第4話☆キャラメル☆キッス☆

…数か月後、風の噂で元カレと彼女が別れた事を聞いた。

そんな事を聞いても秋穂は、気にしなくなってた。

「秋穂…。今日、暇?」

「暇じゃない…。」

「えぇ~。」

秋穂の隣で首を項垂れる凌。まるで飼い主に怒られた大型犬のようだ。

「卒論で忙しいから、デートとか無理だからね。」

「一瞬でいいからぁ~。」

「はい、そう言って連れ回す気でしょ。」

思考を読まれた凌は、くるりと振り返り元気なく俯いて食堂を出て行った。

「くくく…。」

二人のやり取りを見ていた、倖歌が笑いながら近付いて来る。

「何…?」

どうして笑っているのか、少し不穏に感じながら聞いてみた。

「もう最近、付き合いだしたようには見えないね?」

「そうかな…?」

「うん。ベテランの夫婦みたい!」

「…その例えってどうなの?」

秋穂が頭の中で、さっきのやり取りを思い出すが…別段これと言って変わった事はない。なので、倖歌の言っている『ベテランの夫婦』という言葉がしっくりこない…。

「悪い例えじゃなくて良かったでしょ?いつの間にか凌ちゃん先輩が秋穂の尻に敷かれるとは…正直、思ってなかったけど…。」

「やだっ!尻になんか敷いてないよ?忙しいから忙しいって言ってるだけだし…。」 

「その辺が尻に敷いてるって言われてるんだよ?」

「倖歌の方がすごいと私は、思うよ?」

その言葉を聞いて、倖歌は笑い出す。

「あははっ!私達は今の状態が心地いいの。悪くなれば話し合いしたりしてるんだよ?」

「そうなんだ。凌くんは仕事あるじゃない?私は、卒論に就活で忙しいし…。最近は、どうすればいいのかわかんないんだ…。だからか、きつく当たってる気がするの…。」

「まぁ、そういう時もあるよね…。」

「倖歌にもあった?」

秋穂の真剣な瞳に…

「ないわけじゃないけど…。秋穂達と違ってタメだし、行き違いもあるよ。」

「そうだよね…。」

「凌ちゃん先輩は、今の秋穂の気持ちに、きっと気付いてくれてるよ。」

「そうだと…嬉しいな。」

頬を少し赤くして、秋穂は微笑んだ。

「何、結局…惚気ぇ~?」

「いやっ…そっそんなんじゃないよ!」

「ふーん…。」

気のない相槌を打つ倖歌に秋穂は、プウッと頬を膨らませ…

「何…その返事。本当に惚気とかじゃないから…。」

「わかったよ。怒るな、怒るな…。」

そう言いながら、倖歌は秋穂の頭をポンポンと優しく撫でた。

「もうっ!子供扱いしないでっ…。」

「あはは、バレたか…。」

「バレバレでしょっ!」

「そうだねぇ~。」

悪びれない倖歌…。その態度が秋穂には、まだ子供扱いされてるんだと思わせた。その証拠に秋穂の頭に乗せた倖歌の手は、どけられる事がなかったから…。

「手…。」

秋穂は、むくれながら倖歌に手をどけてほしいと思ったのだが…倖歌は、またポンポンと秋穂の頭を優しく撫でた。

