第14話・因縁と恩讐の相克、みたいな
降り立った砂浜で、シュリーズはラチェッタなる半裸の女を睥睨してこう言った。
「さて、ここなら人目も無い。全力で相手をしてやれる。話とやらをしようじゃないか」
「…ふん。また随分と威勢の良いことじゃないの。全力でぶちのめしてから話をしようってくらいの勢いね」
「もとよりそのつもりだが?」
とても偉そうである。
一体何が原因なのかは知らんが、この場に降り立つなり調子を取り戻したように見えた。
こうしてりゃ凜々しい出で立ちの剣士、に見えなくもないんだが、さっきまで散々っぱらアレな顔見せられたからなあ…。
「さて、ラチェッタ。私はな、これでも結構怒っているのだ。追放されたのは私だが、もう帰ることも出来ない我が身をお前に追わせた理由に、だ」
「………」
「聞かせてもらおうか。背負う者の多き我らをして、それを全て投げ打たせた事情とやらをな!」
「…ちょっ、あんたさっきから一方的過ぎんじゃないの?!もうちょっとこうさあ、追いかけて来た旧友に投げかける温かい言葉とかそーいうものをね…」
「こちらの隙を突いていきなり斬りかかって来た割には図々しい言い分だな」
「ぐぬぬ…」
「言わぬのであるならば、ラチェッタ。お前の望み通りに口以外動かせなくなってから聞き出しても、良いのだぞ?」
「あっ、あんたさっきとえらく態度違わない?!もうそれ脅迫よ脅迫!」
剣を突き付けてそう言い捨てるシュリーズ。
なんつーか、まともに立ち会えばそれくらいに実力差があるのかもしれんが、それにしてもアタマに血が上るとここまで物騒な言動になるヤツだとは思わなかった。怒らせるのはなるべく避けたいと思う。
「今までは余人の目をはばかる必要あってのことだったのだ。その必要が失せれば寧ろ力尽くで吐かせる!」
「う、ううう……。分かった、分かったからちょっと落ち着きなさいよ!」
うん、ここは一つ声援を送ってシュリーズの歓心を買っておくべきだろう。
俺は両手をメガホン代わりに口に当て、下品にならないようにではあるが、なるべくカチンとする声調を心がけて煽りにかかった。
「ヘイヘイヘイ、ピッチャーびびってるぅ!」
「なぁんですってぇ!ちょっとコジロウ!わ、私がビビっているとか何つまらないこと言ってくれちゃってんのよ!」
「いやビビってんじゃん。ほれ、腰が引けるわ口籠もるわでそれがビビってんでなくてなんだっつぅのよ。なっ?!」
と、傍らに寄ってきたシュリーズに同意を求める。にこにこと笑って良い感じであ
「小次郎」
「あっ、ハイ」
俺の肩に置かれた左手に、特に力は入っていなかった。
「少し、黙っていようか?」
そしてシュリーズの右手は、両刃剣を上下に振っていた。それはもう、苛立たしげに。
その往復運動を目で追う俺に、シュリーズは念を押す。
「分かってもらえたか?」
「ハイ」
「うん。それは良かった」
そう言うと、抜き身の剣を肩に担ぎ上げて俺に背を向けた。鎧着込んでいるからいいようなものの、下手すりゃ肩から先が無くなりそうな勢いであった。
「…こ、怖かった……」
「いや、今のは家主殿が悪いと思うぞ、流石に」
ごく当たり前のように言われてムカつくが、更にムカつくのは自分でもそう思うからだった。
「…………ニヤ」
一層ムカつくのは、ラチェッタがこっちを見て「ザマァw」的に笑っていたことだったのだが。くそ。あいつ落ち着いたら覚えてやがれ。
「さて、馬鹿な観衆は黙らせた。ラチェッタ、本題に戻ろうか」
