第7話・暮夜に交わされる不躾な会話


 「ミヤギ、マサムネというのか」

 「うん、そう。ミヤギは宮城県じゃなくて宮は同じだけど、ウッドの方の木。マサムネはえーっと…」

 「マサムネといえばこの国の高名な武将の名であったな、そういえば」

 「あー、そっちじゃなくて刀の銘の方。こう書く…」

 「ほほう…刀剣の鍛冶か。男の名ではあるな」

 「あー、まあそれを言われると、ちょっとね…」

 「なに、強き男の名を頂き与えるのは親の子への愛情に他はあるまい。良き名を賜ったものとして、誇ってよいことだと思うぞ」

 「…え、あー、そう?そう言われるとちょっと嬉しいかも」


 普段名前に関しては、からかわれる程でなくても微妙な反応をされることの多い正宗だったから、シュリーズが心の底から褒めているのを聞くと本気で嬉しそうだった。まあなんだかんだ言ってあいつも自分の名前を気に入ってはいるからなあ。


 話が落ち着いたので俺が台所で洗い物をしている間、二人は自己紹介をしていた。シュリーズが本名を名乗ると俺と同様に聞き取れなかった正宗だったが、シュリーズの方が俺の時よりもいくらか元気に「シュリーズと呼ぶがいい」と告げると、正宗は何度かその名を繰り返し口にして、あとはわだかまりも無いように打ち解けたようだった。その後のことは、二人でも姦しいとはこれ如何に。


 「小次郎ぉ、片付け終わったらこっちに来て話しよーよ。家からお菓子持ってきたから」

 「あいよ。ってかすっかり仲良くなってんな」


 手を拭きつつ居間に戻ると、人見知りしない正宗がほっこりしていた。というかむしろ溶けていた。


 「うん。シュリーズって違う世界の人なのに日本語は上手だから話してて楽しいし。なんでこんな可愛い子を追い出そうとしてたの?」

 「男には男なりに警戒する理由があんだよ。おめーもちっと無警戒過ぎねーか?」

 「む、これでも受け入れられるよう気さくに振る舞っていたつもりだったのだが…コジロウは気に入らなかったか?」

 「そういうことじゃなくてだな…別におめーに原因がある話じゃねーから、まあ気にすんな」

 「そうか。ならば、良い」


 そう言うと目の前に居並ぶ菓子の中から、どれをまず選ぼうかとものすごく真面目な顔でちゃぶ台を睨み始めた。どれも大概スーパーの袋菓子コーナーにあるものばっかりなので特に珍しいものでもないのだが、シュリーズは正宗の持ち込んだ菓子の山を前に、当初は目を輝かしていたもんだ。

 一つ一つを手にとって正宗や俺に、これはどんな味なのか、何で出来ているのか、食べ方はどうするのかと、さっさと食えばいいものをいちいち尋ねてくる。鬱陶しいといえば鬱陶しかったが、かといって邪険にするのも、なあ。正宗の目が怖かったし。


 「これはどうやって食するのか?…ああ、この包みを手で切ればよかったのだったな…うん、我ながら上手く切れた。では、直接手に持って口にするのはいささかはしたなく思うが……うむ、うん、これはまたなんというか……うん、美味いな、もう一つ良いか?」


 そして散々吟味したものの中から選んだ一品をものすごぉく慎重な手付きで開封すると文字通り恐る恐る、だが期待に満ちた様子で口に運び、ほぉっと小さく溜息をついた後に目を輝かせて追加を要求するのだった。


 「……いちいち許可求めんでええからさっさと次食え、次。他にもあんだからさ」

 「田舎のおばあちゃんみたいなこと言ってるよ、小次郎」

 「ぬ…」


 間が保たなくてテキトーに言った言葉が妙な捉えられ方をしてしまう。口をついてそんな物言いが咄嗟に出てくるほど田舎のおばあちゃん、に馴染んでいるわけはないと思うのだが。


 「…話はよく分からんが、ともかくこの菓子は美味いものだな。王侯貴族の召すもの、とまでは言わないが見事なものだ。だが今日見知ったばかりの私に与えるくらいには入手が容易ということなら、そこまで高価なものではないのだろう?」

 「まあね。普通にスーパーとかコンビニで売ってるよ。うちの買い置きしてあるお菓子持ってきただけだから、遠慮しないでいいよ。どんどん食べて」

 「うむ。ありがたく馳走になろう」


 と、いつの間にか開けた三つ目のルマンドに続いてバームロールを開けるシュリーズ。今さっき晩飯食ったばかりというのに健啖なやっちゃな。それとも甘いものは別腹、っちゅーのは洋の東西どころか異世界云々すら問わないとでも言うのだろうか。

