第11話・とある昼下がりの青い議論
合流できたのはいいのだが、何せみっともないところを見せてしまったもんだから、気まずい沈黙で満ちた間隔を保ったまま、俺とシュリーズは夕方の町を歩く。
といって気まずいのは俺の方だけなんで、シュリーズはお構いなしに町中のあれやこれやを見てはしゃいでいたのはまあ、俺としても気は紛れたからいいんだけども、それにしても昼間は何やってたんだか。
ラジカセは自重してかだんまりを決め込み、シュリーズの手に大人しく提げられている。俺が持とうかと申し出た時だけ拒否するようにブルブル震えただけで、後は口を利くことは無かった。それはそれでなんか変な感じではある。
「まあ大人しいのはいいことなんだろうけど…」
「らじかせのことか?今日は朝からずっとこんな調子だぞ。ただ、やっぱりこんな大きい『きかい』を持ち歩く娘はいないようでな、なんだか人の目が気になってしまうのだ」
それはラジカセのせいじゃなくて、本人の容姿のせいだと思うんだがなあ。こういったらなんだが、こんなボロっちいガラクタでも、世間擦れしていない様子の一級の美少女が持っていたらそれなりに絵になってしまうわけだし。
「そういえば、結局昨日の服着てんだな」
で、そんなことを考えていた時に気付いた事を、思いついたままに口にしてみた。なんかラジカセが静かだと微妙に間が持たないんだよな。
「失礼な事を言うな、粗忽者。昨日とは違う装いではないか」
そしたら怒られた。何でだ。全く同じ衣装かどうかは分からんが、白のワイシャツに濃紺のパンツルック。確かに昨日のシャツとは違って何か飾りらしいものが増えているよーだが似たようなもんじゃないか。
「まあこのパンツというのは動きやすいから気に入ったのでな。マサムネの母上に同じようなものを見繕っていただいた。上着はまあ、確かに似たようなものなのだが、ほら」
と首元を指さす。ロープタイみたいなリボンのような飾りだった。
「襟元が寂しかろうと、これもあつらえてくれたのだ。似合うだろう?」
そりゃまあ大概の衣装なら似合いそうだから俺があれこれ言っても、なあ。
仕方ないので曖昧に肯定したらひどく不満そうだった。どうしろってんだ。こういう時に何か余計な一言を挟んでくるラジカセも、どういうわけか黙りこくったままだったので逆に落ち着きやしない。
だからというわけではないのだが…なんだか人通りが少なくて妙な感じがする。
シュリーズはひとしきり騒いで気が済んだのか、大人しいものだ。
その手に提げられているラジカセも、斯くの如しである。
そうしてやっぱり気まずさの晴れない空気の中、シュリーズと並んで歩いていた俺は結構大事なことを思い出したのだった。
「あ…」
待ち合わせ場所を、変更してあったことを失念していたわけである。このまま学校に向かっていたらすれ違いどころかまるで交わることのない行動で、正宗の余計な怒りを買うところだったわけだ。
「シュリーズ」
そして行き先が学校のままだと思って先に立って歩いているヤツを呼び止める…のだったが。
「…なんだ?」
ぐ…反応が堅い。そんなに着衣を褒めなかったのが気に入らなかったのだろーか。しかし怖かったので、という理由で放置したらまたヘソ曲げそうだしなあ。
「行き先間違ってた。ちっと引き返すが構わないか?」
「…間違っていたというのなら構うも構わないもあるまい。どちらに向かえばいい」
「わるいな。こっちだ」
まあ方角としては学校とそう変わりはない。曲がる角が一つ二つ早まったとかその程度のことだから、向きをかえる必要も無かったのだが、何故かシュリーズは俺に追い越された後、自分の背中越しに後ろをじっと見て、すぐに俺についてこようとはしていなかった。
「どうした?何か気になるのか?」
「…いや、そういうわけでもない。何か懐かしい気配がしただけだ」
「また思わせぶりな…懐かしい気配、なんつーのがどういう感覚なのか想像もつかん。ソースの匂いがしたのでたこ焼きが食いたくなりました、くらいなら分かりやすいってのに」
「あのな、食べ物を与えておけば大人しくなるとでも思われているようで、その言い草は甚だ不本意だぞ。私とて見知らぬ土地で故国のことを思い出すような匂いに囚われることとてあるのだ。それはそうと『たこやき』とはあのたこ焼きのことか?是非食べてみたいのだが!」
「ほんとお前ってシリアスが長続きしないのな…」