「そうじゃなくて…。手、どけてほしかったのに…。」

「秋穂ぉ~。良かったねぇ~。」

「何、急にお姉さんぶらないでよ…、」

「ぶってるんじゃなくて…本心だよ。」

優しい顔で倖歌は、もう一度、秋穂の頭を優しく撫でた。なんだかさっきまでのイライラはなくて、素直にその行為を受け入れていた。

「…倖歌…。」

「凌ちゃん先輩と付き合いだしてから、どんどん元気になっていく秋穂…見てたから私、嬉しくて涙出たんだよ。」

「…そんなに変われたのかな…?」

「うん。変わった。秋穂の明るい笑顔が嬉しくて仕方なかった…。」

「倖歌…。」

そんな風に自分の事を思ってくれていたなんて…知らなかった。秋穂は倖歌の存在を神様に感謝した。きっと倖歌以上に自分の事を考えてくれる人はいないと思ったから…。

「ありがと…。」

「…うん。」

「凌くんの事、もう少し大事にするよ。」

「そうだよ。凌ちゃん先輩の代わりなんていないんだから…。」

秋穂は、笑いながらコクリと頷く。なんだか倖歌の思いに胸が熱くなって…。少し涙が出た。

「誰に泣かされた?秋穂っ!」

突然、現れた凌にビックリして涙は止まった。

「…凌くん…。どうしたの?」

「いや、ちょっと忘れ物したから帰って来たら、秋穂が泣いてるから…。で、誰に泣かされた?お前かっ?」

凌は、倖歌に向かって牙を剥いた。そんな彼の行動に倖歌は、クスクスと笑いながら…

「凌ちゃん先輩も変わったね…。」

「はっ?」

「昔の凌ちゃん先輩は、彼女にも冷たくて…そんなに怒った事なんてなかったのにね。」

「それは…秋穂じゃなかったからな…。」

凌は、腕を組んで恥ずかしげもなく言い放った。秋穂は、恥ずかしくて穴があったら入りたい…そんな心境だった。

「ははぁ~。ほんとにラブラブなんだから…。見てるこっちが恥ずかしくなるよ…。」

当人の秋穂もこれ以上ない程、恥ずかしい…。

「秋穂っ!」

「…何…?」

「もし、誰かに泣かされたら…遠慮なく俺に言えよっ!」

「うん。わかったよ…。」

その気持ちは、素直に嬉しい…。頼れる彼に出会えて良かったとさえ思う。

「…凌くん…忘れ物って…?」

話が逸れて本題を忘れてしまいそうだったので、秋穂は話をすり替えた。

「あぁ…。」

「えっ?」

凌は、ゆっくり秋穂の唇にキスをした。

「ちょっ…。凌くんっ!」

「…忘れ物…頂きました。」

そう言って凌は、食堂を出て行く。彼のいなくなった食堂は、二人のキスシーンのせいかザワザワとしていた。

「凌ちゃん先輩…大胆だったね…。」

「もう…。恥かしい…。何なんだ…。」

「それだけ秋穂の事、好きって事じゃない?」

そんな事を言われても、食堂という公然でのキスは、ダメでしょう…。秋穂は、顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。

