第6話・話をややこしくする隣家の娘

 「………」

 「……………」

 「……」

 「………………………………」


 うーむ、沈黙が重い。

 …今何をしているのかっつーと、正宗が自宅から持ち込んできた晩飯を三人でつついている。

 流石に飯を食う真似までは出来ないと見え、ラジカセは黙りこくったままでいるが、この際空気を和ますBGMでも流しゃあいいのに。

 ちなみにおかずはクリームコロッケだった。正宗がLINEで、自分で作っていたと言っていたヤツだ。

 定番はカニクリームコロッケなのだろうが、こいつの作るのはエビをベースにしたもので、下ごしらえが丁寧なせいか臭みやクセの全く無い、人にも勧められる逸品である。ちなみに俺の好物ではあるのだが、二人分を三人で分け合う羽目になっているのが恨めしい。




 あの後、凍りついた空気を溶かしたのはシュリーズの腹の虫だった。『晩ご飯』の単語一つで反応したに違いあるまいが、


 「お腹、空いているの?」


 との問いにこっくり頷いた初対面の相手のために、家まで四往復しておかず三品と味噌汁に炊飯ジャーまで持ち込んだ面倒見の良さは正直心配になるレベルですらある。

 ところで、沈黙は確かに重いのだが、無音なのかというとそれがそうでもなく、三者三様の咀嚼音やら食器と箸があたる音やらでかえって沈黙が際立っているという状況ではある。

 しかしその中でもその、何というか…。


 「おい」

 「………」


 俺の倍くらいの速さで箸を運び、三倍くらいの速さで茶碗の飯が減っている。何だこの光景。


 「無視すんなコラ。お前ちょっとした身分の筈なのにもーすこし落ち着いて食えんのか」


 ほとんど言い掛かりなのは理解してるし別に美味そうに飯を食うのが悪いわけじゃない。

 ただそれでもなんつーか…このガッカリする感情は何なんだ。

 しかしそういう俺の難癖にもさっぱり動じず、シュリーズは口いっぱいに頬張ったご飯をしっかり噛み、十分味わうようにゴクリと飲み込んでからようやく返事をした。


 「…ふっ。異世界の者が初めて口にする食事の見事さに心打たれ、一心不乱にそれを貪る。定番の展開にしてお約束としても上々の場面なのだろう。だが、残念だったな」


 と、俺を見て不敵にニヤリと笑う。


 「私はこれでも口がおごっているのだ。確かに美味ではあるが、自分を忘れるほどでは無い。山海の珍味といえど私を満足させるにはほんの少し足りなかったようだな…といわけで、おかわり!」

 「メチャクチャ堪能してんじゃねぇか!茶碗つきだしておかわり要求する奴がどの口で満足させるには足りない、とかほざきやがる!つーか満足してねーなら俺のおかず返しやがれ!」

 「…コジロウよ、さっきから言おう言おうと思っていたのだが」

 「なんだよ」

 「お主、落ち着きが無い」

 「おめーらにだけは言われたくねーよその指摘は」


 自覚はあるが茶碗の倍の高さに積まれた白米を満面の笑みで受け取りながら言ってもなあ、説得力というものに欠けること甚だしい。


 「小次郎もさっさと食べたら?この後時間かかるでしょ?」

 「あっ、はい」


 どこかどんよりというかジト目の正宗が箸で俺の手元を指し示しながら言う。行儀は悪いのだが、なんかさっきから逆らえないオーラが漂っている、ってか原因は分かりきっているので、要はこれから全部説明させるから覚悟しとけよ、ということなのだろう。この部屋に飯持ち込んだのも逃げ場を塞ぐために違い無い。

 などと、自宅なのに凄まじいアウェー感を俺が託っているというのに、シュリーズは山盛りの茶碗を片手にちゃっちゃかと箸を運んでいる。ちゃぶ台のおかずの数々の大半はこいつの胃袋に収められているだろうことは、俺も正宗もとても食欲が沸かないからというのを差し引いても明白な事実だと指摘しておこう。


 「…ふう。満たされた。そなた、良い腕をしている。感謝しよう」

 「ど、どういたしまして。今日のは結構自信作だったからね」


 だからなんで照れつつも俺を睨みながら言うんだよぅ。

 正宗はそのまま黙々とまるでただの燃料補給みたいに咀嚼を続けたので、俺が煎れたお茶をシュリーズは手にして俺達の食事が済むのを静かにまっていた。

 そうしている姿勢だけはきちっとした正座で外見に違わない姿なんだが、そんなに腹減っていたんだろうか。多分減っていたんだろうなあ。今思えばとっとと飯を食わせろみたいなサインはあったような気がする。分かっていたとしても素直にそれを饗する義務は無かったんだけど。