「おい。冗談も通じないのか、お前には」
冗談?昨日からの言動を見て今の発言を冗談ととれる程、俺は能天気でも考えナシでもないのだが。
腰に手を当て、俺より低い視線で上から目線、とゆー器用な真似をしているシュリーズを、胡乱げに見やるも、先方は全く気にする素振りも無い。図々しいとゆーか、動じないとゆーか。
「…全く、お前という奴は。いいか?相方がボケたらちゃんとツッコミを入れるのだ。それが芸人の礼儀だと、そこのラジカセも言っている。私は芸人の道も稼ぎの手段として入れているのだからな?」
「相方になった覚えはねえしボケにはなってねえしそんな礼儀は聞いたことがねえ。またラジカセの奴に要らんこと吹き込まれてんのな、お前」
「そうじゃないだろう、コジロウ。今お前がやるべきことは、そうではない…分かっているはずだ」
どやーん、とオノマトペが見えそうな角度で胸を張っている。そして俺を見る目が誘っていた。明らかに、『かまーん?かまーん?』と。
うーん…やりたくないなあ……付き合ったらぜってぇ増長するぞ?と思いつつ、半ば以上義務的に俺はツッコミを入れるのだった。
「…な、なんでやね~ん……」
と。力ない水平チョップと共に。
だが、チョップの高さを間違えた。それは吸い込まれるように、シュリーズの控え目な胸の頂点に着地したのだ。
「…あ」
「………わりぃ」
慌てて飛び退って顔を逸らす。うーむ、女の乳なんぞ正宗ので見飽きていると思ったのだが(直に見たことは無いぞ、念のため)、その、触覚に訴えられるとまた別の感想が……じゃなくてだな!
「…しょうがない奴め」
そう苦笑しながら肩をすくめる姿は、何だか俺より年下とは思えない落ち着きに満ちていて、不意に全て見透かされているかのような焦りが生じた。
それは当然のように後ろめたさを伴い、俺は共犯者のラジカセに目を向けたため、シュリーズから目を逸らしたような形になってしまう。
マズい、と思ったが既に遅く、ん?と首を傾げながら顔を覗き込んでくる仕草にも違う意味で動悸が止まらず、首筋を伝う変な汗は流れるに任せる他なかった。
「何か心配事か?」
その声色は真剣に気遣っていることがうかがえて、もう何もかもぶちまけてしまえば楽になれると渇いた口を無理矢理に開こうとした時、当のシュリーズから救いの手が差し伸べられた。
「…正宗と待ち合わせなのだろう?急がないといけないかは知れぬが、ここで立ち止まっていても埒はあくまい。歩きながら話そう」
…本当、これが救いだと思えるようなら俺は度し難いドアホウということになるんだろうな。
行き先も分からないだろうに、先に立って歩くシュリーズの背中を見ながらそんな風に思った。
「待てって。行き先知らないだろーが。こっちだ」
唇を舐めて湿らしてから声をかけた。お陰で滑らかに口は動いたけれど、頭の方はそんなに簡単に追いつかない。先導して歩く俺の横を歩くシュリーズは黙ったままでいたし、ラジカセも相変わらず静かなまんまだ。人目を憚る必要からすれば有り難い話ではある。あるけれど、こういうときに限って、という言い回しは今みたいな時にこそ使うもんだなあ、ってのが実感だった。
全く、静かだと碌な事を考えやしない。
「どうした、コジロウ?」
だからまあ、そういう切っ掛けがあるというのは実に助かる話で、救いだのなんだのと小難しいことを考えるよりも前に俺は聞きたいことを聞くのが一番だと思った。そういうのが多分、俺らしいんじゃないかと。
「ん、一つ聞きたいんだけどさ」
「なんだ改まって。味の好みなら煩いことは言わないぞ。お前が食べて美味しいと思うものなら大概受け入れられると思う」
「うん、今ボケるところと違うから。真面目な話だ。お前さ、国に帰りたいとかそういうことって考えるのか?」
結構思い切ったことを聞いたつもりだったが、どういうわけかシュリーズの顔は半口開いたままの、驚いたというより信じられないものを見たようになっている。というか、馬鹿にされたことを心外だと思っているような顔じゃなかろうか。
「…コジロウ、あのな。私がここに来て大して日は経っておらぬのだぞ?それくらいで里心がつくような子供に見えるのか?私が」
「だってお前さっき懐かしい気配とか言ってたじゃん。ホームシックにでもなったのかと思った」
「ほーむしっく?」
「里心だろ。言い換えれば」