「これじゃ…見世物みたいじゃない…。」

「まぁ、許してあげなよ…。」

「…許さないなんて…言ってないじゃん…。」

「はいはい。ラブラブだねぇ~。全く…。」

倖歌が両手を広げ、首を左右に振る。

「何、その反応…。」

「いや、そのラブラブは、いつまで続くのかなぁ~なんて思っちゃった。」

「どうだろうね…。」

そう言われると、少し不安になる。人の心は、永遠に繋ぎ止められるようには出来ていない…。その事は、秋穂にはよくわかっている。人の心は些細な事で移り変わる事もある。

「…凌くん次第かもね…。」

「えっ?」

「私より凌くんがいつまで私を好きでいてくれるか…。そう言う事だと思う。」

「秋穂…。」

倖歌は急に寂しそうな表情を見せる秋穂に、なんと声をかけていいのか一瞬、わからなくなった。

「秋穂…。自信、持ちなよ。」

「え…?自信…?」

「そうっ!自信だよ。」

そんな事を言われてもと秋穂は、口籠った。

「凌ちゃん先輩があんなに好き好き言ってくれてるのに。秋穂は、自信がなさ過ぎるよ。」

「だって人の心は…変わるんだよ?自信なんて私には…。凌くんの事、繋ぎ止めていられるようにって思うけど…。自信…ないし…。」

秋穂の言葉を聞いて倖歌は…

「うん。人の気持ちは永遠じゃないのかもしれないね。でもね?凌ちゃん先輩は今、全力で秋穂の事、想ってくれてる。なのに秋穂が自信持てないのは失礼だよ…。」

「…倖歌…。」

「秋穂も全力で好きだって、想ってあげなきゃっ!」

「私も全力で…。」

うん。と深く頷く倖歌。秋穂の肩をポンポンと元気付けるように叩く。

「全力で…か…。」

確かに、いつも自信がなかった。凌くんの事が好きなのに、いつも自分からは言えなかった。凌くんは、好きだよ。って笑顔で言ってくれていたのに…。

「私…。凌くんに好きだって言えてない…。」

「秋穂…。」

「…今から、言いに行って来るっ!全力で好きだってぶつかって来るよ。」

「うん。凌ちゃん先輩、きっと喜ぶよっ!行って来なっ!」

そう倖歌に言われ、秋穂は走って食堂を飛び出した。


大学構内で凌の姿を見つけ、その背中に飛び付いた。

「うわっ!秋穂?どうしたんだよ…ビックリしたじゃん。」

「はぁ…はぁ…凌くん、あのっあのねっ…。」

走って来たから、息が乱れている秋穂。それでも言葉を繋げようとしている。その姿を見て、凌はクスッと笑いながら…

「大丈夫。落ち着いて…。俺は、逃げないから…な?」

「うん…うん。ありがと、凌くなった凌をん…私、凌くんの事ちゃんと…大好きだよっ!」

「…えっ…?」

秋穂の突然の告白に凌は、顔を真っ赤にした。そんな彼の姿を見た事のなかった秋穂は、ビックリする。皆の前でキスしくるくせに…告白しただけで耳まで真っ赤になった凌を秋穂は、不思議そうに見つめていた…。

「…凌くん…?」

凌の顔は、まだ赤い…。

「…やべっ…。」

「え…?」

「秋穂から告白してくれた事…すげー嬉しい…。その一言で俺の事、振り回せるよ…。」

「そんなに嬉しい?」

本当に?と、聞き返そうとした時。凌に腕を力強く引っ張られ、物陰に…。そこで二人は、深いキスをした。

何分…経っただろう…。キャラメルのように甘い甘い凌のキス。

「…はぁ…。」

「秋穂、ありがとう。俺を好きになってくれて…。」

「…それは、私の台詞だよ…。ありがとう凌くん…。」

「まさか、秋穂の告白が聞けるとは…思ってなかった…。」

照れくさそうに下を向く凌。

「…どうして…?」

「秋穂は、元カレの心変わりで傷ついたから…。そう簡単に好きだなんて言えなかっただろう…?」

「…わかってたんだ…?」

「うん。俺、秋穂が思ってるより、秋穂の事…見てるからね。」

そう言って、凌は秋穂の細くて小さな身体をきつく、きつく抱き締めた。

「んもうっ…。苦しいよ凌くん…。」

「俺に告白したんだから、我慢してよ…。嬉しくて抑え効かないよ…。」

「もう…。しょうがないな…。」

文句を言いながらも、凌の事を拒みきれないのは…惚れた弱みなのかな…?なんて考えてたら秋穂に笑みが零れた…。

「何、笑ってんの?」

秋穂の肩に顔を埋めながら凌は聞く…。

「くすぐったいよ…。もう、なんか凌くん…大型犬みたいだなと思って…。」

「…大型犬は、お嫌い…?」

「それが…好きなんだよねぇ~。困ったな…。」

「じゃあ、いいじゃん。」

抑えの効かなくなった、大型犬…凌は、秋穂の首筋にキスしてくる。

「こらっ!そこは…。」

「…聞こえませーん。」

秋穂に自分のキスマークを付けて、ペロッと舌を出して誤魔化す。

「もうっ!駄犬って呼ぶよっ!」

「いいよ。秋穂の前では、駄犬にでもなるよ…。」

「反省なし…?」

「うん。悪い事してないもん。俺の秋穂に俺の印付けただけ…。」

子供のようになってしまった凌に、困りながらも照れてしまう秋穂。自分が告白した事で今まで見た事のなかった彼の一面が見れた事が嬉しかった。

「ねぇ…。秋穂…。」

「…何…?」

「このままココで、抱いてもイイ?」

そう言いながら、凌は秋穂の服に手をかける…ヤバいと思った秋穂は…

「こらっ!」

「ダメ…?」

「…可愛く言っても、ダーメッ!」

「…ケチ…。」

シュンとする凌…。まるで飼い主に怒られて、耳を垂れた大型犬のよう…、

ココで秋穂は、魔法の言葉を放つ。

「お家に帰ってからね…。」

「ワンッ!」

と、さも嬉しそうに、凌が吼えた。

                                   END


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キャラメル☆キッス 加賀美 紫樹 @shiki1208

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