 まあそうこうしているうちに食後の団欒ならぬ糾弾の時間を迎えた。食器を片付けようとしたりして時間を稼ごうとしたが全て無駄だった。食わせた分は働けとか言っていつもなら食器を洗うのは俺にやらせる正宗が、今日に限ってそのままでいいとか言っていた。流石に空の食器を台所に押しやるくらいはやらされたのだが。


 「で、説明してもらいましょーか」


 ホントに今日は単刀直入だなあ。いやまあ、間に食事を挟めば少しは和やかになるかと思ったんだけど、全く無駄だった。というか味なんか分からんかった。


 「えーと、何から?」

 「決まってんでしょーが!この娘どこから連れ込んだのよ!」

 「いやちょっと待て、普通そっちじゃなくてこっちを気にするだろ!?」


 と、最初っからずっとふわふわ浮いていたラジカセを差して言い返す。


 「え、どうせおじさんの持ち込んだオモチャでしょ?そんなのどうでもいいから説明しなさい!」


 そんな説得力ある説で納得されても。ていうか、いてもいなくても話をややこしくしてくれるな、あの親父は…。


 「いや、どうでもいいとは流石に言い過ぎではないだろうか。これでも一個の確立した人格ではあるのだが」

 「お前は更に話をややこしくすんじゃねえ!黙ってそこで浮いてろ」


 ようやく出番を得た心持ちなのか、ひどくハッスルした様相のラジカセ。声だけでも分かるとか、どんだけ嬉しかったんだか。


 「あ、ごめんなさい。いつものことだからつい…って、喋ったっ?!」


 だがその言はえらく自然ではあったようで、正宗はごく普通に応じた後で驚き狼狽える。


 「え、あの、おじさんと関係無いとしたらこっちのお客さんのオモチャ?」

 「玩具ではないぞ。その者はれっきとした、我が従者だ。らじかせ、挨拶を」

 「初めましてだ、素直に好意を示せない捻くれ娘よ。我はラジカセだ」 

 「あ、ど、どうも……捻くれ?」


 首を傾げて言われた意味を解釈しようとしている正宗を、俺は慌てて押し止める。


 「あー、そっちはまあ気にするな。それよりこーいう場面だともっと他に聞くことがあるだろうが」

 「あ、そうだった。小次郎、この娘何なの?小次郎がおじさんの真似するにはまだ大分甲斐性ってものが不足してるんじゃないの?」

 「おい待てどういう意味だコラ」

 「女の人連れ込むってことがどういう意味か分かってやってるのか、って言ってるのよ。おじさんみたいにちゃんと生活の面倒見られるわけじゃないでしょ?ただの高校生に」

 「お前それは大いに勘違いしているぞ。俺が連れ込んだわけじゃない。むしろ親父の専売特許だろーがそういうのは」

 「そうかな?おじさんが連れ込むようなタイプには見えないんだけれど…」

 「そこんとこは同意できるが、だからと言ってどうして俺が連れ込んだことになる」

 「…だって小次郎昔から変に面倒見は良いし困ってる女の子放っておくようなタイプじゃないし…」


 時と場合と程度によるけどな。今回ばかりは本気で追い出したいと思っているんだが、褒められた気分はなくても正宗にしてみれば褒めたつもりらしいので、そこんとこは黙っていた。


 ともかく、諸々の身の潔白を証明するためにラジカセの正体含めてシュリーズの身の上やらを正宗に言って聞かせた。時々ラジカセが茶々を入れ、シュリーズがボケて難航したが、俺が説明する分には正宗も一応大人しく聞いてはいたので、時間はそれほどかかりはしなかったと思うのだがどうだろう。




 「………信じられない」

 「のは分かるが、事実かどーかはともかく俺が見聞きしたことに関しては確かだ。信じる信じないは任せる」


 二杯目の煎茶を入れる頃には正宗もどうにか落ち着いていて、聞いた話を反芻するように左側にまとめられた髪の房を指先でくるくる弄っている。考え事をする時のこいつの癖だ。


