第10話・悩める青少年の空回り

 「うーむ」


 休憩室でアルバイト情報誌をめくりながら、俺はうなっていた。シュリーズのバイトを探す、つっても出自だか性分がアレなので簡単にはいかない。

 特技だか何だかがあるのか分からんので無難に接客をメインに眺めていたのだが、食に関してヘンな執着がありそうなんで、そっちはヤバい気がする。

 小売りはどうだろうか。ややズレた好奇心が旺盛なんで、仕事をさせられるかどうかとなると…若干の不安もあるわけで。

 これが普通の同世代の女子というのであれば、現場に叩き込んで経験積ませて育て上げる、ってのもアリなんだろうが、いかんせんデリケートな背景があることを思うとどうもなあ…。


 特技ってのとはちと違うが、あいつも見た目だけは人並み外れてんだからそっち方面の仕事、ってのも考えられなくはないが、性格は外国人だから、ってことで誤魔化せてもいかんせんここは東京でも大阪でもない、日本海側の地方都市だ。そんな仕事がそうそう見つかるわけも無い。


 「ん?バイト中に違うバイト探すとか大胆だな、日高は」

 「ちげーっすよ、まっさん。知り合いのバイト探しですって」


 こらあかん、と情報誌を投げ捨てたところでシフトリーダーの松原賢二さんが休憩室にやってくる。

 シフトリーダーつっても今の時間帯は俺と二人きりである。店長がいるとはいえ、バイトが二人揃って休憩とはなんとも先行きの不安になる職場だ。まあバーの昼営業なんざそんなもんかもしれんが。


 「…あー、まっさんも相談にのってもらえませんかね、バイト探し」

 「そりゃ相談くらいのってもいいが。どんなヤツなんだ、そのバイトを探してる奴ってのは」

 「女の子っすよ。外国人の」

 「…そりゃまたハードル高い相談だなあ。美人か?」

 「それが何か関係のあることなんスか?」


 俺の対面に腰掛けて、テーブル越しになんとも興味を示したような顔で迫ってくる。そーいやこの人、複数の彼女がいるとかいう話だったな。


 「いや興味はあるけど、日高の知り合いに手出ししたりしねーって。男は誠実が大事。それがモテる秘訣さね」

 「まっさんが言うと説得力あるすね…まあ、美人だとは思いますが」


 言動は残念極まるけど、とは言わなかった。この際ネガティブな要素を突き付けて選択肢を狭める必要も無いだろうし。


 「んー、ならまあ、男のいない職場の方が良さそうだな。特に学生くらいのがいない方がいい。ちなみに幾つの子?」

 「俺の一つ下。男がいる方がいいんじゃないすか?美人なら」

 「高校生かー…まあ極端に可愛い女の子がいると人間関係に影響及ぼすからなあ。バイトコミュニティの形成前から参加するんなら問題ないだろうけど、既にある職場はやめといた方がいいぞ」

 「…なんか実体験に即した話っぽいッスね。となると新規の店だかの方がいいと?」

 「このご時世にそんな都合のいい仕事みつかるかどうかねぇ…女の子が中心の職場で、割と上手く立ち回れるなら何だっていい気はするけどな」

 「人間関係の話ばっかじゃないすか。もーちょい職能的なアドバイスとか無いんですか?」

 「高校生くらいで職能を云々しても始まらねーって。人間関係が何よりも大事。ま、それくらいかなあ、アドバイス出来んのは」


 そう言って俺の投げた情報誌を眺め始めるまっさんだった。

 まあ言わんとすることは分かるが、そーなるとシュリーズが上手いこと他人と折り合いつけられるかどうか、っつー話になるわけだが…うーん、昨日今日でそんな判断出来るわけないしな。

 なるべく穏便な内容で、かつ他人とのしがらみが気にならない仕事…って、そーいうのに限って専門的なモンしか頭に浮かばない。


 「…しゃーない、学校の斡旋でも探してみます」

 「ん?日高の高校ってバイト奨めてんの?」

 「いや推奨はしてませんけど、学校に隠れてこそこそするくらいなら、学校の紹介するしっかりしたとこでバイトしろ、って方針みたいで」

 「そりゃまた開明的な学校だなあ…俺の高校の頃なんざ、ガッコーにいかにバレないでバイトするか、ってネットワークが張り巡らされてたもんだが」


 俺としちゃそっちの方が楽しそうですけど、と言うとまっさんも「違い無い」と苦笑していた。

 どっちにしてももうシフトに戻る時間だ。お先戻りますー、と言い置いて、まだアルバイト情報誌を眺めてるまっさんを後に、店に戻った。




 「おつかれー。来週も頼むわ」


 ここのバイトは週一、土曜日の昼間のみだ。もちろん夏休みの期間だから朝から入っているだけで、通常は昼から夜営業が始まるまでの間になる。そもそも未成年の俺がバーの夜営業で働けるわけがない。


 シュリーズや正宗との待ち合わせは学校だったから、さっさとバスにのってそちらに向かう。真夏の夕方のこととてまだ日差しは強いが、ちょうど良い具合に腹も減ってきている。

 俺はあまり買い食いもしないので、空腹を堪えたまま学校近くのバス停を降りると、なんとなくさっきまっさんとの会話を思い出していた。

 …というのもだな、今更ながら心配になってきたわけだ。

 俺の学校、となると当然俺と同年代がいる。そしてシュリーズは見た目だけは「ちょー」を付けてもいい美少女だ。

 その取り合わせとなると…何が起こるか知れたもんじゃない。よって、


 「…待ち合わせの場所変えておいた方がいいかもな」


 のように判断の末、正宗にLINEを送る。シュリーズはなんとか見つけてナシつけるから、と、高校生なんぞが出入りしそうもない、俺のたまに行く喫茶店を待ち合わせ場所に指示しておく。


