第4話・行き先のない少女と空飛ぶガラクタ
「いやちょっと待て!何故だか分からんがそれは猛烈にマズい気がする!」
「何故だ?」
「いや何故だか分からんが、と言っている」
「要領を得ん話だな。何故か分からないのであれば素直に言わせればよかろうに」
正論である。
いや、というか逆にこいつはどーしてこの言い回しをするのか。俺は何故危険を覚えるのか。謎だ。
ただし、なんとなく話は見えてきた。
この鎧娘の格好。そしてやけに芝居じみた口調。
要するに、何かのお芝居だか「ごっこ遊び」だかがしたいのだろう。それに何で俺が付き合わされるのかは相変わらず分からんのだが。
まあいい。目的が分かったのであればとっとと済ませてお帰り願おう。
俺はヤレヤレと肩をすくめると、さあどうぞ、と満面の愛想笑いで先を促す。うむ、我ながら付き合いのいいことだ。
「………どうも馬鹿にされた気分なのだが」
「いや俺の人生でここまで誠実な対応したことはないと断言出来るんだが」
何が不満なんだ、こいつは。
もういい加減使い切れなくなってきたし、それにどう見ても外国人だし、事が済んだらさっさと警察にでも預けるか。
「…まあいい。とにかく最後まで聞いてもらおう」
「はいよ」
「……問おう。貴方が私の」
軽くムッとした様子。でもそこが重要だったのか、続けるようだ。
「私の………家主だろうか?」
「……………………は?」
…そして、色々と台無しだった。
や-ぬし【家主】
1 貸家の所有者。いえぬし。おおや。
2 一家の主人。あるじ。
スマホのブラウザを閉じて俺は眉根を指で押さえる体勢。
つまるところ、意味が分からん。
いや言葉の意味が分からんということではなく、外国の女の子と俺の間に「家主」という単語が介在する意味が分からん。
そらま、ウチは賃貸のアパート経営を生業にしてはいるわけだが、あれの所有者は親父であって俺じゃ無い。見知らぬ女の子(しかもちょお可愛い)に大家扱いされるいわれは無い。
「質問、いいだろうか?」
「よかろう」
いまだに座り込んだ体勢から立ち上がれない俺。その俺を腕組みして見下ろす彼女は頷いた。頷いた、っつかむしろくいっとあごを持ち上げて、いっそ「許してつかわす」くらいのニュアンスだった。
「今し方、『家主』と言ったが、それはあれか。お前の賃借する居住地を法的に所有する立場のことを指し示してのことか」
「………うん?」
「…スマン、俺も混乱して無意味にややこしい言い方になった。あのな……」
「ああ、少し待って欲しい。出番だぞ」
「…は?」
他にも誰かいるのか?と、後ろを向いて呼び立てる彼女の横顔を眺める形になった。そういや正面からこちらを見据えた表情しか見ていなかったけど、どの角度から見ても絵になる顔してやがんなこいつ……などと、正宗にでも知られたら「このスケベ!!」と背中から蹴り飛ばされそうなことを思っていると。
俺の背中の方から何者かが回り込む気配がした。
首を巡らせるまでもなく、そいつは俺の横を通り抜け、彼女のすぐ横に並ぶ。
そしてその物体を目にした瞬間、唖然としたというより全てに合点がいく思いで叫ばずにはいられなかった。
「昼に見たラジカセじゃねーかっ!!」
「なっ、なんだ?!ら、らじかせ…?こいつはらじかせというのか?というか既に知り合いだったのか?!」
「いや知り合いっつーか…機械だろ?知り合いもヘッタクレも………いや、つか何なんだその怪しげな物体は」
遠目から見た以上に傍で見るとそいつはラジカセそのものだった。ただ、違うところを挙げるとするならば、宙に浮いていた。
いやまあ、それは見たから知っていたのだが、マジマジと改めて見ると奇っ怪な光景そのものだ。
そして、もう一つ…。
「なんでコウモリの羽根が生えてんだ…」
そう、ラジカセに背中なんつーものがあればの話だが、まさにその位置にコウモリの羽根というか翼状のものが一対生えており、しかもわざとらしくハタハタと羽ばたいている。ええもう、物理的に絶対にありえないようなゆっくりさで。なんか他の手段で浮いていて、この羽根は演出で存在しているだけに違い無い。
更にもう一つ付け加えるならば、この高さで滞空しているところを見ると、さっき逃げだそうとしていた俺が顔をぶつけたのは、コイツに相違あるまい。だから何だってんだ、ってえ話だが。
「…あー、そんでその空飛ぶラジカセ的なガラクタがどうしたって?」