 「といってもねー、小次郎は根性悪いし後ろ暗いところがあって何か誤魔化そうとしている可能性は高いと思うんだけど」

 「高評価痛み入るよ。もう何でもいいから納得だけはしてくれ」

 「でも困ったことになっているのは確かだろうから、一応言ったことは信じるよ。それでこれからのことなんだけど、どうするの?」

 「どうする、とは?」

 「だってこの人たち…人、たち?行くところ無いんでしょ?まさかこの部屋に泊めるつもりじゃないでしょうね?」

 「怖いこと言うなよ!」

 「む、いくら宿無しとはいえ初対面の男と同衾は私も困るな」

 「どどど同衾ってどういうことよ!?」

 「俺が言ったわけじゃない!あとシュリーズもピンポイントで言い回しを間違えるな!同居な、ど・う・きょ!」

 「やっぱり同じ屋根の下で…」

 「お前も誤解を根拠に誹謗中傷するのは止めれ」

 「…わかってるわよ。で、本当にどうするつもり?おじさんに一応知らせておかないといけないでしょ?」

 「知らせるってもなあ…今頃は飛行機の中だろうし。一応メールはしておくよ。携帯だと繋がらないかもしれないからPCメールの方に」

 「む?小次郎が家主ではないのか?」

 「親父がいるんだよ。俺はただの留守番。だからお前のここでの処遇を俺が勝手に決めるわけにはいかないの」

 「うーむ…」


 それで意気消沈でもするのかと思ったら、何やら思案顔。っつかこのタイミングで黙られると悪巧みしているようにしか見えないのだが。


 「…やむを得ん。家族を無視してまで強いるわけにもいかぬな。分かった、ここまでの話は無かったことにしてくれ」

 「えっ?」

 「おいおい、少し諦めが良すぎやしないか?」

 「なに、ラジカセがいるのだから一晩くらいなんとかなるだろう。ただ、それから先のことくらいは、相談に乗ってもらえると嬉しい」

 「いやまあ、相談くらいなら……」


 って、いかんいかん。ここで甘い顔をしたら当分まとわりつかれる可能性が高い。ここは心を鬼にして…


 「待って待って、大丈夫だよ。このアパート空き部屋くらいいくつもあるから!」

 「って、待つのはお前だ!何で勝手に話を進める!」


 むしろ敵は身内にいた。


 「よし、そこだ。今こそ攻め時ぞ!この娘の人の良さにつけ込めば一夜どころか住まいの確保も可能であるぞ!」


 意気軒昂と天井近くまで浮かび上がってラジカセが煽っていた!


 「…そうなのか?」

 「はいそこ真に受けない!常識的に考えて見ず知らずの宿無しを家に引き入れるアホがどこにいる!」

 「なんてこと言うのよ!女の子が困っているんだよ?男として見捨てるわけにいかないでしょう!?」

 「お前的にはそれでいいのかよ!つーかウチの事情に勝手に結論つけるなこの尻尾!」

 「へー、そういうこと言うんだあ。おじさんが聞いたらなんて言うかなあ~…見知らぬ土地で困り果ててる女の子を一人放り出しました、なんていったら小次郎が放り出されるんじゃない~?日本から」


 くっ…痛いところを……確かにあの親父ならそれくらいはやりかねん。

 俺もお人好しと呼ばれることはままあるが、ことお人好しっぷりではこっちの尻尾娘も人後に落ちない。おまけにそれを貫く相手が遠慮の無い俺ときた日にゃあもう駄々を捏ねてでも押し通しかねん。

 加えて親父にこのことがバレたら……。


 「わぁった、ちょっと待て!今どうすればいいか考える!」


 この不確定要素の一人と一台、気心は知れているが扱いを一つ間違えるとえらいことになる隣人とその家族、そしてその隣家から得られる、親父が不在中の様々な便宜、最後に一番の難敵である親父……それらと俺の事情をまとめて脳内で算盤にかける。

 そうして出た結論というと…………。


 「……分かった。明日以降のことは明日決めるとして、とりあえず今晩の床は提供しよう。ちょうどこっちの棟に空き部屋がある。布団は持っていっていい。それで何とか妥協しよう」


 降伏勧告を受け入れる城主みたいな口調で俺は言った。さぞかし勝ち誇っていることだろうよ、と二人の顔を見上げると、それはそれは不満そうな表情をしていた。


 「足りない。まだ足りないよ小次郎。あんたが出せるのはその程度なの?」

 「明日をも知れぬ身であることに違いは無い…薄情だと言えるような身分では無いが、身共の不遇をしばし見守ってはくれぬか?」

 「保守反動の打破をー!我々は貫徹するためにー!血の一滴の最後まで注いで闘うことを誓うー!」


 こっ、こいつら調子に乗りやがって……。あと最後の奴は意味不明。

 特に親父がどっちかっつーと自分側についているという雰囲気をシュリーズに嗅ぎ取られたのは失敗だった。正宗め、余計なこと言いやがって。ったく。


 「…分かった、わーかーりーまーしーたー。落ち着き先が決まるまで部屋は使っていい。けど飯の面倒までは見ないぞ?世話はしてやるからバイトなりなんなりして自分の食い扶持くらいはなんとかしてくれ。それでいいか?」

 「ま、そんなとこでしょうね。ご飯ならウチで面倒見てもいいしね。毎日は流石に困るけど、時々なら来ても大丈夫だよ。母さんにも言っておくから」

 「食い扶持の件は当然であるな。施しを受けるほど落ちぶれているつもりは無い。コジロウ、感謝する」

 「我々の要求はー!まず国内革命勢力を糾合しー!革命政府の樹立をー…」

 「お前はいいかげんにしろ」


 伸び上がってラジカセを撃墜する俺だった。

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