 「これでよし。さて…」


 あとはシュリーズに連絡するだけなのだが…問題は、アイツにその連絡をする手段、というのが想像もつかない点だ。


 「一応、かけてみるか」


 電話の使い方教えておけばよかったと思いつつ、スマホから家にかけてみる。


 「…やっぱ出ないか」


 留守電に切り替わるまで待ってみたが、誰も出なかった。本人知らなくてもラジカセが一緒なら知ってそうなもんだがな。

 となると、自室に戻っているかまた出かけているか。とにかく行動範囲としてはウチのアパートと学校の間におおよそ絞られるだろうから、探しながらアパートまで戻ってみるしか、というところなのだが。


 「とはいってもあてもなく探し回るのも効率が悪いしな…」


 こういう時は目撃情報でも、と聞き込みをしようと思ったのだがこれがまた散々だった。


 そりゃまあ俺は、あんま人相がいい方とは言えないし、愛想だってない。だからといって大学生風の兄ちゃんに声をかけたら怯えられたり、ガラの悪そうなヤン兄に声をかけたらガン付け合戦になる理由は無いと思うのだ。

 …いやま、ヤン兄に声かけた時の一幕は我ながら失敗したと思ったんだけど。けどさあ、金髪の女見かけなかったか?と聞いたら脱色したギャルを教えられたんだからさ。そりゃケンカにだってなるってもんだろ?ならない?


 「…あーもう、学校の近くで網張ってた方が確実かな、こりゃ」


 かくして大分時間を無駄にした挙げ句、斯様な結論に至る。

 そして学校に向かって踵を返した時のことだった。


 「…うむ、分かった。コジロウが近くで騒ぎを起こしているはずだから見つけて捕獲しておけと、そういうわけだな。しかしあの男は何をやっているのだ、全く」

 「いたーっ!」

 「何?子供が怪我でもしたのか!…ってコジロウじゃないか。ああ、見つけた。確かに騒がしいが………ああ、うん。分かった、伝えておく。ではな」


 …いやまあ、見つかるときはこんなもんだろうが、何も俺が思い直したすぐ傍の角にいるってのも出来すぎだろーが。

 いや、それよりも。


 「…なあ、その手に持っているものって」


 と、シュリーズが右の手で握っている見慣れた形状の物体はもしや。


 「ああ、この『すまほ』のことか?昨夜マサムネの父上が貸してくださったのだ。連絡の手段があったほうが良いだろうと。あとな、さっき気がついたのだがこうして…顔にあてておくだけで、らじかせと会話しても不自然ではないのだ。我ながら素晴らしい思いつきだと思う!」

 「いや、そうじゃなくてだな」

 「使い方はらじかせが知っておったしな。私もこういう道具のことは知っていたが自分で使うと実に便利なものだな!離れた者とも会話が出来るのだ」

 「あー、うん。喜んでる所悪いが、ちょっと訊きたい」

 「なんだ不躾な。折角の新体験なのだ。もっとこう、感心するとか、共に喜べとまでは言わないが静かにそして暖かく見守ってくれるとか、そういう態度であってもいいではないか」


 なんでこう、興奮してるのか、っていやまあ気持ちは分からないでもないんだが今の俺には至上の命題が一つあってそれはシュリーズの口からでしか解決されない難題なのであり、つまり、


 「…あのさ、もしかして今話していたのって……」

 「ああ、マサムネからだった。なんでもコジロウが私を探しているからなんとかして合流しろとのことだった。どうやって見つければいいのか尋ねたら、きっと下品な大声で喚いているだろうからそういうのを探せばよいとか言っていたぞ。まあ探すまでもなかったがな」


 あんの尻尾……余計な手間かけさせやがって。シュリーズが電話持ってんの知ってんならさっさと知らせりゃいいじゃねえか!


 「む?コジロウも『すまほ』なのか?奇遇だな、私と揃いだぞ!」

 「今時こんなものは誰でも持ってるものなの!…ったく」


 こればかりは一言文句を言ってやらねば気が済まない。俺は正宗にメッセージを送るべく自分のスマホを取り出したのだが…LINEの着信が一件。


 「着信?正宗からって、まさか…」


 嫌な予感がしつつ開いてみたら、案の定シュリーズに電話しておくから戻って来いという内容だった。ご丁寧にシュリーズの持っているスマホの番号まで書かれてある。つまり何か、この着信に気がつかなかったばかりに俺は町中で散々な目に遭ったというわけなのか……。


 「どうした?泣きそうな顔をして」

 「自業自得って言葉の意味を噛みしめてんだよ。ほっといてくれ…」

 「そうか。あ、でもマサムネから伝言があったのだ。良いか?」

 「ああ?もう何言われても驚かねーや。なんでも言ってくれよ」

 「意味はよく分からんが、『ひとの話を最後まできかないからそういう目に遭うんだよ、このおっちょこちょい』だそうだ」


 …聞いたまま言ったと思われる抑揚の無い口調が余計に堪えるなあ。シュリーズに言われる方がキツイと分かってて言わせてやがんな、あんにゃろう。


 「なあ、コジロウ。『おっちょこちょい』というのはどういう意味なのだ?罵倒のための物言いのようだが何故か聞いても口にしても嫌な感じがしないのだ。もしかしてマサムネも言葉をそのように選んでコジロウを労ったのではあるまいか?」

 「頼むから追い打ちは止めてくれ…」

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