ともかくツッコミが門前市を為しているのだが、一つ一つ潰していたら夜が明けそうだ。もう取りあえず目の前の話を進めないと、と促してみたのだが、鎧娘(そろそろ何と呼ぶべきか固定したい)はラジカセと何やら目配せしている、ように見える…俺の目が確かなら。
「分かった。そういうことか。なれば、改めて名乗りから始めなければなるまいな」
「おい」
さほど間があったわけではないが、ようやく俺は立ち上がるくらいの余裕を取り戻し、それでもこれだけはツッコんでおかねばとその言を止めた。
「なんだまたか…いちいと話の腰を折るのは止めてもらえまいか?それはお前にだって言いたいことはあるだろうが、こういう場合説明をするのはこちらの役割だというのが決まりだろう」
「またおかしなことを…こっちの困惑放置して『決まり』だとか、いちいち痛い芝居がかかって付き合うのも大変なんだよ。話なら聞く振りくらいはしてやるからまずこっちの質問に答えてくれ」
「はあ…まあ仕方あるまい。それで話が進むなら……って、今何と言った?」
無視。
「そのラジカセは一体何なんだ」
「いや、『話を聞く振り』と言わなかったか?!」
「言ってない。で、こちとら目の前の形のあるものからまず信用するタチなんでな。まずこのガラクタについて説明を求めたい」
「くっ…よ、よかろう。こいつはな…」
うーん、押せば誤魔化しきれると思っていたが、本当に上手くいくとは。つか、説明したくてたまらないんじゃないだろうか。実は。なんかさっきからもじもじというかそわそわしてるし。
「……そうだな。己が口から説明した方が早かろう。するがよい」
というわけでもなさそうだった。いや、ラジカセに説明とか。
「早かろうもなにも、自身で説明する自信が無いだけであろうに。何を偉そうに『するがよい』かこのへっぽこ主」
「なっ………い、いやそんなことはない。だが、ふふふ…それよりも、どうだ彼奴の反応は…?」
と、ドヤ顔でこちらの様子を窺うのだったが。
「どうだも何も、ラジカセから声が聞こえて何がおかしい?」
「…あれ?……あ、あのな…」
「まあ結構面白い体験にはなったわ。そこのガラクタもなんか仕掛けで浮いているように見えるんだろ?手品師に種明かしを要求すんのも野暮だから勘弁してやるけど、そろそろ帰った方が良いだろ。いい加減こんなとこにいたら閉じ込められちまうし。どうした?道が分からなけりゃ交番くらいなら案内するぞ?」
パンパンと手を叩いて埃を払うと、鎧娘の体をくるりと回し、背中を押して階段室に向かう。これ以上付き合ってられっか。
「いやだから、話を聞けと…」
「はいはい、あとは警察でな。そこの浮いているやつもついてきな」
つか、冷静に考えてこの状況が真っ当なわけはない。
どう見ても異国の未成年。関係者以外が入り込むことに寛容とは到底言えない日本の学校。誰かしら校内に知人なりが居るのかもしれないが、妙に俺に絡むことからしてそれも可能性は薄い。
面倒ごとを避けた上で、この女をどーにか居るべきところへ送り返してやらにゃあな、とため息混じりに今後の方針を確定させたところで、大人しく、と言うのも妙だが後に続いてきていたラジカセからまた声がした。
「見たものしか信じないと言えば聞こえはいいがな。見知った形でしか有り様を理解出来ないというのは些か了見が狭すぎる、というものではないのか、家主殿」
「あん?」
「信じがたい事をそのままに理解する。人にとってそれが如何に難しいことか、頭では分かってもいざその場に居合わせた時、どのように振る舞うかは根源的にその人となりを知る大きな助けとなるだろう。その意味で今の家主殿、我らにどの様に見えるか考えてみても悪くはないと思うのだがな」
「おい」
目の前何か焦っているヤツに凄んでみせたら、知らない知らないと割と必死気味に、ブンブン首を振っていた。
「知らないわけあるかい。他に誰かいて無線か何かで話してるんだろうが。おいっ、隠れてないで出てきやがれ!」
「だからここに居るというに。見たものを信じるのではかったのか」
………。
……………。
「あのな」
「うむ」
「一つ聞きたいのだがな」
「なんだ」
「お前ら、何もんだ?」
しーん。
それは三者三様に意味の異なる静寂だったのだろうと、後に思った。
