第1章 「君の夢、叶えてあげようか?」

第1話 数ミリの折れた芯


 アニメの世界に行きたい。

 別にアニメに限った話ではない。小説、漫画、ゲーム……そのようないわゆる二次元の世界に行ってみたい。オタクなら誰もが一度夢見たことだと思う。

 僕、葉村洸はむらこうも、そんな夢を抱く高校三年生だ。

 家のある東中野から、高校のある高田馬場に向かう。地下鉄の変わらない真っ暗な車窓を眺めながら、イヤホンで推しの声優さんの曲を聞き、カバーのかかったライトノベルを読む。何も変哲のない、普通のオタクだ。

 地下鉄は、朝の通勤ラッシュで混み合っている。けど、家から一駅なので、それほど気にすることもない。

 高田馬場駅に電車が到着する。ドアが開くと同時に、多くの乗客がホームに我先にと降りて行く。これもいつものこと。東京の朝の通勤は戦争なんだ。僕も、それに負けじと早足で改札口へと向かう。

 スーツや制服を着こんだ東京人たちが、続々と改札を抜けて行くなか、僕も自動改札機にICカードをタッチする。人の波に従うように、高校の近くに出る出口を目指す。

 僕の通う都立高校は、高田馬場駅からすぐ近くにある。駅周辺には有名私立大学があることもあり、学生街が広がっている。

 俯きながら歩く道も、数分で終わり、校門をくぐる。コンクリートの香りのなかに紛れる一抹の木々の匂いは、校門から校舎に繋がる道の脇に植えてある街路樹のおかげだろう。それで、少しは目の保養がある。

 教室に入ると、三年生の教室、ということもあり多くの生徒が机にかじりついて受験勉強をしていた。机には多種多様な参考書が並べられていて、そのなかにはすでに赤本に手を出している生徒の姿もあった。

 ……もう過去問解き始めるレベルまでいったのか……。

 そんな驚嘆を心で呟きながら、僕は自分の席についた。

 教科書やノート類を机の中にしまっていき、周りの雰囲気にならい、僕もいそいそと自習を始める。すると、

「よっ、洸。おはよう」

 一人の爽やかな男子が、僕に話しかけてきた。

「おはよう、司」

 彼の名前は椎名司しいなつかさ。何かの漫画から出てきたんじゃないですかと言いたくなるほど整った目鼻立ち。快活な言葉回し。これで僕と同じオタクだと言うのだからこの世は不条理だと本当に思う。

「演劇部の件、考えてくれたか?」

 そんな僕に話しかけてくる好青年の椎名は、僕と同じ文芸部に所属している。

 文芸部と言われて想像がつくように、僕は小説を描いている。俗に言う小説家志望、悪く言えばワナビだ。そして椎名は絵を描いている。れっきとした萌えに近い絵を。

 一年生から同じ部活に入っていて、ある種クリエイターの端くれ……いや、真似事みたいなことを高校生の間続けてきた僕と椎名は、親友と言うか、戦友と呼べる仲にまで深まっていた。

「ま、まあ……考えては来たよ」

「で、どうする? 洸」

 司は、僕の机に両手を置いて、真剣な眼差しで僕を見つめてはそう尋ねる。嫌だ……そんなイケメンな顔を至近距離で見せないで……目覚めるかもしれないだろ……?

「ちょっと今回は遠慮しておくよ……受験もあるし、今は部誌のために書いている原稿でいっぱいいっぱいだから、学祭の演劇部の脚本に手は回らないよ……」

「そ、うか……」

 僕がそう答えて、机の上に並べた参考書に目線を移すと、司は落ち込んだようにそう呟いては、自席に戻っていった。

「今度、演劇部行くときに、断りの連絡入れとくな……」

 司が僕に持ちかけていたのは、演劇部の脚本の執筆だ。司はその外見と人当たりの良い性格から色々なところに知り合いがいて、演劇部もその伝手で頼まれたものだった。脚本に僕を指名して。なんでも、演劇部の部長が、去年の夏にネットにあげた漫画を読んだらしく、それで僕のことを指名したらしい。

 ……去年の夏に、僕と司は、一本の作品をネットに投稿した。原作は僕、漫画を司、という形で。これがなかなかにウケが良く、おかげで司のSNSのイラストアカウントのフォロワーは一気に増え、それなりに名の広まった絵師として知られるようになった。

 まあ、司の話は置いておいて。

 あの漫画を読んで僕に興味を持つって……演劇部の部長、物好きなのかな……。

 いや、そんなに僕の特徴を出した作品ではないし、どちらかというと主役は司で、僕は司の漫画のためにストーリーを下ろしたってだけで。

 それに、僕が関わった作品で、それほど当たったものってその一本だけだし。

 高校一年の春から、色々なライトノベルの新人賞に応募、ウェブサイトとかへの掲載を通じて創作活動をしてきたけど、なかなか結果は出なかった。

 だから、部誌でいっぱいいっぱいっていうのもあるはあるけど、本音は自信がないっていうほうが正確かもしれない。

 僕に、小説を描き続ける理由って、あるのだろうかとたまに思ってしまうこともある。

 そんなことを考えてしまうと、パソコンの画面と向き合うだけで固まってしまう僕もチラホラ。

 ……こんなんじゃ、駄目なのに……。

 少し力が入ってしまい、シャーペンの芯が折れてしまう。問題を解いているルーズリーフには、折れた芯の跡が強く、残っていたんだ。


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