「……いや、あれは真実そう思っただけで言葉以上の意味は無いぞ。どう取ろうとお前の勝手だが、それを以て私の内心まで計られてはたまったものではない。だから、気にするな」
「だったらさあ」
立ち止まったのは距離をとりたかったためで、そんなことをさせたままでいられる程俺もお優しくはないわけで。
「なんでそうも苦い顔してんだ」
「苦い…顔?それは…」
「半端に道化て誤魔化せたりはしないぞ。どう見ても楽しんでいるって顔じゃない。苦しいって程でもない。けどなんか、放っておいたらお前に関わる人間全てが後悔しそうな顔だ」
「それは……済まぬ」
「なんで謝るんだ」
「心配させてしまったことを。私は別に今ここにいることを悔いているわけでもない。そのように思わせてしまったことは、申し訳ないと思うのだ」
単純なことを難しく考える奴。別に今まで通りに見るもの聞くもの食べるものに感動してりゃいいじゃんか。多分俺も正宗も、もしかしてだけどラジカセの奴もそういうお前が気に入ってないわけじゃないんだろうしさ。
「…まあ、なんだ。謝られて訳が分からないお前の気分もなんとなく、だが理解は出来る。私だってそれだけではないことを知ってもらいたい、とは思うのだ」
いやそこまで申し訳なさそうな顔をされてもかえってこっちが恐縮するっつーか。なんかいろいろと極端というか思い惑うことの多い奴だよなあ。こっちはせいぜい奇行の多い身内と隣人の暴力くらいなんだが。頭痛の種は。
「質問の答えになるのかどうかは分からないが…私はこれでも複雑な立場だったのだ。それがこの様に…私から望んだ地へと…送り出されるのは、喜びだった。だがな、この地で私が何かを得ることが出来るのか、という不安にはずっと付きまとわれている。それならばせめて、我が身の思うところを成したい、と思っていたのだが…どうもそんなに簡単にはいかぬものだな。自分で言うのも情けないが、空回りが過ぎる」
最後の所を俺には背を向けて言ったから、どんな顔をしていたかは分からない。だから想像するしかないんだが、かといって顔色を見て対応を変える、などとゆー小器用な真似が俺に出来るのか?というと失敗した覚えしかないこともまた事実なわけであり。
「…それで暗い顔してる、ってわけか。言ったらなんだが、そうして何やったらいいのか分からんのならとりあえずやりたいようにやってみりゃいいんじゃないのか。俺から見れば結構楽しんでいるようには見えるんだけどな。というか好き勝手されて迷惑している側にしてみりゃ何を今更言ってやがんだ、としか思えんぞ正直言って」
なので、もうぶっちゃけまくる。気を遣ってどうにかなるならそれも手だろうけれど、本音もぶちまけない相手に気を遣えっつっても正解なんか分かるもんかい。
「いや、あのな、コジロウ。迷惑だったのは悪いが私にも事情というものがあってだな…」
「その事情が強引にねぐらを確保するっつー行動に向かわせるのなら、俺にゃ承服しかねる話だぞ。あのな、迷惑かけたという自覚なんぞ持ってたって何の慰めにもならん。俺がどういうつもりか、なんてえことを一々聞かせるつもりもないからその辺は察しろ。それも出来なけりゃとっととウチを出て行け」
「っ…!そうポンポン言わなくてもいいではないか!私の事情で迷惑をかけたというのであれば謝る。だからな、だから、その…」
これで傷ついた様子なら俺の良心もちったあ疼いたかもしれんが、案の定というより期待通りに、シュリーズは不満を隠しきれないように、けどそれをどう言えばいいのか分からずに口籠もっている。
「言ってみりゃいいだろ。自分が何をしたいのか。それを聞いてどうするかなんてのは聞いてからじゃなけりゃ分からん。お前も俺もまだガキなんだから、そうしてぶつかり合うのが悪いことのわけないだろうしさ」
結局、俺はまだこいつのことが何も分かっていない。困ったことにこいつも俺達のことを本当に分かろうとはしていない。
まあそれで上手くいくこともあるかもしれないが、そんなものは所詮一時凌ぎでいつかは衝突することになる。だったらそれは早いうちの方が良いだろうし、それが切っ掛けで進むことだってあるだろう。そうなりゃいいな、って話なのは確かだが、少なくとも俺は今までずっとそうしていたんだからな。