まあそれでも俺にとってはそれなりに正当な要請だったのだが、鎧娘による半目の視線と何よりも雄弁に思えるラジカセの沈黙。正直言って、俺が悪いみたいな空気は…耐え難い…。
「…今更それ訊くか?」
「あーあー、はいはい俺が悪かったよ!どうせ最初に言おうとしていたのに俺が聞く耳持たなかったのが悪いとかええその通りですよね!」
「そこまでいじけずとも良いであろうに。我らが如何な存在であれ、知ろうという意志を持つ輩をも卑しめるほどに志の低かろう筈は無いのだぞ?」
そのすさまじー上から目線で前言引っ込めたくなったよ。
もう放ったらかしにして帰ろうか?と無言で歩き始めたものの、
「いや待て待て待て、こいつの物言いは悪かった。何せこいつは性格どころか口も悪くてな、悪気は無いということにしておいてくれないか?」
「その通り。ついでに意地も悪くて気になるひとにもついついキツくあたってしまうのだ。だからいくら罵倒されようが好意の裏返しと捉えておくが良いぞ?」
「お前ら話を聞かせるつもりはあるのか?!」
「いや、聞かせるも何も聞きたがったのは家主殿の方ではないか。こちらから頼んだわけではない」
「なんか最初と立場が逆転してるような…。とにかく、もう日が暮れるしこのまま学校にいるわけにもいかねえからな。とりあえずこの場を離れるぞ」
「うむ、よかろう。ところでここの後始末をどうしよう…」
考え無しのようだった。
そりゃま、鍵のかかっていた屋上に出る扉をこじ開けたのだから…って。
「…ところでお前らな、どうやってここを開けた?」
「開けた、というのはこの扉が開かないようになっていたのをどうしたのか、という意味か?」
まだしも話の通じそうな鎧娘に聞かれるまでも無い。俺は頷いて一人と一台の顔?を見渡した。
「…どうやっても何も、閉まっているのなら開けられる者に開けさせる他あるまい。まさか破壊して押し通るなど乱暴な真似は出来ないだろうに」
今し方乱暴に地面に引き倒された俺が疑わしい目付きで睨む。
「そんな目で見ないで欲しい。とにかく、無法な真似をしたわけではない。それだけは理解してくれないか?」
それ以前に関係者でない者が出入りしている時点で無法もへったくれも無いと思うのだが…って、開けさせたってことは関係者の知り合いか何かなのか。
なら俺がこれ以上関わり合いになる理由も無いだろう。
「あっ、お、おい。どこへ行くのだ?」
「いや、家に帰るだけだ。もう学校も閉まるから、お前らも遊ぶのはそれくらいにしてさっさと帰れ」
「…帰れと言われても。何処にだ?」
「何処ってそりゃあ…学校関係者と知り合いなんだろ?家とか宿とかあるんじゃないのか?職員室の場所が分からんなら案内くらいなら…」
「無い」
「は?」
「無いから、必死だったのだ。縁あってこの場に辿り着いて、それで何とかなると思ってはいたのだ」
嘘を言っている様子には見えない。心底心細そうに俯く姿は、先刻までの傍若無人極まり無い振る舞いと打って変わりひどく頼り無い。
「…お前、もしかして俺のことを家主だのなんだのと言っていたのって……」
「そういうことだ。頼れそうな相手と見込んで無茶をしたとは思うが、故在ってのことだ。だがやり過ぎたかもしれないとは思っている」
いきなりしおらしくなられても反応に困る。けど、放置して一人で逃げ出すのもなあ…。
「お前学校の関係者に知り合いとかいるんじゃないのか?」
「子細をここで語るわけにはいかない。意に沿わぬ真似をさせたという自覚もある。だが、騒ぎにはしたくなかったのだ。どうか、話を聞いてはもらえないか?」
「……」
参ったな。
浮かんでいるラジカセの方もこうなると、やけに大人しく見えてしまう。
我ながらお人好しもいいとこだとは思うが…。
「…しゃーない。行き先が無いならとりあえず付いてこい。…いやそっちの思い通りにいくとは思うなよ?」
「…うん、とりあえずで構わない。すぐ目の前のことが見えないというのは、思ったよりも心細いものだからな」
安心したように、というには程遠いものの、雲間から日が差したようにホッとした顔。なんか面倒なことになりつつあるよなあ、とは思うのだが後悔だけはせずに済みそうだった。
「…あ、あとその恰好はなんとかしてくれ。街中じゃあ目立って仕方が無い」
最低限の要求だけはさせてもらうけどな。
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