第12話・迷惑は高いところがお好き

 「本っ当にどこいっても変わりゃしないもんだわ。終いには『もう離れられないな』とかまあ、可愛らしい生娘みてーなことを言うもんよ。やー、でもあんたのそういうところはキライじゃないけどね、わたしは」

 「………」

 「………」


 その、何というのだろうか。

 屋根の上から生暖かい視線で見下ろすソイツは、ニヤニヤとした笑みこそ小癪なのだが、長い黒髪と整った容貌で、見た目そのものは典型的な和風美人と言って差し支えない容姿だった。

 ただまあ。


 「あのさ」


 ポカンとそれを見上げるシュリーズの横顔に声をかける。

 その出現が意外であったのか、感情をどっかにうっちゃったようにぼーぜんとしてはいるが、俺は構わず言葉を続ける。


 「季節はともかく場所を盛大に間違えた恰好のあの女は、知り合いか?」


 そう。

 まるでビキニの水着にブーツを履いたような出で立ちは、街中で見るにはハレンチ…というよりむしろ痛々しく、どうも本人にそういう自覚が無い辺り、どう控え目に表現したところで、関わり合いになりたくない、以上の存在ではなさそうな気がする。


 「ラ…ラチェッタ?!何でここにいるのだ!」

 「あははは!良い反応よシュリーズ!わたしはそんなアンタの顔が見たくて追ってきたのだからね!」

 「門をくぐったらもう戻れないと知って追いかけてくるとか、アホか貴様は!」

 「あ?」

 「へ?」


 期せずして闖入者と同じ反応になる。ていうか。


 「おい、どういうことだそれは」

 「どういうことだとはどういうことだ!」

 「どういうことだとはこういうことだ!…じゃなくてだな、もう戻れないとか言わなかったか?」

 「………っ、い、言ってない。言ってないぞ!」

 「…こっちむいてもう一回言ってみようか」


 あからさまに顔を逸らすシュリーズのドタマを掴み、強引にこっちに向かせて訊く。


 「もう戻れない、というのはどういうことだ?ん?」


 知らない知らない、と半分涙目でぶんぶん首振って抵抗するシュリーズ。そんなに怖そうな顔をしているのだろうか俺。正直凹むわ。


 「…も、戻れない…って………ああああああっ!」


 一方、シュリーズの言が意外だったのか、屋根の上の場違いな格好の女は、反応が激しかった。

 本当のことだったら相当にヤバいだろうに、うっかりにしては洒落にならなすぎないか?


 「知り合いなのか?」

 「い、いや知り合いというか…その、あいつはな、いわゆる『びっち』というやつだ、うん」


 …こいつ絶対意味分からんで言っているよな。あんな露出の激しい恰好だからビッチ呼ばわりもやむを得んかもしれんが。


 「別に性癖がどうとかこの際関係無いんだけどな。ラジカセよ、アレ何なんだ?」


 今のところ人通りも絶えてはいるものの、この際人目について仕方無いんだがなと見上げると、脱力しているのか屋根の上で四つん這いに跪いている。あの傾斜であの体勢を維持出来るとは器用な奴だな。


 「何なんだ、と訊かれてもな。我が主の悪友とでも言っておくのが適切かと」

 「悪友」


 …ねぇ?