馬鹿って誰のことですか、って聞くまでも無いです俺のことですね、ハイ。
「…って、アホなやりとりしている間に気がついたんだけどさあ」
「なんだ」
「別にシュリーズが怒る理由なんて無いんじゃないの?私がこっち来て帰れなくなったのなんて自分の考え無しのせいだし、そりゃま迷惑が増えたくらいには思うかもしれないけど、別にそこまで怒るほどでもないでしょうが」
「ふむ、尤もだな」
「なら無理に私の口を割らせるとかいう必要はないんじゃない?あ、いきなり襲いかかったのは謝るけど、話も聞けないくらい錯乱したあんたの目を覚まさせるためにやったことだし」
だがシュリーズは、すっ、と左手を前に掲げてその饒舌さを止めた。まあ普通に見れば逃げ腰でそんなことを言っている奴は、虎口を逃れるタイミングを図っているんだろうなと思うだろうが、どうも俺達の怒れるお姫様はそんなことで昂ぶっていたわけでもないらしい。
「ラチェッタ。私は怒る理由については既に述べた。お前に私を追わせた理由、それが私が怒っている対象だ」
「へ、へ~…」
「それを隠し立てしているお前にも…それなりの事情はあると見る。そうであるならば、それで良い。だがな、その場合は私の怒りは全てお前に向かうと知れっ!!」
「だろうなあ」
「うむ、是非もない」
「落ち着いている場合でないでしょーが、そこの馬鹿二人!!」
なんで矛先がこっちに向かう。つか一緒にすんなや。
「ああもうわぁったわよ全部ぶちまけてやりゃあいいんでしょうがコンチクショウ!」
そして開き直るラチェッタ。つか大概限界も近かっただろうからなあ。あの追跡が思いも掛けずダメージになっていたのか、あるいは本気で怒ったシュリーズが怖すぎるのか。
剣を納めた、というのも変な表現なのだが、ともかく二人の手からは光るものは消えた。またあの鎧のようにぱっと出したり消えたり出来る代物なんだろう。
そして、諦めたように、それから窺うようにシュリーズの顔を見上げているラチェッタと、相変わらず厳しい表情を消そうとしないシュリーズの視線が交錯する。
俺なんぞには想像もつかないやり取りを目だけでやっているのかもしれず、ラジカセと揃ってハラハラしながらそのやり取りを見つめていた。
「なあ、ラチェッタ。私はお前が嫌いなどと一度も思ったことはないぞ。確かに仲違いも口論も幾度となく重ねた。けれど、それはお前に対する信頼あってこそのものだ。いつ縁が切れても構わない者と何回も喧嘩をするなどということがあるだろうか?一度したらそれっきりになるのでは、ないか?」
………うーん。
「家主殿」
内緒話のようにラジカセが顔?を寄せて言う。
「なんだ」
「我、あれは完全にヤクザの手口だと思うのだが。脅しておいて宥めてみるとか」
「同感だな。となればきっと次はまた脅しにかかるぞ」
…と、聞こえるように言ったつもりは無いのだが、シュリーズの口元が若干ひくついているようにも見える。横顔からでもそれは充分に分かった。
「…せめて聞こえないように言おうか」
「であるな。後が怖い」
などと、茶化したようなことを言ってはみたが、それでもシュリーズの見せるラチェッタへの態度は不遜だとか敵意だとか、そういったものは無くて真摯であったようには思う。それも、ごく当たり前のように。いやまあ、アッチの男色趣味っぽい言動はどうかと思ったけどな。
で、それはきっとラチェッタの方にも伝わっている、のだとは思うし、でなけりゃああも親しげに手を取ったり………手を取ったりは……?