 …そういや、こいつ別に普通に俺たちと同じような普通の人間に見えるよな。

 は虫類みてーなのに来られても困るが、ここまで完璧な美少女に来られると作為的に過ぎるっつーか、一体誰の都合なんだろうと勘ぐりたくなるっつーか。


 「うまうま」


 訂正、完璧な美少女は言い過ぎた。見かけ美少女とでもしておくか。あるいは残念美少女とか。


 「それにしても美味しそうに食べるよね。味覚とかって変わらないものなの?」

 「…美味なるものを美味と捉えることに違いなどありはしないぞ?話でしか聞いていなかったので想像していたに過ぎないが、少なくともここに来るまでに食したもの全て、想像から悪い方に外れていたことなど一度も無い」

 「ここに来るまでは何処で何していたんだか…」

 「む、まあそれはいずれ話すこともあるだろうが…ときに正宗。一つ聞きたいが」


 流石にそこらを突っ込まれるのは困るのか、俺の追求を躱すようにシュリーズは二つ目のバームロールの封を切りながら訊いてきた。


 「ん?何?」

 「コジロウの子は何人産んだのか?」


 ぶーっ!!…と、お約束ながら正宗が茶を吹き出していた。いやホント、正面のシュリーズを避けたのは見事だがその分こっちに被害が…。


 「ちょっ、おま何して…あーもうきたねえなあ……」

 「げほ、げほっ…いきなり何を…あと汚くない!失礼な」

 「いや汚いだろ…布巾持ってくるからお前そっちティッシュで拭いとけよ、ったく」

 「ううむ、何か拙いことを言ったのだろうか?」


 呑気にそんなことを言うシュリーズ。拙いというか酷いことだと思うぞ、俺は。


 「あっ、あのねシュリーズ。あたし子供産んだことあるような歳に見える?」

 「いや、見えないが。というかコジロウの子供云々は否定しないのだな」

 「そーじゃなくて!」

 「あ、うん、何せ随分と立派な乳房なものだからな。さぞや元気な子供を育てているだろうな、と思っただけだ。この様子だと相手は小次郎になるだろうしな」

 「ちっ、ちぶ……」


 そうなのである。こいつは身長百五十をようやく越した程度の背丈に似合わない見事な胸囲の持ち主で、そのうち胸のサイズに合わせて背丈も大きくなるだろうと主張していたのが約二年前。その後どうなっているかは…まあ前後にだけは育ったよな、こいつ。

 といって見栄えも良い方なもんだから、まあ確かに潜在的にはモテている、筈である。しかし外見がコレなので言い寄る奴もいない。皆、特殊な性癖の持ち主と言われたくはないのだ。そして男子の間でついたあだ名が校内随一のロリ巨…止めとこう、正宗がこっちを睨んでいる。


 「恥じることはなかろう。大きな乳房は女の誇りだ。私なぞいくら育ってもこっちだけは満足なことにならん。母や姉にも随分と嘆かれたものだ。これでは元気な子が産めぬのではないかと。あ、いや今の所そんなあてのある男もおらぬがな」


 うん、気を遣うところ間違っているから黙ろうか。正宗がショックで口も利けないうちに話題を逸らす。


 「…というか、シュリーズって歳いくつだよ。子供を産むだの産まないだのって年齢でもないだろうに」

 「私か?十五になったところだが」

 「ちょっと待って!そ、それであたしより同い年、っていうかあたし来月誕生日だから実質年上みたいなものなんだけど……」

 「誕生日プレゼントに身長分けてもらったらどうだ?」

 「死ね!アホは死ね!」


 力なくポカスカと殴りかかってくる正宗をテキトーにあしらいながら、俺はシュリーズに気になったことを聞く。


 「年齢って俺達と同じに計算していいのか?違う世界ならなんかいろいろと違ってそうなもんだが」

 「そうだな。細かいことを言えば差違はあるのだろう。だが、らじかせに聞いた話やここに来る前に学んだことによれば、体感出来る時間はそんなに変わらないように思う」

 「学んだ?」

 「うむ。私がこちらに来る前に、この世界の文物は結構目を通したのだ」

 「ああ、だから日本語はまともな割に現物やらは知らないことが多かったのか」

 「そういうことだな。更に言えば我が故国はもともと異なる言語の間を取りなすことを生業としている。言葉を学ぶことに関しては間違い無く一等のものを持っているのだぞ」


 むふー、とすげぇドヤ顔。

 おざなりに拍手してやりながら俺は、通訳が主な産業みたいなもんかね、と思っていた。


 「でもそれにしたってさあ、」


 と、これは正宗。つーかお前汚れたところ拭いたのかよと思ったらちゃぶ台の上に拭き取り済みの布巾が置いてあった。仕事早いな。


 「もう少し恥じらい持った方がいいよ。人前でそんな子供産むとかち、ちぶ……さ、とか口にしたら誤解されるよ?」

 「子供を産み育てることに恥も何もあるまい。とはいえ、それがこの地の文化だというなら従うことに吝かではないのだが…何か寂しいものだな」

 「うーん…これは根本的な勘違いというか考え違いというか誤解があるな……ちょい、シュリーズ。お前子供の作り方って知っているか?」

 「作り方?」


 いわゆるキョトンとした顔、というものだろうか。まー、見てくれは何をさせても絵になる顔立ちだから、こういう顔をしても妙に可愛げはあるが、こういうナリしたヤツに言うのは多少躊躇われるというか。