 「………放っておこうか?」

 「おぃぃぃぃぃぃっ!」

 「だってアレ、お前の言ったことがショックでしばらく動きそうにないぞ?それよりもだな、お前の言っていた戻れないとかなんとか、そっちの方が大事だろう?」

 「いいいいい今はそんなことはどうでもいい!いや良くはないが後で話す!とにかくラチェッタをなんとかしないと!」


 いや、アレは放っておいても別に害は無いんじゃないかなあ。お前とは違う意味で傍迷惑ではありそうだけど。


 「なんとかって言ってもな。おいラジカセ。お前ならどうにかできるだろ?」

 「管轄外だ。知らん」

 「閉店間際の役所の窓口みたいなこと言うなよ…」

 「どうにもならんものはどうにもならん。では、家主殿ならどうするというのだ」


 んな俺に振られてもなあ…関わり合いになりたくないとしか言いようがねーんだけど。

 もう一度見上げると、好都合なことに膝を抱えて何かブツブツいっている。改めて思うが、屋根の上であの格好を維持出来るとか器用なヤツだ。

 そんな姿と、混乱から立ち直っていないシュリーズの顔とを見比べる。


 「………こじろー…」


 まだ涙目のままだった。ていうかどんだけ苦手なんだよ、アレが。

 俺に対してあんだけ傍若無人に振る舞った時の姿がウソみてーだわ。ついさっきのしおらしい姿でお釣り来るけどさ。


 …しゃーないなあ。

 と、頭を掻きつつシュリーズの顔から目を逸らし、俺は言う。


 「………よし。じゃ、あとは親友同士で仲良く旧交を温めてくれ。俺は帰る」

 「さっきと言うことが違う!?」


 踵を返した俺の胴にシュリーズがしがみついた。


 「小次郎頼む!あいつは私ではどうにもならんのだ!さっき力になってくれると言ったではないか!」

 「ええい離せ、民事不介入だっ!友人同士の諍いにまで首を挟めるかっ!」

 「お主もやる気の無い警官みたいなことを言っているではないか…」


 ラジカセに呆れられても構ってられない。なんか次第に胴がちぎれそうになってきている気もするが……。


 「って、いてててて!離せそろそろ洒落にならんぞ!出る、中身出るから!!」

 「ぐぬぬ……は・な・さ・ぬ・ぞ…もうこうなったら死なば諸共だ!誓った通り生涯側にいてやるから覚悟しろ!」

 「お前が期限決めた生涯じゃねえか!分かった、分かったから離せ!なんか考えるから!」

 「本当だな!?信じるからな!」


 いえ、緩んだ瞬間逃げようと思いました。マジで。




 「で、何なのあの女」

 「うう…確かに故国の顔見知りではあるが…友人だとかそういう良いものではないのだ…」


 まだ半泣きのシュリーズに詰問調で問うと、渋々といった感じで答える。

 まあどっちかというと好戦的な雰囲気だったから分からんでも無いが、と屋根の上を見上げたらまだうずくまっていた。もしかしてあの場所が気に入ったのだろうか。


 「その、な。最初は趣味で交流があったのだが、そのうちその趣味の方で意見が違ってきて、あいつは私の好きを嫌うし、あいつの好きは全く以て論外であり得ん方向に向かうし。そのうち顔を合わせればいちいちケンカをふっかけてくるヤツになってしまったのだ。だからあいつが悪い」


 あー。なんか一気に話がしょーもなくなってきた。


 「…つまりなんだ。趣味で話が合わなくて仲違いしたってことか。友達同士じゃよくある話じゃねーか、つまらん」

 「つまらんとは何だ!真摯に好悪を論ずる行為は私とて是とするが、あいつの態度といったらこお…話にならん内容を押しつけ…こそしなかったが噛み合わない議論で己が主張を押し通す様は全く話にならなかったのだぞ!」

 「そんなもんあっちから見ても同じことじゃん。どんな趣味だか知らんが、互いの趣味嗜好を受け入れてこそ人間関係は円滑に進むというものだぞ?」


 うんうんと我ながら分別くさく説いてやるが、シュリーズは一層憤慨して言い返してくる。


 「なんだと?!おい小次郎。いいか?世の摂理からして男同士がいい、なんて趣味は絶対に認められん。そんなものを信奉するあいつは世界に対する反逆者だ。それを認めることなど、世に対する背理に他ならん!」

 「男同士?……」


 俺はその熱のこもった物言いに反して妙に浮き世離れした単語に、ひっかかりを覚えて聞く。


 「あのさ、お前らのその趣味って一体何なの」

 「この世界から入手出来る文物、正確に言えば様々な物語についてだ。私の趣味は姉上には王道ばかりでつまらんとも言われたが、至高であるが故に王道と呼ばれるのだ。あいつは邪道に奔って人の道を外れたのだ!」


 うっわぁ…予想以上にくだらねぇ…あまりのしょーもなさに目眩が止まらない。


 「はン、邪道だのなんだのと言うけれど、あんたこそ何なのよ。王道と言えば聞こえはいいけど、自分の世界にはまり込んで散々っぱら周りに迷惑をかけまくっていたのはあんたの方でしょうに!」


 と、アタマを抱えている俺に聞こえてくる声。その方角に顔を向けると、屋根の上のヤツがその位置で仁王立ちしていた。一方的に糾弾されることに我慢がならなず、ショックから立ち直ったと見える。


 「いい?そこのヘタレ攻めとの相性が良さそうな男」


 …今何つった?