「は、ははは……。そうね、あんたの知る限りではそうかもしれないわね。けどね」
「なんだ?」
シュリーズが差し伸べた手は、振り払われたりはしなかった。けど、ラチェッタが見せたのは多分、明確な拒絶なんぞよりもよっぽど手酷いものかもしれなかった。
「私は結構、ムカついていんのよ!あんたたちリュリェシクァにさぁっ!!」
慟哭にも似た咆哮と共に、一度納めたはずの湾曲刀がその手に戻った。
「ラチェッタ!」
制止の声も及ばず、やむなくだろうかシュリーズの方も再び抜剣した。
怒りに任せた打ち込みは容易に退けたが、勢いだけは先刻の撃ち込みからは隔絶している。あしらいかねてシュリーズが一足を割く。追い打ちが縋る。
「くっ!」
苦しげに声を漏らし、両手剣を正面に構えて追撃に備えたが、斬撃を突きに換えたラチェッタの一撃が胸元に迫ると辛うじて身を捻って躱した。そしてそれだけに止まらない。捻った半身の勢いに腰から下の回転を加え、それを追い越すように上半身の加速させてラチェッタの背中から斬撃を加える。
得物の間合いで言えば懐に入り込まれたシュリーズの方が不利なのだろう。だが、突きが避けられたラチェッタにしてみれば躱された後は距離が開くだけだ。当然シュリーズの間合いになり、防御から一転しての反撃は間違い無く痛恨の一撃になるかに見えた。
だが、それを察したラチェッタの動きに迷いは無かった。俺から見れば必殺の構えを無効にされて動揺するだろうに、外れたと見るや体勢を低く抑えて踏み込みを加え、一気にシュリーズの間合いを外す。それどころか前方に突きだした曲刀を横に薙いでシュリーズの反撃を牽制することさえやってのけた。
効果覿面。
かろうじて切っ先が背中に届きかけた長剣の勢いは鈍り、致命傷にはならないまでもむき出しの背中に傷の一つでもつけようかという意図はあっさりと挫かれた。
半歩引いたシュリーズの運足を肩越しに確認したラチェッタは即座に身を翻し、更なる追い打ちに備える。そしてその心構えは正しく報われた。
「…ま、だっ!」
両手に掴んだ長剣を肩に担いで追いすがるシュリーズが振り下ろした一刀を、重量でとても敵うはずもない曲刀を手繰っていなしてしまう。
それどころか、長剣の勢いを削がれたシュリーズが体勢を崩すだろうと防ぐだけでなく逆襲の構えまで見せたのだが、今度はそれを当たり前のことだと予想していたとさえ思える動きで、手首を捻っただけとは思えない速さで死角のはずの、顎の下から襲いかかった白刃を、クイッと顔を逸らすだけでシュリーズは避けてみせた。
そしてこの間、せいぜい俺の二呼吸ほど。
「…すげぇ……」
「感心している場合ではないと思うのだがな、家主殿」
「いや、そりゃそうなんだけど、なんだこの…なんだぁ……」
自分で言うのも何だが強面の割に喧嘩なんぞの経験が乏しい(大体そうなる前に逃げてるし)俺にしてみれば、本気なのかじゃれ合っているのかさえ分からんが、それでも道場剣法ではそう見られないだろう撃ち合いに溜息しか出ない。
まあこれは俺があんまりこーいう場に慣れていないからではあるのだろうけど。
「こんなもので驚いていたら彼女らの本気にはついてこれぬぞ」
「げ、まだ上があるのか、ってそりゃあんだけ飛んだり跳ねたり出来れば別に不思議でもなんでもないけどさ」
「そういう話とはちと違うのだが…ラチェッタ嬢がどういうつもりなのか、それが知れないことには何ともな…」
そりゃそうなんだが。
「ワケを話せ、ワケを!お前が後のことも考えずに私を追ってくるよーなドジっ娘なのは先刻承知しているが、本気出すほど恨まれる覚えは無いぞ!」
「誰がドジっ娘だってのよ!…って、まあいいわ。口も利けなくなってからじゃ話だって出来やしないものね、お互いに」
「私にはお前にそこまでやりこめられるよーな未来は全く見えないぞ。直接やり合ったことこそ少ないが、全て私の完勝だったように覚えているが」
「…あー、そうね。でもそんなことで躊躇してられるような事情でもないのよね、こっちは」
そう言ってラチェッタは刀を下ろした。納刀こそしていないものの、言葉も交わさずに襲いかかる空気でもないようで、応じたシュリーズも一先ず警戒は解いたようだった。