「…その、なんだ。私は不確かな事の多い身で、不安はある。あった。この地に辿り着いた時からずっとそうしていた。切っ掛けがあってお前との邂逅に賭けてみようという気になったというのが本当のところだし、それからお前がそういう人間であったから救われた、と思っている。だから、迷惑をかけたのは本当だとしても、その…こ、これからも、迷惑をかけてしまうとも思っていてだな、あー、なんだその……よ、要するにだな!」
そりゃあもう、必死の形相だった。突然振り返ったかと思うと俺の胸ぐら掴んで上気した顔を寄せてきて、それで叫ぶように言葉を叩き付けられりゃ驚く間も無いってもんだろうさ。
「かっ、感謝している。そうだ、私は感謝しているのだ!お前だけではない、マサムネにも、あとらじかせにもだ!だから、だからまあ…こっ、これからも宜しく頼むと……いや、迷惑だろうから嫌なら嫌と言ってくれ。変な情けなどかけてくれるな。私は私の言いたいことを言ったのだからな!?お前も思うところを述べよ!」
「分かった!分かったから落ち着けって…まずこの手を離してくれって」
「あっ……す、済まない…い、いやこの済まないというのは手を出したことについてであってだな、これからも迷惑をかけることとはまた別の…」
「分かってるって、大丈夫だよ。ったく、それくらいのこと言うのになんでそこまで興奮しなけりゃならなんだお前って奴は」
「それくらいのこと!?お前、私が今どれだけ心根を据えて話したか理解出来ぬのか!?」
分かっているよ。なんかいろいろとそのちっこい身に大仰なもの背負っているっぽいけどさ、もう少ししたらそれの中身も話してくれるよな?
「お前という男は…っ!本当に、本っっっ当に!」
「だから落ち着けっての。もう少ししたら頭が冷えるだろうからさ、そうしたら落ち着いて話そう」
「……はあ。もう良い。落ち着いた。だから聞いてくれ」
「おう、いいぞ」
ふふ、と唐突に柔らかく微笑んでシュリーズは、両の手を胸の前に合わせて言う。
「小次郎殿。私、ヴィリヤリュド・シュリーズェリュス・リュリェシクァは心より感謝している。お前とお前の友に。定まらぬこの身を受け止めてくれたこと。頑なな巌を解きほぐすように言葉をかけてくれたこと。この誼を我が生涯の宝とすることを誓って、その志への礼としたい。それから、どうかこの先の我が困難への力添えを得ることを願いとして、重ねて請いたい」
「お、おう…」
「その対価として、我が身は生涯に渡ってそなたの側にいよう。そなたが厭うことあらば姿を消し、だが心はずっと傍らにいるつもりだ。だから…」
「…っ、いや待て待て待て!重い、重すぎるぞ!」
いくらなんでも飛躍しすぎだ!これじゃあまるで、ぷ、ぷろ、ぷろぽぉずみたいじゃねーかっ!
思わずシュリーズを両手で押し止めて俺は叫んだ。
幸い誰も周りにはいなかったから変な噂になったりはしないだろうが、これはなんかもう非常に、マズい!主に俺の顔面が!
「お、お前なあ…こういうのはもっと軽くていいんだよ!こお、友達同士が迷惑かけてすまないな、いやいいってことよ、ぐらいの感じで!」
「そ、そうなのか?いや、だがこれは私の本音なのだぞ?何をしたいかちゃんと言えといったのは小次郎の方ではないか」
「言ったけど!なんかもう、そういうのは俺一人にゃ重すぎるんだよ。どうせなら正宗も一緒にいるときにしてくれよ」
まあそうは言ってもあいつも同じような反応するだろうけどな。『何難しいこと考えてんのよ』くらいのもんだが。
「いやまあ、でも気持ちは伝わった。ありがとう。ちっとは根性が据わったよ。何があるか知らんけど多少のことじゃ動じない覚悟は出来た」
「そうか。ならば、私と小次郎はもう離れられないな」
っ…!!
………し、心臓が止まるかと思った……なんつー顔で言うんだ。そんな嬉しそうにそんなこと言われたら…いや、騎士道精神とかいう奴が、まあその……。
「話がまとまったところで悪いが、無粋な闖入者が現れたようだぞ、二人とも」
「何?」
「なんだらじかせ。黙って聞いているとは趣味の悪い」
…すっかり存在を忘れていた。今のやりとり全部聞かれていたのか。後でどんだけからかわれるんだ、俺……って、闖入者?
「あははは!相変わらず温い人情芝居が好みのようね、シュリーズ!」
…高笑いと共に存在を顕したそいつは、築四十年は過ぎたと思われるぼろアパートの屋根の上で高笑いしていた。
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