 「そこの考え無しが、物語世界に耽溺した挙げ句、現実と妄想の境目を亡失し、長家の次女という立場も忘れて世間にどれだけ迷惑かけたことかと」


 んな文句俺に言われても。


 「てか、具体的に何やらかしてたんだよ」

 「小次郎!」

 「例えば、そうねえ…物語の姫に身を擬して、いつか訪なうという設定の王子に焦がれていたとか」


 …いや、別に普通じゃん。子供がよくやる遊びだと思えばむしろ微笑ましいぞ。


 「あれは確かシュリーズが七つの頃だったわね。従兄弟のアッツァーンヌ殿が異国の姫を娶ると決まった時、そこのアホ娘は…」

 「うわぁぁぁぁぁん!」


 思わず引くくらいに泣きわめくシュリーズを抑えて俺は先を促す。いや、なんか面白い話になってきた。


 「ま、それは幼子の微笑ましい思い出として納めても良い類であるのだけど。もう、最高だったのがお付きの衛士が自分に懸想しているという話を作って…」

 「殺す!それ以上言ったらころ………むぐぐぐぐ」

 「あ、こいつは抑えとくから先どうぞ。大変興味深い」


 飛び出そうとしたシュリーズを羽交い締めにして口を塞ぎ、どうぞどうぞと身振りで示すと、愉快そうに黒髪の女は続ける。


 「ふふん、あんた物わかりの良い男で楽しいわね。シュリーズは身分が身分だから当然そんな話が実現するはずもない上に、その衛士には既に連れ添いに子供までいたのだけれどね、まあ実際に事に及べるわけもないから自分で作った話を書き綴って一人で楽しんでいたつもりなのだけれど、その子迂闊を絵に描いたようなところあってね?ある時それが外に洩れたワケよ。その時の周りの人間の困惑ったら無かったわ。結局本気じゃないって分かって落ち着きはしたけれど、そうでなかったらどんな騒ぎになっていたことか」


 うーん、若干洒落になってないような気はするが、まあ幼い子供のやること…。


 「ちなみにそれが去年の話」

 「むぐぐぐぐぐぐぅっ!………あいたっ!!」


 思わず腕の中のシュリーズを放してしまい、逃れようともがいていたこいつは勢い余って顔から地面に突っ込んでいた。


 「あだだだ…いきなり離すな小次郎!……それはともかく黙って聞いていれば人聞きの悪い!その時私の手記を暴露したのは貴様ではないかラチェッタ!!!」

 「…あらそうだったっけ?昔のことだからよく覚えてないわね」


 わーお、なんというマッチポンプ。つか去年のこととか言ってなかったか?白々しいというか不貞不貞しいというか。

 でもまあ、な。


 「いいか小次郎、違うからな!わ、私がそんな…確かにいろいろ騒ぎにはなった覚えは…ああ、まあうん、あるといえばあったような気もするが…あー、うん、その…今の話はラチェッタのアホが山盛りに盛りまくっているからな?だから、あのー……あひゃ?」


 必死に弁解するシュリーズの頬をむにゅっとつまんで上げ下げする。


 「あひょ…いはいのらは」

 「まー、アホらしい話ではあるがな。思ったことを言えばだな」

 「あんら?」


 ホントに、このどっか陰のあるお姫様ときたら。


 「お前、結構可愛いとこあんのな」

 「なっ?!」

 「へぇ?」

 「ほー」


 言われた意味を理解出来ずかした上でのことか、ともあれ真っ赤になるシュリーズ。呆れたような声をあげる屋根の上。感心した風に声を漏らすラジカセ。

 まあそりゃ迷惑をいろいろかけられたと思しき連中から見ればいろいろ言いたいこともあるだろけどさ。


 「いいんじゃね、別に。何か難しい立場なのかもしれんけど、お前の思うようにやってきたことが一つ知れたからまあ、面白い話だとして覚えておくさ」

 「小次郎…」


 呆けて俺を見上げている。顔が赤いのはまあ、俺が頬をもてあそんだせいもあるんだろうが、夕焼けに染まりつつある中でそれよりも赤く、要するにそれに見とれてしまうには充分な顔を、していた。


 「…それで、もう帰れないだの戻れないだのの話なんだがな」

 「それはまた後で!」


 そろそろ本題に戻させてはくれんものだろーか。

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