「…あんたさ、自分が門をくぐる前にマリャシェがこちらに送られたこと、知ってる?」
「……マリャッスエールス殿が?いや、初耳だ」
「はっ、呑気なもんね。自分だけが悲劇のお姫さまかと思ってたとはね…あんたはね、マリャシェの先例を鑑みて門の通行を許可されたようなもんなのよ。…っていうか、本気でマリャシェのこと聞かされてなかったわけ?」
「あ、ああ…済まない、正直なところ自分のことで手一杯だった…」
気勢を削がれた風なシュリーズ。
ラチェッタはそんなヤツに怒るでもなく、むしろ気の毒そうに肩をすくめていた。
「無理も無いわね。兆したのはマリャシェよりあんたの方が先だったしね…とはいえ、こっちにしてみりゃあ不公平極まり無いってもんなのよ。マリャシェは代替わりして、それほど危険視されることもなかったハズ。それでも『始末』されることは確実だって聞かされた。その内容ときたらもう…代替わりして大分経っていたから力は衰えている、だから人間の力だけでも滅することは出来る。ふざけんじゃねーってのよ!竜の娘がヒトの世にどれだけ力を尽くしたかを忘れて一方的にそんな真似…っ!」
「…………」
「グリムナが相当に抵抗したとは聞いてる。けどさ、それでもそのままにしてはおけないからって、祀る連中は門を通じて追放することを提案してきやがって、当代の他の奴らは全員妥協した。うちのバカ姉も含めてさ。でも、あんたたち長女家の連中は!あたしたちをそんな風に扱わせないようにするだけの力が、あるんじゃないのっ?!」
「………ラチェッタ…わたしは…」
「あのー、ちょっといいか?」
怒気が背中から満たされていくのが目に見えるようで、慌てて俺は二人に声をかけた。いや、正直すんげぇ怖かったんだが。
「さっきから第三者に理解出来ない単語が飛び交っているので、そろそろ説明を求めたいところなんだが」
「…ちょっとは空気を読んだらどうか?家主殿よ」
「んなことも言ってもな…これ放っておいたら絶対斬り合いとかになる展開だろ?あんまそーいうのは見たくは無い。空気を読んで敢えてそれに従わない。これが俺の流儀だ」
「ただの天の邪鬼をいいことのように言っているだけでないのか、それは」
ほっとけや。
とはいえ、相対する両者ともにいくらかは思うところがあったと見えて、一触即発といった事態は一応避け得たようには見える。
「…そうだな、当事者が事情を把握していないというのも片手落ちな話であろう」
いや待て。当事者になった覚えは無いのだが。
「まったくもってその通りね。コジロウが示す答えとやらに耳を傾けてみましょうか」
だから俺は関係ないっちゅーに。
いささか情けない面持ちでラジカセを見ると、一言「知らん」と突き放された。
「…あんま期待されても困るぞ。何せ俺は『第三者』だからな。うむ、埒外にある者として客観的な意見くらいは述べても構わんが、あくまで参考に止めてもらえるとありがたい。いやマジで」
「なに、そう謙遜することもあるまい。小次郎の物言いは私の心に能く触れる。最早他人でもあるまいに、遠慮は要らぬぞ?」
「あら、あんたたちそういう関係なの?ふぅん、妄想止まりのシュリーズにしては随分手の早いことね。この子を本気にさせた男の言うことであれば耳を貸すのに吝かではないわね」
だから勝手に巻き込むなっちゅーに。
「そそそそういう意味ではない!小次郎は私にとっての恩人であってだな、いやそれは好い男だとは思うが、その…」
おめーも妙な勘違いして話をややこしくすんな。
だが、シュリーズが慌て、俺はどうにか距離を置こうとアタマを捻っているうちに、ラチェッタはわぁってる、という風に苦笑しながら言葉を継いだ。
「…ま、冗談はこんくらいにしとくわ。そーね、話は六百年前に遡るわ。とある場所で一人の赤子が発見された、というところから話は始まる」
それは唐突で、えらく大げさな話が始まったと俺は思うのだった。
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