 「婚姻を交わした男女が共に暮らすことで授かるものだと聞き及んでいるのだが。違うのか?」


 うん、カマトトぶっている風は全く無く、これは本当に知らんな。というかこいつが今まで読み漁ったこっちの書物とやらには書いてなかったのだろうか。

 仕方無い。 

 耳を貸せと指をクイっと曲げて見せると顔を寄せてきた。こういう仕草は万国どころか異世界でも共通なのだろうか。


 「あ、ちょっと内緒話とか駄目だからね!」

 「んー、まあ別にお前も聞きたいなら止めないけどさあ、後で殴るなよ」

 「殴られるようなことを吹き込む気なの!?」

 「そりゃお前次第だな」

 「ぐぬぬ…いーわよ、あたしも聞いてあげるからこのまま言いなさいよ」

 「殴らないと誓ってからにして欲しかったが…まあいいか。あのな、シュリーズ。そっちの世界じゃどうかは知らないが、こっちの、俺達くらいの歳だと子供を産んだり育てたりとかの前に、子供を作る行為の方に興味があるものなんだ」

 「別におかしなことでもあるまい?その行為を知らなければ子供を産むことも出来ないであろう?」

 「うん、そこが認識のズレだか…いってぇぇぇぇぇぇっ!!」

 「あ・ん・た・は、セクハラするのが目的なのかぁーっ!」


 関節はヤバイ、関節は。正宗の力でも俺を悶絶させるくらいは簡単に出来てしまう、ってかこいつ護身術として仕込まれてんだから本気でやられたら洒落にならない。


 「だから誤解だっつーの!そもそもこの反応でセクハラとかなんとかなるわけないだろーが!」

 「どうだか。無垢な女の子に下卑たこと吹き込んで顔の下で笑ってる、なんてことやりそうじゃない」

 「じゃあお前が教えてやれよ!この状況で俺を糾弾するなら俺が何を言いたいかくらい分かるだろっ!?」

 「いいわよやってやろうじゃない!」


 後ろ手に極められた俺の右腕を解放して、正宗はシュリーズの正面に座った。なんか流れで正座になっているが、真面目な顔も含めていつまで保つのやら。


 「あのね、シュリーズ。その…こ、子作りってのはあ、あいしあう男女の間のいとなみでね…?」

 「ふむ、その認識は我らと違いは無いのだな」

 「う、うん…そー、それで…その、おしべとめしべがね?こう、くっつくと、子供が産まれる…って、知ってる?」

 「それは何かの例えなのか?オシベとメシベというのは草花の器官だと覚えているが、どんな関係があるのか?」

 「あ、うん例えというか結構ストレートに言ったつもりなんだけど、通じないのかあ……えーっと、男の人にあるのが雄しべで、女の子にあるのが雌しべで…」


 中学校の保健体育の授業か。

 それにしても、売り言葉に買い言葉だとは思うが、本当に大丈夫なのだろうか。なんか俺が正宗にセクハラしているよーな気分になってきたんだが。


 「家主殿よ」


 と、背中から這いよるよーに寄ってきたラジカセが俺の背中越しに囁く。


 「幼き外見の娘にかような羞恥の仕打ち…手練れであるな、お主」

 「うん大体その反応しそうなの分かってたから少しお前はお黙ろうか」

 冷静な俺が意外だったのか、逃げだそうとしたラジカセの背中?の羽をむんずととっ捕まえて床に叩き落とした上で踏んづける。

 「…で、そのね?お…女の子の大事な…えっとお、…………あーもうダメ!小次郎なんとかして…って、何やってんの?」

 「あ、いやちょっと罪悪感を紛らせていたところだ。気にするな」

 「ラジカセの人踏みにじって?壊れたりしないの?」

 「あっ、あい…愛が、欲しいぃぃぃぃぃぃっ!!!」


 俺の足下で痙攣しているラジカセを見て正宗がどん引きしていた。気遣われて喜んでいたのかもしれんが、逆効果だろ、それは。


 「で、説明出来たか?」

 「…無理だった。そして何かすんごい恥ずかしい目に遭ってた気がする……」

 「マサムネの話が要領を得んのだ。先程まではあんなにも気ざっぱりと話が出来たのに、何故急にたどたどしくなる」

 「そこら辺含めて説明してやるから、二人ともまず座れ。あと俺は着替えてくる」


 正宗の吹き出した茶がまだ俺にかかったままだった。アホどもに言わせるとご褒美らしいがお茶のしみついた洗濯物を洗うのは大変なんだぞ、ったく。

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