界に居着いている」


 ……………。

 ………。

 …。


 「…なんて?」

 「五百年前に平行世界の全てを混沌と混乱に陥れ、あまつさえ滅亡の縁に追いやった存在は、この世界に今いる」

 「わざわざ物騒に言い直すなっ!!聞こえているわ!」

 「聞こえているなら聞こえない振りをする必要など無いではないか…鈍感系主人公であるまいに」

 「耳を疑ったんだよ察しろ!…誰が鈍感だって?」

 「達者な耳を所有しているようで何よりであるな。疑う必要もなかろうて」

 「誤魔化すなアホ。で、その統合の意思とやらは今どうしてるんだ?」


 相変わらず目を逸らしたままどころか口笛まで吹き出した二人を睨んで言う。


 「知らぬ」

 「右に同じく」

 「お前らなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 「いや知らないものは知らないのだ。だが小次郎の問いの答えには関わっているのでな」

 「あん?」

 「ほら、この世界の話や物語をどうやって知ったのか、って言ってたでしょ?あれ、『意思』のヤツが送ってくるのよ。私達の世界に」

 「………はぁぁぁぁぁぁ?!」


 …ってか、斜め上にも程があるだろうがよ……。




 「つまるところだな、お前らは自分の趣味のために、世界を滅ぼしかけた存在を利用していたと、そういうわけか」

 「小次郎。それはあまりにも恣意的かつ悪意に満ちた表現ではないだろうか?我々はただ単に、送られてくる情報を精査して興味深いものを選別し共有していたと、それだけのことであるぞ」

 「そーね。送ってくる方は特に意図があったわけじゃなさそうで、とにかく見境無しという具合であったから、欲しいものを見つけるのも一苦労だったわけよ。で、それが出来るのは竜の娘の末裔たる私達だけで、存在が知られることすら忌避されている平行世界のことなんか他の誰も知りたがらなかったしね」

 「あーもう、それ以上このことについて話すな。頭が痛くなってくる…」


 まあなんだ。話の展開的にもーちょい深刻というか真剣さがあっても良かった気がするのだが…。

 結託しているようで牽制している二人を横目に、俺は今聞いた話を整理してみる。


 まず、こいつらの世界で生まれた『竜の娘』とやらがいて、世の中には平行して存在する世界っちゅーもんがあって、それを一つにまとめようとした要らんお節介焼きがおって、それをぽいっと投げ捨てた先が今俺がいるこの世界だったと。

 んで、平和になったこいつらの世界では、先祖の投げ捨てた物騒な輩がまだあれこれ送ってくるものを好き勝手に弄って楽しんでいる末裔がいる、と。


 ………うむ、腹しか立たんな。つか何しやがってくれるんだこいつらの先祖は。


 「結局危険はねーんだろうな?」

 「危険?何のことだ」

 「おめーらの考え無しのご先祖サマが送りつけた迷惑なシロモノのコトだよ!!」

 「コジロウさぁ、人の先祖を悪く言うのは感心しないわよ?」

 「今はそういう話をする時じゃねーだろが!」

 「ではどういう話をするべきなのだ」

 「だから、おめーらの…ってもうええわ!」


 途中からボケてんのが分かったからな。寸刻を争う事態ってわけでもないんだろう。

 だから今日のところはこれでお開き、としても構わない、はずなのだが。


 「…よし!ではこれで話も済んだというわけだ。ラチェッタ、こちらでの連絡先が決まったら教えておけ。いずれ昔話でもしよう」

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「……なっ、なんだお前たち?!そんな怪しいものを見るような目付きで見られても、その…困るのだがっ!」


 …露骨に隠し事のありそうなヤツを放置して、ハイお終い、というわけにもいかないのである。

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